第23話 勇者と騎士王(2)


 軍事を最優先に作られた武骨なその城に、恒夫はジュリアンの先導を受けて入っていく。


 いくつかのややこしい儀礼があった後、恒夫たちはついに謁見を許された。


 謁見の間は、恒夫が想像していたような玉座は存在せず、そこには磨き上げられた金属製の円卓があるのみであった。


「……『純潔』、『慈愛』、そんで、勇者。顔を上げていいぞ。なんか、ウチらに文句があるんだってな?」


 想像していたよりも数段階フランクな声がかけられる。


 ちなみに、騎士王は一人称を二人称で語るらしい。


『円卓会議によって騎士団長全員の信託を受けた以上、騎士王の言葉は騎士たちの言葉そのものであるから』とジュリアンは言っていた。


 恒夫は顔を上げた。


 円卓には、六人の人物が座っており、恒夫から見て一番奥に座ってるのが騎士王らしい。


 ボリボリと赤茶けた髪を掻くその男は、恒夫より明らかに年下だ。


 青年と少年の中間くらいの――日本で言うなら、中3か高1くらいの年齢に思える。


 恒夫は気に食わなかった。


 年下に偉そうにされるのも 騎士王がイケメンなのも、高そうな鎧を着ているのも、何もかも。


 だが、恒夫は自身のその感情には気が付いていなかった。全て騎士王が奴隷を非道に扱っていることから来る怒りだと思っていた。


(さすがに皆殺しにするのは、無理か)


 もしそうできたら、皆殺しにしてジュリアンを王にすればいいかと思ったのだが……。


 文弱な神官共ならともかく、騎士は戦闘のスペシャリストだ。


 円卓に腰かけている奴らが全員手練れなのは言うまでもないが、立ち並ぶ衛兵からもただならぬ力を感じる。


 どうやら勇者を警戒しているらしく、最大限の戦力を用意したらしい。


 こうなれば、交渉するしかない。


 なに。正義はこちらにあるのだ。ぐうの音が出ないほど論破してやればいい。


「王に問う。騎士は自らを犠牲にして民を守る高潔な存在だと聞いているが、どうして奴隷なんか使うんだ。しかも、麻薬漬けにして無理矢理魔族と戦わせるなんて!」


「まず、奴隷は民じゃなくて、物だ。もちろん、安いとは言わねえよ。だが、それは剣や盾や馬も同じだろ? 武具が痛むのを惜しんで戦わねえ臆病者は騎士とは言えないんでな。魔薬? あれは手に入れた武具に 剣に油を塗って手入れするのとなんも変わらねえよ。手にある武器が最大限に力を発揮できるようにするのは騎士の責任。勝つためには何でもするのが騎士の義務だ」


 騎士王は恒夫を小馬鹿にしたような口調で言う。


 こいつは殺す。


 いつか絶対殺す。


 恒夫の中でそれが決定事項となった。


「そもそも、そこまでやって行う戦争に大義があるはずない! いくら魔族がゴミでも、魔族にやられる前に民がボロボロになったら、魔族にやられるのと何が違うんだ!」


「勇者様は知らされてねえのか? ウチらだって、趣味で奴隷にヤクを飲ませてる訳じゃねーんだよ。今、世界は大きく動いている。今、ウチらは早急にこの大陸をまとめ上げなきゃなんねーんだ。そうしねーと、外から侵略者共がやってくる。後ろに脅威を抱えた状況じゃ戦えねーんだよ」


 騎士王は呆れた様子で、耳の穴に小指を突っ込んで、取り出した耳垢を息で吹き飛ばした。


 確かに、騎士王の言う事情を恒夫は知らなかった。


 だが、そんなことはどうでも良かった。


「知るか」


「なに?」


 騎士王が不快げに顔を歪める。


 ようやくその余裕ぶった面を崩せて、恒夫の気持ちは高ぶった。


「支配者が変わろうと、民衆が幸せならそれでいい」


「あのなあ。王あっての民だぞ? 侵略者に支配されれば、ウチらは皆等しく奴隷だ」


「今でも民は奴隷にされてるのに今更だろ。あんたらが既得権益を守るために、奴隷を虐げている事実に変わりはない」


「貴様、勇者への礼儀と思って黙って聞いておれば、騎士王様への侮辱であるぞ!」

「やめろ。いいって――あのな? 奴隷っつっても、自国民が自国民を奴隷にするのと、他国民の奴隷にされるのは全然違うぞ? ウチらは最終的には騎士領全体の利益のために動くが、他国民の奴隷になった場合、あいつらはあいつらの本国のためだけに動く」


 騎士王は今にも恒夫に斬りかかってきそうな、円卓の騎士の一人を制して、諭すように言った。


「そうやって、権力者共はいつも自分を正当化する言い訳で、弱者を騙そうとする! 論点をずらすな! 今語るべきことは一つだ。あんたは、騎士として、民を慈しみ守るという義務を果たせ!」


