第6夜 日々の仕事

 仕事という仕事を勤め上げた事は、ない。

 それでも、仕事をしたことがない訳じゃない。

 そこに居たくない、それだけの理由で16で村を飛び出して以降、食うために働くことは働いた。

 そういう働き方をしてきた俺だから言えることもある。

 覚えてるな?

 底辺もまた、経験なのだ。

 OK。

 目の前の仕事に対して頭を働かせるな。

 それが、コツだ。

 頭を働かせるのは、面倒なことを済ませた後だ。

 手を動かせ。

 体を動かせ。

 口と、頭は後で使え。

 先じゃない。

 やってみせよう。

 スコープを覗く。

 トリガーを引く。

 鳥が後ろに仰け反るのを必ず確認する。

 鳥を追って右に走った視線をスッと左に戻す。

 もちろん、ライフルごと。

 一度通り過ぎた大柄な鳥にスコープを戻す。 

 鳥はしゃがんで精一杯姿を隠すが、雪の河川敷に遮蔽物などない。

 視野を広く持って、視界の隅で動く物がないかを意識しながら、体のどこでもいい。

 狙って撃つ。

 当たればいい。

 それで終わりだ。

 そのままでも死ぬ。

 そりゃそうだろう?

 出血し続けたまま、雪に伏せているのは自殺行為だろう?

 そこで死ぬのが嫌なら、まあ、だいたい後ろに走る。

 そうして、死ぬ場所が、少しだけ変わる。 

 終わりだ。

 そこからは、プライベートだ。

 つまり、鳥だと思ってスコープを覗いた時の気の楽さや、人を撃つのは、鳥を撃つより簡単だという事実(単純に的の大きさだと思ってくれ)について、考えたり、スコープ越しの引きつった顔の向こうにある物語について考えたりする時間。

 そうして、日々、俺が生きるために体を動かし続けて来た。

 村を出た後も、街で働いている時も、何もかもが上手くいかなくて村に帰ってからも、そして、この塔に来てからも。

 ただ。

 悲しいことに人間なのだ。

 考える葦だと、誰かが言った。

 ただ生きているだけでも、考えることを止められない。

 それが人間らしさと言う人もいる。

 だが、それが欲しい人間ばかりじゃあない。

 壁に鳥を書き足し、夜飯を食べて、寝床に着いた時、暗闇の中に引きつった青い顔が浮かぶとき、人間であることを呪う。 

 布団(という名の布)の中で二転三転したあと、諦めて酒を煽る。

 そして、安酒に脳をやられて、どうあがいても世界の上下を把握することが出来なくなってから、神に祈る。

 二度と酒を飲まないから許してください、と。

 だが、今日。

 それよりも…いや、今日は止めておこう。

 もうすぐ新年だ。

 なにかが、変わるかも知れない。

 

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