第26話欲しい物には飛びつこう

 まえがき

 作者は頭が良くないので通貨の詳細を事細かに設定することが出来ません。ゆえに下記のような簡単設定です。


 金貨1枚(10万円)

 大銀貨1枚(1万円)

 銀貨1枚(1000円)

 大銅貨1枚(100円)

 銅貨1枚(10円)

 鉄貨1枚(1円)



 ※※※

 故郷を旅立って五日後の夕方。ようやく大きな町についた。

 交易都市パーミラス。西南西に行けばノーブル帝国、南に行けば商人の国カラマ、北に行けばステイル王国、北西に行けばレジスの王都がある。そのためかなり賑わっており人通りも多い町だ。

 私は目立ちたくないので町に入る前にフードを被った。


「うわあ、夕方なのにまだ皆忙しなく働いてるね」

「ここの町の奴らはいつも忙しそうだ。まあ商人が幅を利かせている町ってのはこんな感じだな」

「うわっ」


 初めて見る景色に気を取られながら歩いていたら、夕方で薄暗いせいもあって転びそうになった。


「おっと、お前本当に運動神経ねえな」


 父さんは転びそうになった私を抱きとめ、文句を言いながら手を引き歩き始めた。

 運動神経が悪いのもあるけど、ここ五日間歩きっぱなしで筋肉痛に悩まされているせいだ。

 その後私達は屋台で軽食を取り宿へ向かった。




「今日はショッピングに行く」

「なんか買ってくれるの?」

「買ってやるよ。今日はお前の誕生日なんだろ?」

「父さん……。ありがとう!」


 感激した私は飛びついた。お小遣いねだった時に断られたからなんにも買ってもらえないと思ってた。なんだかんだ言って優しいね。


「おい。お前はもう10歳なんだろ?恥じらいというものがないのか?」

「何言ってるの?旅に出てから寝る時はいっつも抱きついてるじゃん」

「まあそうだけどな。一部屋でいいから宿代が浮いて助かっている面もある。だがな普通は10歳の女の子なら男に抱きつくのは恥ずかしいと思う年頃のはずだ」

「私は恥じらいよりも己の欲望を優先することにしました。なので寝る時は温もりを求めるし、何か買ってくれるという父さんには媚だって売ります」

「ははっそうかよ。欲しいものは手段選ばず手に入れる!お前は冒険者に合ってるかもな」


 人生って問答無用で進んでいく。

 今目の前にある幸福は明日あるかわからない。そして一寸先には理不尽が転がっていて不幸が襲ってくる。

 だけど怖いからといって立ち止まるわけにはいかない。立ち止まってしまえばまた何にもない人生になってしまう。

 だから幸せを掴みたかったら走り回って、欲しい物を見つけたら飛びつくんだ。

 恥ずかしいとかなんて言ってられない。


 宿を出た私達は露店街や庶民向けの店が立ち並ぶ区画を素通りし高級店街が立ち並ぶところまでやって来た。

 貴族なども利用するであろう立派な店舗。え?誕生日プレゼントここらへんで買うの?だとしたら凄い太っ腹!


「こんな高級店街で買ってくれるんですか?」

「ああ、10歳の誕生日は特別なんだ。お前の立場なら本来はたくさんのプレゼントがもらえたはずなんだ。まあなんだ。プレゼントをたくさんもらえなくなったお前にせめて良いものをってことだ。適当な店で買って粗悪品掴まされたら、たった一つのプレゼントが魔石という名のただの石ころなんて可能性あるんだ。それは可愛そうだ」

