第42話 文化祭前日

 「さぁ!明日は本番だ。気合い入れていくぞ!」


 「「おー!」」


 文化祭前日の練習を終え、解散となった。

 この後の俺の予定は文化祭前日といえどバイトだ。

 有希乃に軽く謝ってからバイト先へと足を運ぶ。


 「お疲れ様でーす。」


 「あ~お疲れ様~。」


 店長さんに挨拶をして控え室に入る。

 以前の様子とは違って大分俺もこの環境に慣れてきた。


 「今日は先輩いないのかな?」


 あの人といるとなんだか仕事がやりやすいから結構頼りにしてるんだけど...。

 ついでに文化祭にも招待したかったし。

 まぁ今ここでどうこう言ったって何かが変わるわけではないから今は仕事に集中集中。

 しばらくすると店のドアが開く音が。


 「いらっしゃいま...せぇ。」


 「あはは...来ちゃった。」


 どうして有希乃が...。しかも制服のままだ。

 場所は教えてあるから来ないとは限らんかったがいかんせんタイミングがねぇ?完全に不意を突かれた。

 かといって都合が悪いかと言われればそうではない。むしろ来てくれて嬉しいくらいだ。

 ただ事前に言ってくれれば今俺が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をせずに済んだのに。

 ...といかんいかん。俺は今はこの店の従業員。他の客もいるのだ、店の名前に泥を塗るわけにはいかない。切り替えねば。


 「どうぞこちらへ。」


 見事な切り替えで有希乃を空いている席に案内する。

 完璧だわ俺。もう天職接客にすれば?


 「それではご注文が決まりましたらお呼びください。」


 「ふふふ...ありがとうございます。」


 「――お待たせいたしました。こちらアイスココアでございます。」


 「どうもありがとう。」


 「それでは、ごゆっくりどうぞ。」


 我ながら完璧な接客術を披露してカウンターへ戻る。


 「ねぇねぇ~今の彼女~?」


 店長さんのどストレートな質問が俺の横腹をえぐる。


 「え、ええ。そうですけど...。」


 「結構可愛いじゃない~大事にしてあげてね~。」


 「わざわざ言われなくても分かっていますよ。」

 

 「じゃあこうしよ~。」


 店長さんが何か良いことを思いついたのかふんわりとした笑顔を向けてきた。


 「な、なんでしょう...?」


 「今日はもう上がって良いよ~。」


 何が飛び出すかと思えばよく分からないものが飛んできた。


 「はい?」


 「だから~今日は一緒にあの子と帰ったら~?」


 「バイトない日はいつも一緒に帰ってますし...。」


 「君週3、4回くらい来てくれてるよね~?それじゃ彼女寂しいと思うんだ~。」


 確かに早く貯めたいと思って結構詰めた所はある。だからといって有希乃も寂しそうな素振りなんて見せなかったし...。


 「その証拠にあの子が来たときの君のあの驚きよう...今日事前に言わずに来たっぽいじゃん~?それって心のどこかで寂しいと思ってるに違いないよ~。」


 「少し飛躍しすぎでは...?」


 「問答無用~。ほら~帰った帰った~。人手もお給料も心配しなくて良いよ~。」


 「そ、そこまで言うなら...。」


 店長さんに催促され急いで用意をする。


 「お?新入り。もう帰るのか?」


 「あ、先輩。そうなんです。」


 奇跡的な(?)タイミングで先輩に会うことができた。時間もないし手短に誘おう。


 「先輩。俺のとこ明日文化祭なんです。俺のとこは演劇するので良かったら来てください。」


 「ほー。分かった、行ってやるよ。」


 「ありがとうございます!それでは!」


 その後ギリギリ有希乃と一緒に帰ることができた。

 息絶え絶えな俺を横目にいつもよりとても幸せそうな顔で笑っていたのが印象に残った。

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