第27話聖女と呪いのローブ

「聖女の力は癒やしだけじゃないの」


 私は宿に戻ると今まで話していなかった聖女の力について話し始めた。


「なんで話さなかった?」

「だって話したら連れて行ってもらえないと思って」

「当たり前だ!わかっているのか!?もしかしたら俺に襲われるかもしれないんだぞ!」


「わかってるよ!でも家族巻き込んで死ぬなんて論外。他二つの選択肢のうち一つは籠に閉じ込められて寿命を搾取される人生。愛人だって寿命を搾取されないだけで籠に閉じ込められるのは同じ。そんな人生嫌だ。

 ならリスクを背負ってでも自由がある父さんの手を取るしかないじゃない。私は籠の中でただ時間が過ぎていくのを見つめるだけの人生なんて送りたくない。生きててよかったと思えることに出会いたい」


「…………」

「将来父さんに襲われても文句言わない。自分の力のせいだから受け入れるよ。だから私のこと捨てないでください」

「……捨てねえよ。お前はもう俺の娘だ」

「ありがとう」


 父さんは少し顔を背けながら、いつものような荒っぽい手付きではなく優しく頭の上に手をおいた。


「でも話を聞いてようやく納得したこともある」

「納得?」

「お前がロリコンだの言うから黙っていたが、お前の目を見ると頭を撫でたり抱きしめたいって衝動に襲われる。これは聖女の魅了の力ってことだろ?」

「私も詳しくはわからないけどそうだと思う」

「まったくもって厄介な力だ。お前が呪いのローブを欲しがったのは、この魅了の効果を相殺出来るかもしれないと思ったってことか」

「うん。私にとっては呪いのデメリットがメリットになると思って」

「だがローブの呪いの方が強かったらどうするつもりだ?さっきお前を捨てないと言ったが、ローブの呪いのほうが強ければお前を嫌いになる可能性もあるぞ」

「うぐ。それは考えてませんでした」

「はぁ。後先考えずに思ったら即行動するとこはリリにそっくりだ」


 父さんは盛大にため息をつき頭を抱えた。

 というか本気でローブの呪いのほうが強かった場合のことを考えてなかった。呪いが強かった場合私は一人ぼっちになってしまう。

 やっぱり着ないほうがいだろうか?でももう買ってしまったし……。


「それでどうする?着てみるか?それとも転売するか」

「ううぅどうしよ。10年一人ぼっちも嫌だし、でも出来れば男に襲われたくもないし」

「ウジウジ悩むなら着てみろ。冒険者は危険とわかっていても飛び込む職業だ。俺も呪いに打ち勝つ努力はするとだけ言っておこう」


 そっか。そうだよ。今更何ウジウジためらっているんだ私は。破滅を怖がっていたら己の願いはいつまで経っても叶わないんだ。立ち止まらず進むべきだ。

 それにこの世界の人間の身体はいつ大人になるかわからないけど、前の世界では10歳~15歳くらいだった。あまり悩んでる時間もない。


「どうかな?」

「うーむ?」


 勇気を振り絞りローブを羽織った私を見て、父さんは眉をひそめて部屋を行ったり来たりし始めた。

 もしかして嫌われたのかな。早く何か言ってほしい。怖い。


「聖女の魅了ってのはヤバいな。距離を取ればローブのせいか愛でたい衝動に襲われなくなったが、手を繋げる距離まで来ると相変わらず愛でたい衝動に襲われる。あれだけ嫌な感じがしてたローブもお前が羽織った途端普通のローブに感じる」

「それってほとんど呪い効いてないじゃん」

「このローブの呪いすら効かないとなるとおそらく聖女の魅了を防ぐ手立てはない。少なくとも俺の知識にはない。とりあえず出来ることはなるべく外に出る時はローブを羽織って男の手が届く範囲に近づくなってことだな」


 精霊が私には呪いが効かないみたいなこと言ってたことあるけど、まさかここまで強い呪いすらほぼ無効化されるとは思わなかった。

 やっぱり大人の身体になったら男に気をつけながらの生活になるのか……。今から憂鬱だ。


「それにしてもサイズがでかいな。引きずって歩く感じじゃないか」

「土汚れも付かないんでしょ?だったらいいじゃん。そのうち成長してぴったりになるよ」

「ふむ。ちょっと待ってろ」


 私をジロジロ見た後、父さんは宿の部屋から出ていってしまった。その後一時間以上待たされた。

 ちょっと待ってろでこんなに待たせるとはなんて男だ!そんなんだから結婚出来ないんだ!

 心のなかで悪態を付いていると父さんが戻ってきた。

 手にはいかにも魔女が被っていそうな帽子を持っており、それをいきなり私の頭に被せてきた。


「あっははは!魔女に憧れてコスプレしてる女の子にしか見えねえ」


 魔女っ子か……父さんは大笑いしているけど悪くない気分ですね。


「天才魔法使いアリアちゃん推参☆おいたする人はお仕置きよ!」


 ノリノリで決めポーズをしてセリフを言ってみたところ父さんは鼻水を吹き出した。きちゃない。

 しかし飛んできた鼻水攻撃は私のローブには効かなかった。蓮の葉に落ちた水滴のように鼻水は弾かれ床に落ちたのだ。優秀なローブですね。




「そうだ、改めてお前に聞いておきたいことがある。今お前は何がほしい?」

「どういうこと?お金がほしいとかじゃなくて?」

「冒険者ってのは自由な分、目標を定めたりしとかないとなんで俺はこんなことしてるんだ?ってことになりやすいんだ。だから目標を言え。もちろん大金持ちになりたいって目標でもいいぞ」