「父さん……。少し屈んでください」

「お前っ。何しやがる!」


 なんの疑いもなく屈んだ父さんの頬に私はキスをしてやった。

 フレンによって感覚を麻痺させられた私にはキスなんてものはお安いものなのだ。もはやためらいなんてないね。


「お礼の先払いです。これでもうやっぱやめたは言わせません」

「おい!どれだけ高え物を買わせる気だ。常識の範囲内で頼むぞ」

「わたし物価しーらない!」


 父さんは終わったわみたいな絶望的な表情で項垂れた。

 そんな父さんを引っ張って適当な店に入ろうとしたところ、ダメだと言われてしまった。どうやら店は選ばせてもらえないらしい。

 それから10分程度歩いた服飾店の前で父さんは立ち止まった。


「いらっしゃいませ!」


 店に入るとかなり若い男の子が声をかけてきた。まだ高校生くらいの年齢に見える。


「あれ?デビッドの奴はどうした?」

「父とお知り合いの方ですか?それが父は半年ほど前に病にかかりあっという間に死んでしまったんです」

「そうか。それは大変だな」

「そうなんですよ。まだ僕は三年弱しか仕事を教えてもらっていなかったのでかなり困っています。それで今日はどのようなご用向で?」

「ああ、今日はうちの娘の誕生日プレゼントを買いにな。それにしてもさっきからこの店嫌な雰囲気がしないか?」

「そ、そうですか?とりあえずごゆるりとご覧になってくださいねお嬢さん」

「ありがとうお兄さん」


 嫌な雰囲気ってなんだろう?私はまるで感じないけどな。綺麗ないい店だと思う。

 私は適当に店内をざっと見た後、服のコーナーで物色を開始した。


「おい、そこらへんは大人サイズだ。お前には大きいぞ」

「子供物買ったら長く使えないじゃん。初めてのプレゼントなんだから長く使いたいの」

「……好きにしろ」


 物色を開始して10分ほど経った時ピキーンと来たものを発見した。見ていると吸い込まれてしまいそうな黒、光の当たる角度によってはうっすら紫のような色にも見えるローブだ。


「おい、今すぐそのローブを元の場所に戻せ」

「なんで?これよくない?引き込まれると言うか」

「嫌な雰囲気の原因はそれだ!どう考えてもそのローブ呪われてるぞ!店主の青年!なんでこんなものが適当に服の中に混じってる!」

「ひぃすみません!呪われてるだなんてわからなかったんです!!」

「いやいやわかるだろ!本能的に危機感を持つレベルの代物だぞ!」

「た、たしかに仰るとおりですがおたくの娘さんはケロッとしてますよ?」

「……うちの娘はちょっとあれな娘なんだ」


 ちょっとあれってどういう意味!?失礼な!


