外伝2 書籍化記念SS 魔王の礼装

「ふむ。ここが宝物庫ですか」


 聖はフラムと共に魔王城の地下にある一室を訪れていた。


 魔王軍の財物が保管してあるその空間には、まばゆい金銀財宝から、禍々しい呪いの装備まで、多種多様な貴重なアイテムが保管されている。


「おう。でも、師匠。どうして急に宝物庫に? 何か必要なものがあるのか?」


 フラムが小首を傾げて言う。


「いえ。少し時間ができたので、様々な装備を検分して、魔族の方々の嗜好を理解する参考にしたいと思いましてね。フラムさんはそういった物に詳しそうですので、案内をお願いした次第です」


「参考ねえ……。色々ありすぎて、全部説明してたら時間がいくらあっても足りねえし、とりあえず、歴代の魔王が残していった装備から紹介するってことでいいか?」

「ええ、そうですね。お願いします」


「んじゃあ、まずはこれだな。『魔剣王』と呼ばれた奴の鎧だ。こいつは、大の業物好きで、世界中からありとあらゆる名剣をかき集めていた。一万本集めるのが目標だったみたいだが、九千九百九十九本まで集めたところで、当時の勇者に殺された」


 そう言ってフラムがまず紹介したのは、鎧のあちこちから刀身が突き出た、やたら刺々しい甲冑であった。


 一言で表現するなら、小学生が考えた、「ぼくのかんがえた最強の鎧」みたいな見た目で、絶妙に間抜けな感じがする。


「まるで弁慶の逸話のようですね。というか、着心地がものすごく悪そうです」


「『魔剣王』はなんか、それも含めて修行だとか言ってたらしいぜ。オレも派手な服は好きだが、さすがにこれはねえなって思うわ」


「ふむ。ある意味ストイックですが――武闘派の方ではなく、もう少し理知的な魔王の装備も見てみたいですね」


「理知的か。師匠の期待しているような物かはわからねえけど、魔術師系統で有名な魔王っていうと、『黒衣の君』のローブが有名だな」


 フラムが歩み寄った所には、さらにグロテスクな一品があった。


 明らかな人毛で編み上げられたそのローブには、あちこちに無数の目や耳や口が付着して、百面相を呈している。


「クルシイ……」、「タスケテ、タスケテ」、「イタイイタイ」など、怨嗟のうめき声が今もローブから漏れ聞こえてくる。


「これは――人間を材料にしているのですか?」


「ああ。人間どもの領地から神官を連れ去ってきて、そいつらをキメラの原理で『生きる糸』にして作ったらしいぜ。なんでも、聖なる者を汚すと、反動でものすごい闇の力が産まれるんだってよ。オレはあんまり闇魔術に詳しくねえから、それ以上のことは知らないけどよ」


「なるほど。どうやら、『黒衣の君』とやらは、中々、個性的な感性をお持ちの方だったようで」


「そうか? オレの趣味じゃねえけど、魔族の魔術師には、こういう趣味の奴らは割とよくいるぜ」


「そうですか。となると、やはり、私は一般的な魔族の方々の価値観にはなじめないようです」


 人道がどうこうという問題ではない。


 もし聖が人間の領地から神官たちを拉致してきたとしたら、殺して防具にするような真似はせず、生きたまま魔術の研究をさせるだろう。一人しか使えない防具を生み出すよりも、全体に利益のある光魔法の対策を考える方がずっと有意義だ。


「それでいいんじゃねえの? 魔王っていうのは、好き勝手に振る舞うから魔王なんだしよ。着たいものを着て、文句を言う奴はぶっ潰せばいい」


「そうですね。服の趣味の違い程度でぶっ潰す――といった短絡的なことはしませんが、見た目だけを取り繕って、中身が伴わないような人材は私の組織にはいりません。私は、今のままのスーツを着続けることで、その方針を、身をもって示すことにします。魔族の方々からすれば地味な服装かもしれませんがね」


 聖はスーツの襟を正して、そう宣言する。


「師匠らしいな。あっ、そうだ。師匠がいらねえなら、この『魔剣王』の鎧とか、他の歴代魔王の装備とかも、バラして使ってもいいか? 剣は振るってナンボだからよ。オレの手下に配って、軍団を強化したいんだが」


「ええ、どうぞ。このまま倉庫に眠らせておいても、文字通りに『宝の持ち腐れ』ですからね。現場で命のやりとりをする方々に使って頂くのが一番良いでしょう。私を飾り立てるのは服ではなく、フラムさんのような部下の方々の働きです。期待していますよ」


 聖はそう言って、フラムの提案を快く受け入れた。


「おう。万の名剣を持った魔王よりも、オレのデザートリザード軍団の方が使えるって証明してやるよ。次の戦争でな」


 フラムは不敵に笑って、聖の言葉に応えてみせた。


「それは楽しみです」


 聖は満足げに頷いて、宝物庫を後にする。


 それ以上、過去の魔王の装備を検分する必要性は感じなかった。


 聖にとっての宝はただの物ではなく、すなわち、彼に従う人材であるのだから。

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