第27話 業務日誌(2)

 荒野に構築された巨大な工廠からは、煙突の煙が立ち昇っている。


 扉を押し開け、中に入ると熱気が聖を包む。


 円を描くように等間隔に配置された炉から漏れる赤い光が眩しい。


 コボルトの工員たちが、ある者は燃料の木材をせわしなく放り込み、ある者は半溶解した金属をハンマーで叩いている。


「フラムさん。お疲れ様です。作業の進捗を伺いに来ました」


「ん――師匠か。特に問題はねえよ――全部師匠の指示通りだ」


 フラムは炉が作る円の中心にいた。


 彼女は作業台代わりの金属製の箱の上に座り、金属棒で陣図を描いている。


 戦術の研究でもしているのだろう。


 もちろん、彼女がこの場ですべき仕事――炉の管理も怠りは無いようだ。


(上級魔族の皆さんは本当に素晴らしいマルチタスク能力がありますね)


 聖は、フラムと炉の間で繊細に魔力がやりとりされているのを感じていた。


 聖は炉の原理は知っていても、技術者ではないので具体的な設計ができる訳ではない。魔族の上級鍛冶師や土魔法が得意なギガの助力を得て、何とか急ごしらえの炉を作ったものの、その出力は不安定だった。そんな未熟な炉の熱量を調整するのがフラムに与えられた役割である。


 最も、フラム自身は『めんどくせーから、鉱石ごときオレが全部溶かしてやるよ』などと言っていたのだが、そういう訳にもいかない。


 実際、フラムだけで金属を溶かす工程をこなそうと思えばできるのだろうが、それでは、万が一彼女がいなくなった時に工廠は破綻してしまう。


 だが、現在の体制ならば、たとえフラムがいなくなったとしても、何とか立ち行くだろう。


 一人で全ての炉を管理できるような火魔法の使い手はフラムの他にはいないだろうが、中級程度の火魔法の使い手を集め、一人当たりが管理する炉の数を減らせば、工廠は回るのだ。


「フラムさんが励んでいることは把握しています。それでも、言葉にすることが大切なのですよ」


「ああ――つっても、マジで言うことねえけどな。まず、槍の柄や防具に使う木材は、イビルツリーを伐採するだけだ。普通に伐採しようとすりゃあ、殺し合いになるが、今回はあいつら自身が協力してんだから、失敗のしようがねえ」


 イビルツリーはイビルプラントの進化系の中級魔族である。


 ちなみに、こちらはリンゴに似た実をつけるが、保存性の観点から糧食には採用されなかった。むしろ、敢えて実をつけるのを抑制してもらい、その分樹木としての成長を早めるよう命令している。


 イビルツリーは根っこさえ生き残っていれば、すぐにまた幹が生えてくる。


 その成長スピードはすさまじく、ヒトの世界で木材に使われる『成長の早い』とされる樹木のさらに四~五倍の勢いで回復するという。


 当然、イビルツリーの成長には魔力が必要であるが、それはすでに彼らへの報酬として支払っているから問題ない。今後、数百年の間、彼らは問題なく資源を供給し続けるだろう。


 ついでに、イビルツリーには、今後、加工しやすいような長さや太さで成長するように指示もしてあるので、次の伐採の際にはさらに効率良く伐採できるようになる。


 さらに、労働力に余裕が出てくれば、林業にも進出し、下草狩りなど彼らが育ちやすい環境を整えるつもりだ。そうすればさらにイビルツリーの回復速度を速めることができると予測されていた。


「そうは言っても、一つの製品プロダクトができるまでには、色々な工程がありますね。木を伐採しても運ばなければなりませんし、鉱石もやはり掘って運ぶ労力がいります。槍一つとっても、柄を同じ長さに切り揃えなければいけませんし、防具の方はもっと複雑です。このような場合、どうやって仕事を進めるべきですか?」


 聖は『師匠』という役割に従って、生徒を導く教師のような口調で言った。


「掘ったり、運んだり、単純な仕事はゴブリン共にやらせる。加工もむずいとこだけ器用なコボルトに任せて、簡単な所はゴブリン任せだ。しかも、掘る担当の奴は掘るだけ。運ぶの担当の奴は運ぶだけ、仕事がきっちり分けられてる。アホなゴブリンでも一つの作業だけ延々とやってりゃ、そりゃ上手くなるよな。そもそも、それぞれの仕事で一番上手い奴の真似をさせてんだしよ」


 フラムは壁を一瞥して言った。


 そこには、作業をするにあたって最も効率的な理想の身体の動かし方が、壁に掘られた絵図によって示されている。


 魔族は独立独歩が基本である。


 その価値観は上級魔族から下級魔族に至るまで浸透しており、今まではコボルトレベルの粗末な武器を作る鍛冶師でも、素材の採集から加工まで、全ての工程を一人で行っていた。


 しかし、それはあまりにも非効率的だ。


 そこで、聖は作業を徹底的に分割し、分析した。


 同じコボルトがすること、と言ってもそれぞれに個性はある。


 例えば槍を作るのでも、木を斬るのが上手い個体がおり、運ぶのが上手い個体がおり、削るのが上手い個体がおり、穂を作るのが上手い個体がおり、それぞれ得意なことは千差万別だ。


 ならば、それぞれの作業において一番上手い個体のやり方を調べ、それらを組み合わせてやれば、最も効率的な工程が出来上がるという訳だ。


 これが熟練者ともなると中々一度修得した自分のやり方を変え辛いのだが、まっさらな状態のゴブリンたちは土が水を吸うように技能を吸収していった。


「よろしい。きちんと実践できるようですね。私は口で指示することしかできませんが、現場で働くフラムさんの部下は大したものです。少ない人数で、あれだけたくさんのゴブリンやコボルトを管理しているのですから」


