第28話私は罪人

※残酷表現があります。ご注意を。



「お前は今の自分の立場をわかっているのか?守られる側だぞ。守る側じゃない」

「…………」


 そんなことはわかっている。以前カリムとマリカを助けられたのだって私の力ではなく、私が男爵家という恵まれた家の娘で子供二人程度なら面倒を見ることが出来る環境だったからだ。

 今の私には何の後ろ盾もない。父さんに守ってもらわなければまともに旅すら出来ないひ弱な子供だ。

 リオンを助け出すとなれば必然的に面倒を見るのは父さんということになる。私自身が迷惑な存在だと言うのにさらなる迷惑をかけようとしている。

 でもそれでも助けたいと思った。いや欲しくなってしまったのかもしれない。あの綺麗な瞳の子を。


「それに助けるって言ったってどうやって?」

「わからない」

「はぁ……。我儘が過ぎるぞお前は。だが今回は場合によっては助けてやらんこともない」

「本当!?」

「とはいえ全ては宿屋の主人の話を聞いてからだ。話の内容によっては助けるのは無理だ」


 そう言い残し部屋を出る父さんを私は慌てて追いかけた。


「おう主人。これで話をいろいろ聞かせてほしいんだが」


 父さんは宿屋の親父さんに銀貨を一枚放り投げた。


「おいおい銀貨くれるのかよ。お客さん太っ腹だな!何でも聞いてくれや」

「村の入口で魔人族の子に鞭を振るう男を見かけてな。何故魔人族の子なんてここにいる?」

「リオンって魔人族の子だったの?」

「そうだ。魔人族は青髪青目が特徴だ。子供の場合、その他の身体的特徴が人族とあまり変わらないから分かりづらいけどな」


 もしかしたらティモに授業で教えてもらっていたかもしれないけど頭からすっぽり抜け落ちてしまっていて気が付かなかった。


「あの子は約二年前人族の旅の男が連れていた子だ。ちょうどその時村では病が流行っていてな。村人には大した被害はなかったんだが、旅で疲弊していたのが原因なのか男は死んじまったんだ。それで子供をどうするかってなった時パットの野郎が引き取ると言いだしたんだ」

「そのパットさんって人リオンを虐めていたよ。ちゃんと子育てするような人じゃない。今からでも取り上げた方がいい」

「ここはあまり豊かな村じゃないんだ。皆自分の子だけで手一杯だ。それに見ての通りパットは乱暴者でキレたら何をしでかすかわかったもんじゃない。村人皆あんな奴に関わりになりたくないんだ。ましてや魔人族の子を助けるためなんかに」

「なるほどな。あのパットって男は村人に疎まれていると。話助かったぜ。魔人族の子が居た理由がわかってスッキリだ。じゃあな」

「こんな話で銀貨が貰えるとはな。今日はついてるぜ」


 父さんはさっさと話を切り上げ部屋に引っ込んでしまった。


「ちょっと父さん!」

「うるせえな。ちゃんと助けてやるよ」

「本当に!?」

「ああ、悪い人間には正義の鉄槌が必要だろ?」


 父さんはニヒルな笑みを浮かべた。

 私は気が付かなかった。正義の鉄槌の本当の意味を。

 この日は旅の疲れもあったし、時間も遅かったためそのまま休むこととなった。




 次の日、いつもならすぐに出立する私達は宿に留まっていた。

 正義の鉄槌、つまり暴力は真っ昼間に堂々とやるもんじゃない。薄暗くなってからやるものだなんて言われ、出かける時間になるまで体を休めている。


 昼過ぎになり昼食を済ませた私達は散歩に行くなどと適当な嘘をついて宿を出た。そして村の入口にあるパットの家の付近で暗くなるのをじっと待った。

 待っている間パットがリオンを鞭で打っているのを見た。すぐさま助けに行きたかったけど、父さんに厳しい顔で止められて歯ぎしりしながらその場に留まった。

 夕方となり薄暗くなってきた頃、私達はパットの家に乗り込んだ。


「おう邪魔するぜ」

「な、なんだてめえ!」


 突然の乱入者に驚き戸惑っているパットを父さんは問答無用で殴り飛ばした。

 ゴツっと、まるで鈍器で殴ったような音で顎を撃ち抜かれたパットはなんの抵抗もなく意識を手放した。

 私はパットと同じように驚き戸惑っているリオンに近寄り抱きしめた。すると昼間鞭で打たれて出来たであろう傷が癒えてしまった。

 もしかしたら助けたいという思いを持って体が接触すると聖女の力で癒やしてしまうのかもしれない。

 聖女の力の使用方法がわからない。精霊に詳しく聞いておくべきだったかも。

 私達が抱き合っている間にいつのまにかパットに猿轡を噛ませ、手足を縛った父さんはリオンに問いかけた。


「おいリオン。今の生活から抜け出したいか?お前が望むなら助けてやる」


 リオンは目を閉じて一言つぶやいた。


「抜け出したい」

「よしわかった。ではアリア、剣を抜け」


 わけも分からずとりあえず言われた通りに剣を抜くと命令された。


「それでこいつを殺せ」

「な、何言ってるの?殺す必要はないでしょ?」


 父さんは何を言い出すんだろう。気を失うほどの威力のパンチでお灸を据えて、リオンを取り上げるだけで十分ではないか。


「これは試験だ。アリアお前が冒険者として生きていくにあたって必ず直面することがある。それは命の選択だ。自分や仲間の命を守るために誰かを殺さないといけない時が、誰かを見捨てないといけない時が必ず来る。今回の選択は簡単だろう?」

