第29話船旅と言えばあれが出る

「おおー海だ!」


 リオンを旅の仲間に加えてから七日、私達は港町のウルプトンに到着した。

 ルゼイ村を出たばかりの頃は落ち込んでいた私だがウルプトンに着く頃には完全に復調していた。

 理由の一つは旅の間リオンが常に寄り添ってくれたことだろう。おかげで私は罪の意識に苛まれることはなかった。

 リオンが私を人殺しというような目で見ていたら心が折れていたかもしれない。


 そしてもう一つが大きな理由。リオンが仲間に加わったことで夜寝る時に、私はサンドウィッチの具になることが出来るようになった。

 リオンを私が抱え、その私を父さんが抱えるという形だ。これにより私は多大な幸福感を感じながら眠れるようになった。

 私はこれを幸せサンドと命名した。


 幸せに包まれた私は罪とか罰みたいなことを考えるのを完全にやめた。自分が幸せならそれでいいじゃんと思うようになった。

 リオンのことを虐めるパットだかポットとかいう悪人のことなんて知ったことじゃない。

 最低な考え方かもしれないけど、心を守るためには必要だった。


 またリオンが仲間になって旅のペースが少し上がった。

 リオンは体力があり力持ちだった。そのため私がへばるとおんぶしてくれたのだ。

 リオンは私を担いで何時間も歩っていても疲れたとか言わなかった。魔人族と人族の差なのだろうか?それともリオンが凄いだけ?謎だ。




 宿を取り私達はショッピングに出かけた。

 まず始めにリオンの服を買いに行った。前回私のローブでお金を使いすぎているために、なんの効果もない丈夫なだけの服を買うことになった。ちょっと申し訳ない。

 その後はいろいろと旅に必要な物資を買い、最後に塩を購入した。

 別に塩を持ち歩かないといけないような過酷な土地を旅しているわけではなく、町の食事で十分塩分は足りているんだけど、野宿する時は薄味の食になってしまうのでその時用だ。


 私はこの世界に来てからも貴族という立場で、どちらかと言うと味が濃いものを食べてきていた為に、どうしても一日一食くらいは味が濃いものを食べたくなってしまう。

 一昨日ついに我慢しきれずリオンにおんぶしてもらっている時にリオンのうなじを辺りをペロペロ舐めてしまった。

 舐め始めは無意識だった。なんかしょっぱくて美味しいと思ったら舐めてた、という感じだ。

 人の汗を舐めるなんて汚いのはわかってる。でも体が塩分を欲していたせいか気がついた後も夢中で舐めてしまった。

 当然父さんに見つかって怒られた。


「お前は真っ昼間からなんてことをしてやがる!」

「痛いな!叩くことないじゃん」

「うるせえ!娘が弟分に性的な悪戯をしてたら怒るに決まってるだろ!」

「そ、そんなつもりじゃないし!なんでそんな風に受け取るのかな」

「異性の体を舐めるのはめちゃくちゃエロいことなんだ!覚えておけ」

「わかったよ。でもそれなら次の町で塩と胡椒買ってよ。買ってくれないと無意識でまた舐めるかもしれないよ」

「塩は買ってやるからもう舐めるな!胡椒は高いから諦めろ」


 とまあこんな感じで本来必要のない調味料を買わせることに成功した。これで少しは食の質が上がる。




 ―――




 町に到着してから二日後、定期的に出ている竜人大陸行の船に乗船することになった。

 定期的と言ってもこの世界の船は木造の帆船だ。かなり天候に左右される。

 たった二日しか足止めをくらわなかったのは凄くラッキーなことらしい。


「うわあ!凄い凄い!この船に乗るの!?」

「初めての船に興奮してるのはわかるが、はしゃぎ過ぎだぞ。落ち着け」


 この世界の船はまるでワン○ースの世界で出てきたような船だった。めちゃ夢のある乗り物だ!興奮しないなんて無理な話だよ!