 その後青年店主が言い訳を開始した。

 曰くこのローブは彼の父亡き後に来た旅人から買い取ったものらしい。剣で斬りつけても傷一つ付かず火で炙っても燃えず水は弾き土汚れすら付かない。

 性能だけで考えれば金貨1000枚と言われてもおかしくない品が金貨100枚でいいと言われ、嫌な予感はしつつも買い取ってしまったらしい。

 そして店の目玉商品として展示したらしいが、次の日来た冒険者に呪われた品を目玉商品として飾るなど信じられんと言われ、ヤバいものだと自覚したらしい。

 しかしヤバい品だとわかっても金貨100枚は大金だ。捨てたりするわけにはいかない。なので無知な人が買わないかなと服の群れに潜り込ませていたようだ。


「店主よ。こんなことしてたら客の信用なくすぞ」

「そんなこと言われても仕方ないじゃないですか!売らないと金貨100枚捨てたのと同じなんですよ!」

「店が潰れるよりマシだと思って諦めろ!」

「ぐぅ」


 これが投資に失敗した者の姿なのか。可哀そうだとても。




「しかしこの嫌な感じに加え見た目とローブの特性的に、これは紫黒龍のローブの可能性があるな」

「紫黒龍?」


 紫黒龍。

 千年以上前に存在したとされる天災級のドラゴンである。

 彼の者が吐く灼熱のブレスはあらゆる生物を灰燼と帰す。

 彼の者が吐く絶対零度のブレスは世界の時を止める。

 彼の者がその翼でひとたび羽ばたけば国が消え去る。


 この天災を引き起こす生物から人々を守るために勇者たちが立ち上がった。


 剣術各流派のトップ戦王、柳王とその弟子たち。

 当時の炎、水、風の大魔法使いとその弟子たち。

 そして各国の精鋭騎士たち。最後にトリッキーな戦い方が出来る忍者。


 総勢100名ほどのパーティ編成で戦いの幕は開けた。

 戦いは惨劇から始まった。戦闘開始1分で騎士たちは全滅、複数の弟子たちも死亡した。

 紫黒龍の攻撃は少し触れるだけでも体が消し飛ぶほどの威力であった。そのため一定以上の回避能力のない者はまったくもって戦力となれず、その命は消え去った。

 一応彼らはA級の魔物や魔獣の素材で作った一級品の防具を装備していたが、紫黒龍の前では何の意味もなさなかった。


 この絶望的な第一波を生き残った者たちには次なる試練が待ち受けていた。攻撃が通らないのだ。

 そのあまりの防御性能の高さにより柳王、忍者は攻撃が通らない。唯一攻撃が通ったのは戦王とその弟子2名の斬撃のみ。

 大魔法使いの攻撃も効く可能性はあったが、紫黒龍の放つブレスや竜巻を魔法にて相殺するのに手一杯でまともに攻撃する余裕などない。

 故に戦王を紫黒龍の首元に安全に送り届けることが他の剣士たちの最優先事項となった。


 しかし攻略法がはっきりしたとはいえ、そう簡単に近寄ることなど出来ない。そうしている間にも刻一刻と時間は過ぎ、半数の魔法使いたちが魔力切れで意識を失っていた。

 このままでは全滅すると察した柳王は戦王以外のすべては囮として命を捨てることを指示。

 そして生き残っていた剣士すべてを囮として、ついに戦王は紫黒龍の首を斬り落とすことに成功する。


 この段階で生きていたのは戦王とその弟子2名と、意識朦朧または気を失った魔法使いたち十数名。

 多大なる犠牲を払いついに紫黒龍を打倒した戦神たちが一息ついたその時、頭を失った紫黒龍の体が身震いした。その次の瞬間紫黒龍の体から毒霧が噴出された。

 これに反応が出来たのは戦王と弟子1名のみ。他の者達は毒霧に巻き込まれ死体すら残らなかった。毒霧が晴れた場所に残っていたのは、紫黒龍の骨と皮だけだった。


 この伝説の戦いを期に第一線を退いた戦王と弟子は失った仲間の供養のために紫黒龍の素材で武具の作成をした。

 騎士たちを思い頭蓋で鎧を。柳王たちを思い尾の骨で刀を。忍者を思い牙と爪で2本の短剣を。魔法使いたちを思い皮で3着のローブを。自らの弟子たちを思い脊椎で大剣を作成した。


 そして時は流れこれらの武具が他人の手に渡り問題が発生した。

 紫黒龍の素材で作られたすべての武具は呪われていたのである。

 呪いは2種類あり武器の呪いが強烈である。ひとたび鞘から剣を抜き放つと強大な力と肉体を得る代わりに精神汚染され、手にとった者が死ぬまで武器を振り回す。

 あまりにも危険なため現在は大剣を竜人族が。短剣は妖精人族が。刀は魔人族が管理しているとされている。


 防具の呪いは最高の防御力と肉体を得る代わりにひとたび装備すれば生物から忌避されることである。

 防具は武器に比べれば死なない分可愛い呪いだが、装備した者にとっては人生が破滅するレベルのものだ。

 まず人里には住めない。住めば石を投げられ暴言を吐かれる。かといって旅も出来ない。通りすがりの人に石を投げられ宿に泊まろうとしても断られ馬車にも乗れない。

 この呪いの効果は他人だけにとどまらない。昨日まで親友だったものに、恋人に、血のつながった家族にすら疎まれ、刃傷沙汰になった例も多々ある。

 そしてこの呪いの効果は防具を脱いでも十年近く消えないので、人間らしい普通の暮らしを取り戻したければ何処か人里離れた場所で十年隠遁する羽目になる。

 この呪いで唯一の利点があるとすれば魔物や魔獣に襲われないことくらいだろう。

 とは言え普通の野生動物にすら嫌われ避けられるせいで狩りが出来ない。隠遁生活中は草食動物のような暮らしを強いられる。


「だからあの旅人は絶対着ないほうが良いって言ってたのか!」

「そこまで言われたのに買い取ったのかよ!」


 この青年店主はお馬鹿さんなのかもしれない。天国のデビッドさんも心配で心配で堪らないだろう。

 でも今の話を聞いた私はこのローブが更に魅力的に見えてきた。これは私のためにあるローブなのではないか。そんな風にすら思う。

 そう思ってしまったら行動に移すしかないじゃない!


「父さんこれ買って!」

「お前は話を聞いていなかったのか!?それに金貨100枚は高い。俺の現総資産の5分の1だぞ。さすがにきつい」

「お嬢さんが着ているそのファイアリザードのローブ下取りします!それ込みで金貨70枚でどうですか!?」

「おめえもこれ幸いと押し付けようとしてくるんじゃねえ!」

「おねがいー買ってー」

「ダメだ」

「買ってくれなきゃ一生パパって言うから。20歳になっても30歳になっても町中で大声でパパって言ってやる!パパの知り合いにはパパって呼ぶように言われたって言うから!」

「なんだその変な脅しは!なんかほしい理由でもあるのか?」

「ある。帰ったら話すから買ってほしい。買ってくれないと動かないから!」

「はぁ……わかったよ買ってやるよ。ギルドで金取ってくるからここで待ってろ」


 曾祖父には悪いけど着ていたローブはたった六日で手放すことになった。

 そして欲しい物と引き換えに、あえて話していなかった聖女の秘密も父さんに話をせざるを得なくなったのだった。

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