第29話 ゴブリン文化(1)

「――っつう訳で、奴らの一部が自傷や自害するようになっちまいまして。まあ、戦場に連れてったのは最悪のパターンを想定してっつうことで、あんまり出来の良くねえ兵士ですし、今んところは、その中でも一割いかないくらいですが、実際、長く戦場にいたらおかしくなっちまう奴らはもっと増えてくるんじゃねえかと思いやす」


「ふーむ。戦場のストレスに一部の個体が耐えきれませんでしたか。――ナイトメアアイによるストレスコーピングも試しましたか?」


 デザートリザードの報告を受けた聖は、腕組みしながら問う。


「へえ。最初は効果があったんですが、奴らもさすがに幻影に慣れちまって、嘘だとわかってるもんじゃ、いまいち楽しめねえって話で」


「なるほど、道理ですね。……それにしても、ゴブリンの邪悪性は本当に厄介だ。やはり、彼らには生まれつき、拭い去りようのない嗜虐欲があるのでしょう。ヒトが食事をとらねば死ぬように、ゴブリンも定期的にその残虐性を満たしてやらねば生きていけないんですね」


 有害な性質ではあるが、生まれつきであってはどうしようもない。


「つっても、どうすりゃいいんだ。全部におもちゃを与えてやる余裕はねえだろ。家畜一匹くれてやっても、嬲り殺すのを楽しめるのはせいぜい4~5匹ってところだ」


 フラムが困り顔で頭を掻く。


「……一つ気になることがあるんですがね。プリミラさんからの報告で、ゴブリンの種付けしたがる家畜には、人気な種類と不人気な種類で差があるんですよ。なぜか、ヒトが異常に人気で、ホーンラビットあたりは人気が薄いんです」


 聖は記憶を掘り起こして言った。


 ちなみに、ホーンラビットとは、巨大なウサギ型下級モンスターである。


「そりゃおかしいな。繁殖欲を満たすという意味では、どの家畜やモンスターが相手でも変わんねえ。普通なら、同じになるはずだろ?」


「その辺りのことを確認したいですね。種付けを担当したゴブリンを何体か連れてきてください」


「へい。ただいま」


 デザートリザードが小走りで外に駆けて行き、ゴブリンの小隊長級を何匹か連れて戻ってくる。


 さすがにこのクラスになると、『面をあげろ』とはならず、平伏させたままだ。


「おい。お前ら、姉御と魔王様にお話しろ。なんで、色んな家畜がいるのに、お前らはやたらめったら、ヒトに種付けしたがりやがるんだ?」


 デザートリザードがゴブリンたちに尋ねる。


「ヒトがイチバン、ハンノウがオモシロイ」


 ゴブリンはしわがれ声で答えた。


「反応ねえ。まあ、犯されるってなりゃ、大抵の動物は嫌がると思うがよお。ウシやホーンラビットあたりじゃだめなのかい?」


「ウシはナクから、チョットオモシロイ。ウサギはオカシテも、ナキゴエもナニモナイ。ツマラナイ」


 別のゴブリンが答えた。


「……初期の頃、まだ種付けの管理が万全でない環境では、ゴブリンが家畜たちを肉体的に傷つける事案が多発しました。野良のゴブリンの場合、拉致した家畜に暴力を加え、抵抗する意思を奪うという一定の合理性はあるかと思います。しかし、畜舎の家畜たちはすでに抵抗できないように拘束してあったので、傷つけるのは無意味な行為です。その辺りの事を聞いてください」


 デザートリザードに耳打ちする。


 魔王は神秘的な存在ということになっているので、ゴブリンに直接声をかけるようなことはできないのだ。


「――お前ら。犯すだけなら、メスを噛んだり、爪で斬ったりする必要はねえだろうが。なんで、そんなことをする?」


「ケガをサセルとクルシム。イタガル。ソレをミルのがタノシイ」


 また別のゴブリンが答える。


「……二人の冒険者を確保したとします。一人は男で、一人は女です。二人は恋人関係にあるようだ。女を痛ぶれば、男が『ハンノウ』を見せます。しかし、残念なことに、自分より強いゴブリンがいたため、あなた方は直接女を痛ぶる機会には恵まれなかった。しかし、男や女が苦しむ様子を観察することはできる。そのような状況でも楽しめるのかどうか尋ねてください」


「へい――ヒトのオスとメスのツガイがいたとするぜ。お前らは当然、女を犯したいだろうが、『太っちょハンス』みたいなゴブリンに邪魔されて、それはできねえ。男の方も『石頭のグレゴリー』みたいな奴がボコボコにしてる。ハンスやグレゴリーが好き勝手やって、お前らはオスとメスが苦しんでいる様子を、指を咥えて観てるしかねえ。それでも楽しいか?」


 デザートリザードが、聖の問いをゴブリンたちも理解しやすいように具体化してかみ砕いて伝える。


 さすがは優秀なフラムの部下だ。


「タノシイ!」


「ウレシイ!」


「イケル!」


 ゴブリンたちが身体を震わせて、興奮気味に叫んだ。


「つってもよ、オスなら出すもん出さなきゃ収まらねえだろうよ。そっちはいいのか?」


「ハンスやグレゴリーがアキルまでマツ」


「アトでシタイをオカス」


「ジブンでシゴク」


 今度のゴブリンの反応はそっけないものだった。


「おおむね理解しました。彼らを元の場所へ」


「へい」


 デザートリザードがゴブリンたちを外に連れて行く。


「――つまり、ゴブリンが嗜虐欲を満たすにあたっては、直接身体的な危害を加えさせる機会を用意してやる必要はないということです。ゴブリンは、苦しんでいる存在を観察するだけで、精神的な充足感を得られるんですからね。嗜虐欲には性欲も絡むようですが、自慰で済ます程度でいいというくらいなので、別の性欲処理の手段を用意してやるべきでしょう。ともかく、メインは精神的に対象に虐待を加えることで、肉欲は従属的なものなようです」


 聖は地球のシリアルキラーを思い出していた。


 こういう性癖は、無差別連続殺人犯とかによくあるパターンだ。


「……なんつーかまあ、性悪で悪趣味とかしか言い様がねえな」


 フラムが嫌悪感に顔を歪めた。


「そうですね。ですが、それが彼らに必要なものである以上、供給してやらなければいけない」


「おう――つっても、師匠はもう何か思いついてるんだろ?」


 フラムが聖に期待の眼差しを向けてくる。


「実験をしてみます。奴隷の損耗を押さえるため、一人の悲劇をより多くの者が楽しめるような仕組みを試してみましょう。……『パンとサーカス』。結局、ここに行きつく訳ですか」


 聖ははるかローマに思いを馳せて、肩をすくめた。

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