第10話 喋り方に差をつける ネコチャンと語彙のないチャラ男

 ある朝、ネコチャンが突然「ニャン」と言った。


「ネコチャン!? どうしたんですか!」


「何ですか下僕よ。大きな声はよしなさい」


「ああびっくりした。ネコチャンが猫みたいにニャンとか言うから」


「私は猫ですが」


 ネコチャンは鼻をプスプス鳴らして、遺憾の意を表した。


「だって普段はニャンなんて言わないでしょう」


「しかし私は猫です。猫ならばニャンくらい言わねば」


「言わねばってこともないでしょう。前に私が、炬燵の中のネコチャンに足を突っ込んだときは、『キャッ』とか言ってましたよ」


「まぁ、私は元々あまりニャンと鳴きませんからね。とっさに鳴くとキャーみたいな声になってしまうのです」


「キャッとかね。キャットだけにね」


 私がそう言って笑うと、ネコチャンは私のアキレス腱を噛んだ。


「いてててて」


「何をくだらないことを言っているのです。下僕よ、すぐにオジサンを呼びなさい」


「えっ? そう言われても、オジサンの連絡先など知りませんよ」


 私がそう言った途端、インターホンの音が家中に鳴り響いた。モニターに映っているのは、例によって例のごとくオジサンだ。


「おはようございます! ネコチャン」


 彼は意気揚々と入ってくると、まずネコチャンに挨拶した。


「何で呼ぶ前に来るんですか!」


「下僕さんもおはようございます」


 オジサンは私にいい匂いのする袋を渡してきた。なんと、メロンパン専門店のできたてメロンパンではないか。私はブチブチ言いながらコーヒーを沸かし、メロンパンを皿に移した。


 さて、コーヒーとメロンパンを持ってリビングに戻ると、なんとオジサンが、ネコチャンにちゅ~るを差し出しているではないか。私はオジサンに体当たりをかました。


「ネコチャンはダイエット中だと言ったでしょうが!」


「ギャー! 腕挫十字固め!」


 私はオジサンに間接技をかけつつ、彼のてからちゅ~るを取り上げた。


「下僕よ、何をするのです」


「ネコチャンの食事管理です」


「いたたた! もう一本とったでしょう! 私の五十肩が! 外れる!」


 オジサンが戦意を失ったと見た私は、彼を離してやることにした。


「オジサンにも再三言っていますが、ネコチャンは食事管理が必要なんです。避妊手術の後、太りやすい体質になったので、エサについては量をきちんと決めているんです。勝手にオヤツをあげられては困ります」


「か、肩が……」


「下僕よ、私は別にオヤツをもらっても困りませんが」


「ほほう、動物病院に健康診断に行きましょうか?」


「よしなさい脅すのは!」


「うう、すみません……私はネコチャンの喜ぶ顔が見たくて……」


「動物病院が嫌なら、ご飯に関しては私の言うことを聞いていただかないと困ります」


「思えば私のこの甘やかし過ぎる性格故に、女房子供とも別居することに……」


「え、そんな事情があったんですか?」


「これです! この状況です!」


 ネコチャンが突然大声を出した。


「な、何ですかネコチャン」


「私たち3人の話し方が似ているために、会話文が続くとややこしいのです。どれが誰の台詞かわからなくなるのです」


 私は思わずオジサンと顔を見合わせた。


「そうでしょうか?」


「そうです! たとえばあなた方の一人称は何ですか?」


「私、ですが」


「私ですね」


「そうでしょう。私も私です。加えて3人とも敬語ですし、特徴的な語尾があるとか、方言でしゃべるわけでもありません。これはいわゆるキャラ被りです! ですからもっと、わかりやすい方がいいのではないかと思った次第なのですニャ」


「かわいいー!」


 オジサンが卒倒した。


「何ですかその、取って付けたようなニャは……」


 ネコチャンはふかふかの胸をそらして、なぜか自慢げに説明してくれた。


「猫キャラといえば『ニャ』ですニャ。この語尾をつけることによって、私が猫だということが、読者の方にもすぐわかるのですニャ」


「うーん、私はいつものネコチャンの方が好きですが……」


「文句を言わずに従うのですニャ。下僕はあれですニャ、方言キャラがいいですねニャ」


 いきなり方言で話せと言われても……。


「いきなりほんなこん言われたって、いくらネコチャンの言うこんでも、でるこんとでんこんがあるずら。なんちょうにかしてこんくれー訛れば、おらぁへえいい方ずら」


 私がそう言うと、ネコチャンは私の方を見て固まった。


「ネコチャン、どーしたでー」


「いえ……エセ関西弁みたいになると思っていたので、ズラズラ言い出すとは意外でした。ニャ」


「ほー言うけんど、おらぁじいさんもばあさんも山梨にいるだから、方言と言われたらほりゃーズラズラ言うずら。いくらネコチャンでも、無理なこんは言っちょし」


「訛り始めてから、何となく態度が大きくなっていませんかニャ?」


 そのとき、ようやくオジサンが起き上がった。


「オジサンもしゃべり方を変えるのですニャ。それがキャラの立ったWeb小説というものですニャ」


「ネコチャンかわいい……いや、しかし急に何をおっしゃるのです?」


「ネコチャンもおらも無理してキャラ作ってるだから、オジサンもやらねぇフェアじゃねぇっつこん」


「下僕さんもどうなさいました?」


「いいからやらざぁ」


「オジサンはチャラ男風に話すのですニャ」


 突然の無茶ぶりに、オジサンはしばし黙りこんだ。そして意を決したのか、両目をカッと見開くと、朗々と声を張り上げた。


「ウェエエ~イ! ネコチャン、今日もキャゥワウィーネー! フゥー!」


「こらぁ駄目どぅ」


「オジサンのチャラ男風語彙が貧相ですねニャ」


「二人ともキビチィー! 俺ちゃんも今必死ぽよフゥー! やばたにえんフゥー!」


「おらぁ、へぇ見ちゃいられんよう」


「私もこれは厳しいと思いますニャ。確かに誰の台詞かわかりやすくなりましたが、これでは元々の方がマシなようですニャ」


「フゥー! 辛辣なネコチャンもキャワウィー! フゥー!」


 オジサンは高い声でフーフー言いながら、なぜか滝のように汗をかいている。


「いつまでもオジサンを見ちゃいんで、おらぁメロンパン食わざぁ」


「私はちゅ~るをいただきたいのですがニャ」


「ネコチャンは、普段のエサ以外は食っちょし! オヤツも専用のカリカリを一日一回って決めたずら」


「人間はズルいですニャ! ニャー!」


「可愛い語尾をつけても、やっちゃいけんもんはいけんだよ」


「もういいです!」


 ネコチャンはプリプリしながら叫んだ。


「もうニャもやめます! 普段通りで結構です! ふんだ、語尾なんて!」


 プンプンしながら、ネコチャンはしっぽをふりふり立ち去った。


「え? それ、オヤツがほしくてやってたんですか……?」


「ネコチャンのそういう現金なとこもキャワウィーよね~!」


「チャラ男はけーれ!」




 しかしこの後も小一時間ほど、オジサンはチャラ男のままだった。

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