第4話 蹴られ役

時が経ち、僕が聳え立つ公園も整備が進み、あちこちにベンチが置かれ、休日にもなると近くのデパートで買い物した家族連れや若者たちでにぎわうようになった。

最近は、休日になるとデパートの屋上で特撮ドラマのヒーローショーが行われるようになり、ショーを見た子ども達が公園を多く行き交うようになった。


今日も、ヒーローショーを見終わった子ども達が、感想を言い合いながら満足げな表情を浮かべ、公園を行き交っていた。

今日は、近所に住む隆也も、友達と一緒にヒーローショーを見てきたようである。


「将太、ゴリュウジャー、すっごくかっこよかったよな?」

「うん、全員で一緒にリュウキック食らわすところとか、かっこよかった~。隆也は?」

「俺、ドラゴンセイバーで思い切り怪獣をひっぱたくところかな?一撃で倒しちゃったもん、すっげーよな」


そう言うと、隆也は近くに転がっていた、昔僕の体を支えていた棒を持ち出すと、飛び上がって、僕の体に思い切り棒をぶつけた。

い、痛い!痛いでしょ?


「こんなふうにさ、ジャンプしながら体当たりするんだ。カッコいいじゃん?」

「うん、あれはすごかったよね。じゃあ俺は、リュウキックしようっと」


そう言うと、隆也の友達である将太は、飛び上がってそのまま僕の体にキックを見舞った。

ぐはっ!僕の胴体がへこんだらどうするんだ!?


「将太、すごいじゃん!リュウキック、俺はできないなあ」

「難しくないって。ジャンプして、足をこうやって延ばして、バチーンと蹴っ飛ばすんだよ。やってみな?」

「よーし、やってみようっと」


そう言うと、隆也は少し後ずさりし、勢いを付けて走り出し、ジャンプして僕の体に体当たりした。

い、痛い!痛い!キックにしては当たりが強すぎるだろ!?


隆也は、その場に倒れこんだ。

本当はキックを見舞いたかったんだろうけど、勢い余って体ごとぶつかってしまったようである。


「うわああああん!いたい、いたいよ~う!ママ~!!」


隆也は顔を押さえながら、大泣きしてしまった。

手の隙間から見える隆也の顔には、血が流れていた。

どうやら顔をぶつけ、鼻血をだしてしまったようだ。

僕も足を動かすことができればそっと避けられるんだけど、生憎地中に根っこが固定されてしまっているので、そのままぶつかるしかなかった。


涙と血が止まらない隆也を見て、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、将太は隆也の家に駆けこんだ。

やがて、母親の君枝が将太と共に、救急箱を持って駆け寄ってきた。


「隆也!隆也!大丈夫なの?」

「ママ、こんなに血が……」


隆也は、顔を覆っていた手を外し、べっとりと付着した血を見せた。

君枝は、ハンカチで隆也の血をふき取ると、鼻血を押さえるためにティッシュを鼻に詰めた。


「あ~あ、顔に少し傷が付いてるわ。ここから血が出てきてるみたいだね」


そう言うと、消毒液を塗り、絆創膏で傷口を塞いだ。


「ママ、ありがとう!」


隆也は、鼻をすすりながら、君枝の肩に手を回して抱き付くと、振り向きざまに僕の方を睨みつけた。


「だいたい、こんなところにこんなおっきな木があるからいけないんだ!ママ、この木すごく邪魔だから、パパに言って切ってもらってよ!」


え?そ、それはちょっと違うんじゃ?僕は隆也の意外な言葉に驚き、反論したい気持ちに駆られた。

しかし、僕はあいにく、口が無いし、言葉も話せない。

好きでここに根を張っているわけではないのに、悪者にされておまけに切られてしまうなんて……僕は、この無念の気持ちと怒りを、どこにどうやってぶつけたらいいのか、分からなかった。

その時、君枝は隆也を胸の中で抱きしめながら、小声で言葉を発した。


「隆也、あんたがこの木をキックしようとして、間違ってぶつかっちゃったんでしょ?大体、この木はあんたがキックするためにここに立ってるんじゃないんだからね。謝るのは隆也だよ。さ、この木にちゃんと『ごめんなさい』って言いなさい」

「ママ……」


隆也は、涙目で震えながらも君枝の言葉を抵抗せず聞き続け、しばらく黙りこんだ。やがて、少しずつ笑顔を見せながら君枝の顔を見つめ、その後、僕の方を振りむき、腰をぐっとまげて、ぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい。もうしません」

「そうだよ、隆也、えらいね。さ、おうち帰って、ホットケーキでも食べようか?誰でも間違っちゃうことはあるもんね。将太君も、良かったら一緒に食べて行かない?」

「うん!」


三人が隆也の家に向かう後姿を見届けながら、僕は当面の危機を回避し、ホッと胸を撫でおろした。

君枝のお蔭で僕は切られずには済んだけど、僕の体には、無数の蹴られた跡と、隆也の血の痕がべっとりとついていた。

もうこんなに痛い思いをしたくないから、世間のゴリュウジャーブームがはやく過ぎ去ってほしい所である。

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