「父さんはなんで冒険者になったの?」

「俺はドキドキワクワクを求めてだな」


 私の目標は幸せになることだ。でもまだ何が幸せかはっきりとしているわけではない。

 いや、嘘だ。わかっている。でも口に出すには恥ずかしかった。なので少しオブラートに包んで言うことにした。


「私も父さんと同じでドキドキワクワクするような人生がいい!それと眠る時温かい抱き枕がほしいです」

「なんだ?俺じゃ不満か?」

「不満じゃない。今のところは父さんでも満足してる」

「ふーん。なるほどね。なんとなく言いたいことはわかった。じゃ目標も決まったことだし、締めに美味いもんでも食って今日はゆっくり休むとするか」


 父さんは私の手を取ると再度町へと繰り出したのだった。




 ―――




 呪いのローブと魔女っ子帽子をプレゼントしてもらい、夕食に美味しいお肉を食べた翌日、私達は旅を再開した。


「と、父さん待って。そろそろ休憩お願い」


 私の体力は相変わらず付いていない。旅を初めて7日でつくはずもない。

 それにローブを引きずりながら歩くのがだいぶきつい。しかも素材のせいかかなり暑苦しく体力が持っていかれる。暑さは氷を食べることによって緩和出来てるけど体力は回復しない。


「もう疲れたのかよ。おかしいなそのローブは身体能力も上がるはずなんだが」

「呪いの効果が効かないってことは、身体能力アップの効果も効かないんじゃ?」

「ありうるな。そうだもう一つ確かめたいことがある」


 父さんは魔女っ子帽子をヒョイッと取るとローブのフードを被せてきた。そして突然私の頭にゲンコツを落とした。


「いったいな!!何するんだよ!馬鹿になったらどうするの!」

「衝撃も防げないのか」


 伝説の呪いのローブは私が着るとただの頑丈なだけのローブに成り果ててしまうようだ。俗に言うバフ・デバフの効果を私は一切受け付けないと思ったほうがいのかもしれない。

 悪い効果は弾くけどいい効果は受け取れますなんて都合のいい話はゲームの中だけってことね。


 そういえば昔ティモが、それだけ上手く魔力を扱えるのになんで戦気を纏えないんだ?なんて首を傾げていた。

 ある程度の魔法使いなら普通は誰でも戦気を纏えるようだ。なのでこの世界の魔法使いは物理的にも結構強い。

 ただ魔法を使うのに魔力を消費するので、基本的に戦気のために魔力を消費する余裕はないってことらしい。


 そんなわけで私くらいのレベルで魔力を扱えれば普通は戦気を纏えるはずなのだ。しかし私はいつまで経っても戦気を纏えなかった。

 その理由が今ようやくわかった。

 戦気とは自己強化、つまりバフである。なので聖女の力がバフの妨害をしてしまいどんなに頑張っても戦気を纏えなかった、ということだろう。


 しかし悪い効果だけじゃなくて良い効果まで受けないとなると、果たして本当に金貨70枚の価値があったのかと不安になってきた。

 でもちょっとでも聖女の魅了の効果が薄まるみたいだし、価値0ってわけじゃないよね。今はそう思うしかない。




 交易都市パーミラスを出立して八日が経った。相変わらず私の体力が無いためペースは上がらない。

 今日はルゼイ村というとこに辿り着いた。二日ぶりにベッドで寝れるので嬉しい。


 村に入ってすぐポツンと一軒だけ建っている家の近くで私は嫌なものを見てしまった。虐待だ。だらしない格好の男が少年に鞭を振るっていた。

 私は咄嗟に少年の元に駆け寄ろうとしたが父さんに止められた。

 それでもやっぱり放っておけなくて男が家の中に入り、少年がトボトボと歩き始めたところを見計らって声をかけた。


「君大丈夫?」

「えっ?だ、大丈夫です」


 突然声をかけられた少年はビックリしたようで目を白黒させている。

 少年が着ている服はボロボロで体中傷だらけ。鞭で打たれた時に倒れたせいで紺色の軽くパーマがかかったような髪は薄汚くなってしまっている。

 そんなボロボロの少年は一つだけ美しいものを持っていた。瑠璃色というのだろうか。まるで宇宙から地球を見たときのような青い瞳だった。


「綺麗な瞳」

「おいバカ!何している!」


 私が無意識に少年の顔に手を触れると、たちまち少年の体の傷が治ってしまった。それを見た父さんは苦虫を噛み潰したような表情で頭を抱えた。

 少年はというと体中の傷が癒え痛みがなくなったせいか驚きのあまり口をパクパクとさせている。


「私はアリア貴方は?」

「リオン……です」

「なあ、坊主はいつもムチで打たれてるのか?」

「ま、毎日は打たれてないし、肉が裂けるほど強くは打たれないから大丈夫です」

「そうか」


 リオンは男に水を汲みに行くように命令されたようで水桶を持っていた。

 私は魔法で桶を満水にし、楽ができた分少しどこかで休んで帰るようにと言いつけてその場を後にした。


 宿屋に着き部屋に通された私は父さんに話しかけた。


「ねえ父さん」

「ダメだ」


 父さんは言うことをわかっていたようで先回りして私の行動を禁じた。

 これから私がしたいと言うことは以前父様が教えてくれたことだ。何でもかんでも手を伸ばしてたらいけない。見捨てるべきだって頭ではわかってる。

 しかし私は理性を無視して感情で発言した。


「あの子助けてあげたい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る