「で、でも!」

「でもじゃねえ。もしお前がこの男を殺さないならリオンは置いていく。そうすればどうなるだろうな。俺に殴られてむしゃくしゃした男はリオンに何をする?リオンはどんな目にあう?」

「……」

「なあ、冒険者って職業は昨日仲良く飯を食った奴と仕事だからって理由で殺し合わないといけない時だってあるんだぞ。それにお前の場合聖女の魅了の件もある。抵抗せず素直にレイプされる気か?」

「…………」


 そういえばエリックが言ってたな。仕事だからって……。


「どうしても割り切れないならやっぱ王子の愛人になれ。魅了があれば優しい鳥籠の世界で一生愛してもらえるはず。楽しいことは少ないだろうが、こんな風に苦しむことも少ない」


 この状況を作り出したのは私だ。私がリオンを助け出したいと言い出したばっかりにこんなことになった。

 すでに男の家に乗り込んで行動に移してしまっている。後戻りはできない。殺るしか無い、殺るしか無いんだリオンを助けるために。

 そして何より私が冒険者として生きていくために。


「はぁはぁ」

「おいリオン、もしこの男に情があるならアリアを止めてもいいぞ。アリアが迷っているうちにな」


 リオンは何も言わない。ただ事の推移を呆然と見つめている。

 私は床に倒れている男の横に立ち剣を心臓に突きつけた。

 緊張で手が震えている。手だけじゃない。全身が心臓になったみたいにドクドクと脈打っている。

 私は人をすでに殺している。でもエリックの時はただ呪詛を吐いていただけのつもりで意識的に殺したわけじゃないし、賊にもトドメはさしていない。

 だけど今回は違う。自分の意志で殺意を持って剣を突き刺さないといけない。

 いろいろな感情がごちゃまぜになって涙が出てきた。


「早くしろ。じゃねえと男が目を覚ますかもしれねえぞ」

「うあああああっ!!!」


 父さんの言葉が引き金となり私は剣を突き刺した。

 男は目を見開き苦痛によりうめき声をあげつつ、のたうち回った後動かなくなった。

 殺してしまった。ただ子供を虐待していただけの男を。まだ一線は超えていないただの悪人を。個人的な感情で。


 私は今この時をもって真の殺人者となった。


 突然吐き気に襲われその場でゲーゲーと胃の中の物を吐き出した。今の私は涙と吐瀉物で酷い顔をしているに違いない。

 吐けるものがなくなり落ち着いてきた私に父さんは追加の命令を下した。


「遺体を焼け。刺し傷があるとわかってしまうと面倒だからな。その後家に火を放つ。こいつの死因は火の不始末による火災だ。リオンは適当に顔に煤でもつけておけ」


 その後のことはよく覚えていない。

 宿屋に戻ってくるまで父さんにおんぶしてもらっていたのは覚えてる。恥ずかしい話だけど赤ちゃんみたいにしがみついていた。

 だって強く抱きついていないとあの男の絶命する時の顔が脳裏に蘇り、剣を突き刺した時の感触が戻ってくるんだ。

 私は宿屋のベッドに降ろされた後も眠りに落ちるその瞬間まで父さんにしがみついていた。




 ―――




 アリアが眠りにつき、ラウルとリオンが部屋で向き合っていた。リオンは部屋の扉の前で俯き口を真一文字に結んで立ち尽くしている。


「何してんだ?ガキはもう寝る時間だ。立ってないでこっちで寝ろ」

「……」

「何か言いたいことがあるならはっきりと言え。文句だろうがなんだろうが聞く」

「……僕は自分が情けない。あれは僕が自分でやらないといけないことだった。なのに女の子にやらせてしまった。あの場で自分がやるって言い出すことも出来ずにただ見てるだけだった」

「そうだな。お前はあの男を殴り飛ばして言うことを聞かせるだけの力があるのにな」

「僕にはラウルさんが言うような戦う力も勇気もない」

「いいや、戦う力はある。お前はあの男に鞭で打たれていたが、あの鞭は拷問に使うような鞭だ。あれで打たれてあの程度の怪我で済むはずがない。普通のガキなら死んでてもおかしくないんだ。お前は強くなれる可能性を持っている人間だ。お前になかったのは勇気だけだ」

「……」

「言いたいことはそれだけか?ならこっちでアリアと一緒に寝ろ」

「え?」

「うちの娘はビビリだ。目が覚めた時誰かが居なかったら泣き出しかねない。怯えた女を守るのは男の役目だろ?」


 ラウルの言葉にコクリッと頷いてリオンは布団の中に入った。それを見たラウルは満足げな表情で床に腰を下ろし背を壁につけ目を閉じたのだった。




 ―――




 次の日の早朝、私達は逃げるように村から出立した。

 私は今リオンに手を引かれ歩いている。手を繋ぐ時リオンは言った。

「助けてくれてありがとう。今はまだ手を繋ぐくらいしか出来ないけど、はいつか必ずアリアを守れるくらい強くなってみせる」

 その言葉のおかげで私は前を見て歩き出すことが出来た。


 私は人殺しという罪を犯した。でもそれを後悔はしない。今こうしてリオンの手を握れている。それでいいじゃないかと思えることが出来たんだ。

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