第5話 入学式

 春風が心地よい4月、僕はケヤキの木だから花は咲かないけど、近くの小学校では桜が満開を迎え、時折春風に乗って花びらが舞い落ちてきた。

 そんなある日、近くに住む隆也が、スーツを着込み、真新しいランドセルを背負って、母親の君枝に手を引かれながら玄関を出てきた。

 じいじやばあばに手を振られ、ご機嫌の隆也は、君枝とつないだ手を思い切り上下に振りながら、楽しそうに学校へと向かっていった。

 今日は、小学校の入学式。

 隆也のように、真新しいランドセルを背負った男の子、女の子が公園を行き交っている。

 小さな体に、あんなに大きなランドセルを背負わせるなんて、人間は随分残酷なことをさせるものだ。


 しばらくすると、隆也は君枝と一緒に入学式から帰ってきた。

 学校から貰った交通安全と書かれた黄色い袋を手に、満面の笑顔を見せていた。

 すると、昼ご飯を食べに仕事から戻ってきた父親の敬三が、玄関から飛び出してきた。


「隆也、入学おめでとう。ランドセル、かっこいいなあ」

「うん。すごく重いけど、嬉しい。これで僕も、ピカピカの一年生だね!」

「そうだ、ピッカピッカの一年生!」

「お友達、出来るかなあ?あと、給食、おいしいのかなあ?」

「大丈夫さ。きっとお友達、いっぱいできるよ。給食もおいしいぞ~。さ、今日は記念に、みんなで写真を撮ろうか」


 すると、敬三は大きなカメラを見せると、ニヤッと笑った。


「さ、ママと隆也はそこの木の前に並びなさい。きちんと収まるように撮るから」

「え、でも、この木……大きいから、写真に収まるかしら?」


 君枝は、後ろにそびえる僕の姿をまじまじと見つめ、僕がすべて写真に収まるか心配していた。


「大丈夫だよ。主役はあくまで隆也なんだから。この木は、わき役、引き立て役なだから、半分しか写らなくたって大丈夫。さ、撮るぞ、並んで!」


 二人は急かされるように、僕の前に並んだ。

 敬三は、少し後ろに下がってカメラを構えた。


「二人とも笑顔で!ハイッ、チーズ!」


 写真を撮り終えると、カメラから1枚の写真がジジーッと音を立てて現像されてきた。

「すごいねパパ!カメラから、撮ったばかりの写真が出てきた!」

「ハハハ、ポラロイドっていってな。一番新しいモデルのカメラなんだ。高かったんだぞ」

「ママは反対したんだけど、パパがどうしても買いたいっていうから、仕方なく、ね」


 君枝はちょっとむくれると、敬三はまあまあ、と小声で言いながら現像された写真を君枝に手渡した。


「あら、良い感じね。私も隆也も、ちゃんと笑顔で写ってる、いいんじゃない?これで」

「パパ、すごい!今度このカメラ、僕にも貸してよお」

「ダメダメ、隆也に渡したらイタズラするだろ?今度、パパが使う時に、ちょっとだけ貸してあげるからね。今度、みんなでピクニック行くときに、持って行こうか?」

「わあ、やったあ!おやつとお弁当持っていこうね、パパ、ママ」

「うん」

「さ、今夜は隆也の入学祝いだ。三人で、デパートの屋上のレストランで美味しいご飯を食べようか」

「やったあ!僕はお子様ランチね。あそこのハンバーグとスパゲテイ、おいしいんだもん」


 隆也の一家三人は、談笑しながら自宅へと戻っていった。

 ちなみに、敬三の撮った写真に、僕の姿は半分しか写っていなかった。

 せっかく立派に成長した僕の雄姿を、きっちりと写真に収めてほしかったのに……それだけがちょっと不満だった。


 やがて、入学式帰りの家族が続々と僕の前を通り過ぎて行った。

 桜が舞い散る中、幸せいっぱいで羨ましい限りである。

 けど、僕はケヤキの木。青い葉っぱをたくさんつけることはあっても、花を咲かせ、散らすことはできない。

 僕なりに祝福してあげたいのだが、何もできない。こんな時だけ、自分がケヤキであることを恨みたい気分になってしまう。

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