外伝 書籍化記念SS 美食のギガ

「お疲れ様でした。これが約束のキッシュです」


 ギガを自室に招き入れた聖は、労をねぎらうように言った。


 彼女と向かい合う形で席に着く。


 丸テーブルの上には、すでに切り分けたキッシュとお茶を用意してあった。


「おお! いい匂いなのダ――これは、パイだナ。卵と、牛の乳を使ってるノカ」


 ギガはその内の一切れを掴むと、スンスンと匂いを嗅いで、色味を確かめる。


 聖はてっきり、彼女がいきなり食事にかぶりつくものだと思っていたが、意外に冷静だ。さすが、かつて彼女が『美食』の二つ名をつけられていたというのも頷ける。


「お気に召して頂けるといいんですがね」


「それは食べたらわかるゾ! …。…。…。うン! 美味いノダ! 野菜と肉が入ったパイは食べたことがあったケド、このフワフワしたやつと、木の実を入れてるのがいいナ! コクや口に入れた時の感じがよくナル!」


「生クリームとナッツのことですね」


「へえー、そういう名前なのカ! 魔王様は、魔王様なのに料理も作れてすごいナ!」


 ギガは感心したような顔で言う。


「趣味程度ですがね。料理というのは、経営と似ています。素材の一つ一つは、そのままではとてもおいしく食べられるものではありません。ですが、それらを適切に処理してやれば、想像もしていなかったような美食に化けることがある。素材は人材に、料理人は経営者に例えることができるでしょう」


「言ってることがよくわからないのダ! でも、ギガは仲間ができて嬉しいゾ! 魔族は腹に入ればなんでもいいっていう奴が多すぎル!」


「ふむ。魔族の皆さんは、魂を食べるのでしたね」


「そうなのダ! みんな、魂をたくさん奪うことが大事デ、味はどうでもいいって言ウ! でも、ギガはそれだけじゃ嫌ダ!」


「ギガさんの、日常の中でも工夫を心掛けるという姿勢は素晴らしいと思いますよ。いつか暇ができたら、魔王軍料理部でも作りますかね。シャミーも、最近は料理に興味があるようですし」


「ははははは! シャムゼーラは、魔王様に気に入られたくて、料理を覚えようとしているだけダロ? 食べることが好きな訳じゃナイ!」


 ギガはそう言って、カラカラと笑う。


(ふむ。正確に人物を把握していますね。やはり、愚かではありません)


 他の魔将はどうもギガのことを侮っている節があるが、仮にも弱肉強食の魔族の世界で生き残ってこれたのだから、全くの考えなしであるはずはないだろう。


 そう考えた聖は内心のギガの評価を一段階、引き上げる。


「きっかけはそうかもしれませんが、やってる内に好きになるということもありますよ。……そういえば、ギガさんの食事の好みをまだ伺ってませんでしたね。今後のあなたへの報酬のためにも、リサーチさせて頂いても構いませんか?」


「ギガは、好き嫌いはしないゾ! でも、そうだナ。魔王様は、昔、人間だったんだよナ? なら、魂にも味があるって知らないんじゃないカ?」


「ほう。魂にも味が。確かに、寡聞にして存じ上げませんでしたね」


「そうカ! 一つ上の料理を目指すなら、ぜひ知っておいて欲しいノダ! 魂のレベルが低い生き物――例えば、ウシとかブタは、そもそもあまり味がしナイ。性格の悪い奴――ゴブリンとかの魂は臭くて苦イ。だから、まずイ。人間は肉はまずイが、魂は別ダ。戦士の魂は、塩味が濃イ。魔法使いの魂は酸っぱイ。神官の魂は、甘イ! この魂の味を上手く組み合わせると、さらに料理はおいしくなル! あ、でも、神官はな、ニセモノも多いから要注意ダ! あれはゴブリンと同じ魂の味がすル!」


 ギガは楽しそうにそうまくし立てた。


 今まで料理談義ができる相手もいなかっただろうから、自身の知識を話せること自体が楽しいのだろう。


「ほう。非常に興味深いですね。ギガさんは、やはり魂を使った料理の方も研究されているのでしょうね」


「そうダ! ギガは舌で感じる味と魂で感じる味、二つの美味さを両立した最高の料理を食べタイ! それがギガの夢ダ!」


 ギガが目を輝かせて言う。


「良い夢ですね。やはり料理部を作りましょう。私に、魂の料理のことを色々教えてください。今後、ギガさんがもっとおいしい食事をするためにも」


 もちろん、本心は別にあった。


 今後、聖たち魔王軍も、異なる魔族の勢力と接触することがあるかもしれない。

 その際の饗応のために、魔族用の高級料理を開発するのも悪くないだろう。


 文化的優位を見せつけることは、交渉を有利に運ぶことにつながる。


 無論、料理が趣味だというのは嘘ではないのだが、土台、聖という男は、どんな思考も仕事から切り離すことなどできやしないのだ。


「いいゾ! ギガも魔王様が元いた世界の料理のことを聞きタイ!」


 ギガは天真爛漫な笑みを浮かべて頷く。


 そのまま聖は彼女と、束の間の和やかな食事会を楽しんだ。

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