「師匠が高い武具をくれるっつうから張り切ってんだよあいつら――にしても、全部、言われてみりゃ当たり前なんだけどな。基本、独りで何でもできるほど偉いって思ってる魔族には、到底、思いつかねえよ」


「単純なアイデアほど、実は思いつくのが大変なんですよ。魔族に限らず、私の世界のヒトも、この『科学的管理法』に行きつくまでに途方もない年月を要しています」


 それは、経営学を少しでもかじった者でも、『知らなければモグリ』と言われるほど有名な理論であった。


 F・W・テイラーが提唱し、産業革命の黎明を彩ったその知識は、異世界で確かに生きていた。


「そうなんだよなあ。オレだって、オーガを馬代わりにすりゃあいいって、そんな簡単なことも思いつかなかったんだし」


「……ゴブリンやコボルトから労働に対する不満は出ていませんか?」


「ある訳ないだろ。師匠の命令に従ってりゃ、メシも出るし、場所の取り合いに苦労することなく住む場所も保証されてる、しかも、優秀者には魔力も分けてもらえるんだぜ? 魔力を分けてもらえない奴も、少なくとも上級魔族の気まぐれで殺されることがないだけで恩の字だろう。普通、ゴブリンやコボルトつったら、魔法の的や武器の試し切りに使われる程度の存在だからな」


 聖はコボルトたちに、ほぼ無給のブラック労働を強いている。


 しかし、それはあくまで地球の先進諸国の基準であって、彼らにとっては十分にホワイトな労働環境なのだ。


 なんといっても、下級魔族にとっては、『明日の命が保証されている』ことこそが最大の報酬なのだから。


 所変われば常識も変わるのは当たり前なのだ。


「ふむ。上々です。全体的に何も問題はなさそうですね。この調子ならば、『余裕があったら』とお願いしていた仕事の方にも手を回せたのではないですか?」


 聖は声をひそめてそう問うた。


『機能的でありながら、ヒトが見ても美しいと思える服』をオーダーしていた件である。


「お、おう。い、一応、手慰み程度に作ってみたけどよ。本当に適当だからな!? あんま期待すんなよ!」


 フラムはそう言いながらも、周囲の視線へしきりに気を配りながら、いそいそと立ち上がった。


 そして、それまで尻の下に敷いていた金属製の箱を開いて、中に手を突っ込む。


 引っ張り出されてきたのは――上半身に羽織るジャケットであった。


(これは……俗に言う、『スカジャン』というやつですかね)


 ベースは黒色で、背中には赤いドラゴンの刺繍が施されている。本来のスカジャンはカジュアルな服だが、こちらは金属の光沢があり、どことなく品もある気がした。


 フラムは自分のために作ったのだろうが、彼女自身が男っぽい所があるので、どこかユニセックスっぽい、男女両方着られるような意匠となっていた。


 この服がヒトに受けるかどうかは、正直分からない。


 聖は、まだこの世界のヒトの美的価値観まで情報収集できてないからだ。


 だが、ともかく、フラムに似合うことは間違いないように思えた。


「良いと思います。なぜご自身で着ないのですか?」


「これは、魔王――師匠の財産で作ったもんだろ。オレが勝手にする訳にはいかない」


「本当に律儀な方ですね。では、フラムさんの日頃の働きに報いるため、臨時ボーナスとしてその服を与えることにします」


「い、いいのか?」


「ギガさんにも臨時報酬を出しましたし、フラムさんは軍隊の育成と武具の生産と、かなりのお仕事をしてもらってますから、このくらいは当然かと」


 聖は即答した。


「そ、そうか。しゃあねえな。断るのも師匠に失礼だしよ!」


 フラムはそんな言い訳をしながらジャケットを羽織り、忙しなげに髪をいじり始めた。


「やはり、いいですね――この調子でどんどん開発してください」


「ま、まあ、気が向いたらな」


 フラムはそんな気のない風なセリフを吐きながらも、どこか嬉しそうに箱の上に腰かけて足組みする。


「では、今日の視察は以上です。お疲れ様でした。次はフラムさんの良いと思った段階で、私にゴブリン軍団の閲兵をさせてください」


「おう。今、商隊を襲わせてる奴らが帰ってきたら、まとめて報告しようと思ってる。遅くても、後、一日か二日で帰ってくるはずなんだがな――」


「姉御、戻りやした! ――っとすいやせん。魔王様もいらっしゃったんで」


 噂をすれば影。


 駆けこんできたデザートリザードが聖の姿を認めて平伏する。


「私のことは気にせず、続けてください」


 聖は一歩後ろに下がって、先を促す。


「へい。では、失敬して」


「で? どうだったんだよ。その様子じゃ、なんかあったみてえだが。敵にやられたか?」


「いえ、襲撃自体の首尾は上々だったんですが、なんていいやすか、ゴブリン兵の奴らの一部が、頭がおかしくなっちまいやして。このままだと、でけえ軍を動かすのは難しいかもしれやせん」


 フラムの問いに、デザートリザードがうなだれながらそう報告する。


「どうやら火急の要件のようですね――詳しく聞かせて頂けますか?」


 看過できないその内容に、聖は再び身を乗り出す。


「へえ。謹んで申し上げやす」


 デザートリザードは細長い舌をチロチロさせながら、事の顛末を語り始めた。


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