 普段おとなしいリオンも船に感動したみたいで目を輝かせている。

 そんなリオンの瞳を私はじっと見つめた。


「な、何?アリアにじっと見られると恥ずかしい」

「リオンの目の色が綺麗なのが悪いんだよ」


 リオンの瞳の色は本当に綺麗だ。私にとってはサファイアとかの宝石みたいな価値がある。

 それに宝石のサファイアなら綺麗なだけだが、リオンは夜寝る時に温かい抱き枕になってくれるので最高だ。


「イチャイチャしてないでさっさと乗れ」

「い、いちゃいちゃなんてしてないよ!」

「君の瞳綺麗だねってセリフはどう考えてもイチャイチャゼリフだろうが。というか普通は男が女を口説くときのセリフだ。なんで女のお前が言っているんだ」

「う……」


 言われてみればだいぶ恥ずかしい発言だ。

 一時期リディアと仲良くなるために容姿を褒めたりしていたせいか、相手の良いところをさらっと口に出すようになってしまった。

 あの時は私とリディアの二人だけの世界だったから誰も見ていなかったけど今は違う。

 周りから見るといちゃついているように見えるのか。恥ずかしいし今後はなるべく注意しよ。


 乗船して数時間するとリオンが体調を崩した。船酔いである。

 吐くほどではないけどかなり辛そうだ。なので船室のベッドで寝るまで手を握って頭を撫でてあげた。

 いつもおんぶで私を運んでくれていたんだしこれくらいはしてあげないとね。


 船旅二日目。本日も快晴で順調に進んでいる。

 リオンも船の揺れに慣れたみたいで元気になった。船酔いって一日で克服できるものなのだろうか?わからないけどリオンって身体能力高いな。羨ましい。

 船内に閉じこもっていても暇なので三人で甲板に出た。風がとても気持ちいい。

 しばらく乗客用のベンチで三人でまったりしながら海を眺めていたら、鐘が三回だけ小さめな音で打ち鳴らされた。


「なになに?御飯の時間?」

「飯にはまだはええよ。お前結構小柄なのになんでそんなに腹が減るんだ」

「人を腹ペコキャラみたいに言わないでくれるかな」


 旅を始めてから長距離を歩くようになったせいで新陳代謝がアップしたのかお腹が減りやすくなった気がする。

 それに私はちょうど10歳なので、単純に成長期に入っただけかもしれない。

 そんな会話をしていたら乗務員がバタバタとし始めた。


「おいどうした?」

「前方にカトルエンペラーがいる。だから魔法使いを呼びにな」


 船員は父さんの問に対して手短に説明すると駆け足で立ち去っていった。


「カトルエンペラーって何?」

「B級の魔物でイカみたいなでかい魔物だ。でかいせいで先に見つけやすいから先制攻撃して終わりだ。まあ先に攻撃されたらやばいけどな」

「Bってことは強いの?」

「いや、強さ的にはそんなでもないはずだ。ただ海上だから人間には不利な相手ということだな。だから海上で出るやつのランクは高めに設定されている」

「へー。ちょっと魔法使いの戦闘見てみたい!」

「言うとおもっ、てうおおお!?」

「うひゃああ!」


 会話の途中でいきなり船が大揺れした。私はバランスを崩してふっ飛ばされそうになったところをリオンに抱きかかえられた。

 私自身はリオンのおかげで助かったけど帽子が脱げて海に落ちてしまった。おのれ魔物め!

 リオンにお礼を言ってそのまま手をつないで船首の方に向かってみると、昆布色をしたイカっぽい魔物が三人の魔法使いが作り出している魔力障壁をビシビシ触手でぶっ叩いていた。

 魔法使いたちは防御に精一杯のようで攻撃に転じることが出来ないようだ。


「父さん、あれって大丈夫なの?」

「やばいな。この船沈むかもな」

「ちょっと!私まだ死にたくないよ!A級のドラゴン倒したんでしょ?どうにかしてよ!」

「そんな事言われても俺は剣士だ!剣士に海上戦闘は無理だ!むしろお前魔法使いなんだからなんとかしろ!」

「私にあんなでかい魔物倒せるかな?」

「俺はお前が料理とかで魔法使ってるのしか見たことがないんだ。本気を見たことがないんだから通用するかなんてわからん!」

「うわあ!」

「言い争っている場合じゃねえ。とにかくやってみろ。体は支えておいてやるから」


 父さんはそう言うと私のことを支えようとしたが、体格差のせいで上手く支えられなかった。父さんが私を抱きしめると包み込んでしまうのである。

 私としては体の大きな人に包み込まれると幸せな気分になれるけど、今は幸福感に浸っている場合じゃない。


「おいリオンお前がアリアを支えろ」

「わかった」


 リオンは私の背後に回り込むとお腹の辺りをギュッと抱きしめた。これで私が腕を横に広げればタイタ○ックのワンシーンだ。

 私の頭の中にある式が思い浮かんだ。

 タイタ○ック=沈没=全員お陀仏。

 縁起でもない!集中しろ!帽子の敵を討つんだ!

 私は首をふるふるして雑念を振り払い、戦車用の砲弾と呼べる大きさの岩石を作り出し、できる限り魔力圧縮をして硬さと威力を上げてゆく。

 今の力量ではこれ以上は無理だというくらい威力と硬さを高め、最後の仕上げで砲弾にジャイロ回転を加えて魔法を放った。


「いっけーーー!ストーンマグナム!!」


 魔法を放ってから気がついたけど他の魔法使いと連携を取っていなかったので、私の魔法はイカに当たる前に魔力障壁にぶち当たった。

 やっば失敗したと思ったがそれは杞憂に終わった。

 私が放ったストーンマグナムは魔力障壁をぶち破りその奥にいたイカの魔物の頭に着弾。イカは爆散した。

 なんかこの光景には既視感を覚えた。

 あ、思い出した。これは始めて猪を狩った時と同じだ。魔法の威力が高すぎてスプラッターな事になったんだ。

 ということはイカはそんなに防御力は高くなかったってことか!なんだよ父さんが沈むとか言うから気合入れ過ぎちゃったよ。


「今のはお嬢ちゃんがやったのか?」

「そうだけど……」


 何故か魔物を倒して喜ばしいはずなのに周りはシンっと静まっている。

 居心地の悪さを感じていると父さんが私を抱き上げた。高い高いである。


「おおお!お前凄いぞ!」

「うわっ!ちょっと止めてよ!恥ずかしいでしょ!」


 船員や魔法使いが見つめる中、父さんは高い高いしたままメリーゴーランドのようにくるくると回転する。

 私はもう10歳だ。こんな幼子にするようなことを衆人環視の中でするなんて恥ずか死させる気か!?

 あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆っているとそのまま肩車された。


「何恥ずかしがってるんだ!お前はヒーローだ!そうだ!宴をするぞ!お前の魔物初討伐記念だ!」


 父さんが声高らかに宣言すると本当に宴が始まってしまったのだった。

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