「義務か。義務ねえ。……勇者さんよ。じゃあ聞かせてもらうけどさ。あんたの義務はなんだ?」


「正義を行うことだ!」


「違う。勇者は魔王を倒すために呼ばれたんだよ。最優先事項はそれで、他は全部おまけだ。現状、義務を果たしてねえ勇者の言葉は、ぶっちゃけ聞くに値しねえな」


 騎士王は肩をすくめて言う。


「なら、俺が魔王を殺したら、あんたらは民を守る騎士の義務として、奴隷を解放し、重税を解くのか?」


「ああ、いいぜ。約束しよう」


 騎士王はあっさり頷く。


「王!」


「よろしいのですか!?」


「おう。俺の負けだ。やっぱり、勇者って奴には敵わねえ」


 周りの騎士が驚きに目を見開くが、騎士王は観念したかのように頭を垂れる。


「勇者殿よ、感謝する。これで、希望が見えた」


 ジュリアンが目の端に涙を溜めて、恒夫の手を握る。


「魔王さえ、魔王さえ倒せれば、民は救われるのですね」


 アイシアが自身を奮い立たせるように言う。


 恒夫は胸を張った。


 やはり、正義は勝つのだ。


「――口約束だけじゃ信用できない。ここで誓約書を書いてもらうぞ」


「おう。魔王の消滅と同時に有効になる綸旨書を書いてやるよ。細工を気にするなら、そこの『純潔』にでもチェックしてもらえ――おい。紙」


 騎士王は部下に命じて、特殊な羊皮紙を用意すると、さらさらと文を書く。そして、騎士王自身の血判と、魔法的な調印によってその効果を保証した。


「……問題ない。確かに、勇者が魔王を倒した暁には、騎士王の名において、領内の全ての奴隷を解放し、税率を以前の水準に戻すことが書かれている。細工もあるようには思えない。――確か、聖女は偽りを看破する魔法が使えたな」


「はい。――嘘は見られません」


 ジュリアンとアイシアが誓約書をチェックして頷き合う。


「よし。じゃあ、早速、魔王を倒しに行くぞ!」


 恒夫は拳を掲げだ。


「えっ。途中までは軍隊の方々と一緒に行った方が安全では?」


「……戦争で先兵に使われるのが奴隷だ。軍隊と一緒に行ったら、解放する前に奴隷が死ぬかもしれない」


 という理由もあったが、軍隊と行動を共にすれば、万が一、魔王討伐の手柄を奪われる可能性があった。


 無論、そうなれば奴隷解放の目的が達成できない――というだけでなく、プライドの高い恒夫にとっては、自身の完璧な英雄譚に不純物が入るのが許せない――と思っている事実に、恒夫は気が付いていない。


「なるほど。確かにおっしゃる通りです」


「ああ。だから、今すぐぶっ潰す」


「いや、それは待った方が良いのではないか」


 だが、意外な所から待ったがかかった。


「何だと? あんたは今すぐに民を救いたくないのか?」


「いや、勘違いしないでくれ。軍隊と行動を共にしないということは、私も賛成だ。しかし、魔王領への侵攻が開始されるまで――雪解けまではまだ時間がある。それまで、勇者様には剣術の基礎と、魔法の使い方を学んでもらう。魔王は強敵だ。出来る限りの準備をすべきだろう。勇者様はすでに法外な強さだが、訓練すればより強くなれる。――僭越ながら、私と私の部下にその手伝いをさせてはもらえないか」


 ジュリアンが跪いて頭を垂れた。


「……わかった。戦闘の先輩に従おう」


 恒夫はそう殊勝ぶって頷いて見たが、それは本心のことではなかった。


 基本的に我慢が効かない性格なので、今すぐに魔王をぶっ殺しに行きたかったのだ。


 だが、ジュリアンと、その騎士団が美人揃いなのが幸いした。


 恒夫自身は冷静な自分の賢さによる英断だと思っていたが、その実、勇者らしいハーレム生活も体験してみたいと思っていたのだ。


 ちなみに、恒夫の倫理観ではハーレムは許される。


 恒夫は、自分はポリティカルコレクトネス的な性の多様性を認める寛容な人間であるので、ポリアモリー《複数恋愛》もありだと思っていた。


 つまり、自身が作るハーレムは大歓迎であった。




 *   *  *




「はあ。教皇から聞いてた通り、マジでやべえ馬鹿だな。ハズレもハズレ勇者じゃねえか」


 勇者一行の去って行った謁見の間――騎士たちは円卓の間と呼ぶそこで、騎士王こと、『分別』のスラウは溜息をついた。


「……勝手にいかせてしまってよろしいのですか?」


 騎士団長の一人が問う。


「いいよ。勇者が魔王を殺してくれれば、それで奴は用済み。万が一負けても、神官共が勇者の再召喚に余計な浪費をするだけだ。ウチらが今後の主導権を握るには、むしろ負けて欲しいくらいだぜ」


 スラウは肩をコキコキと鳴らして吐き捨てる。


「聖女――はともかく、『純潔』に何かあれば痛手ですが」


「ああ。その点は残念だなー。魔族共をぶっ殺したら、いずれジュリアンちゃんと結婚して、みんなの人気を稼ごうと思ってたのによー。聖剣の意思だけはどうやってもコントロールできないからしゃーねーな」


 この大戦が終結したら、スラウは民に人気のあるジュリアンをめとって、彼らを慰撫するつもりであった。だが、おそらくそれはもう無理だ。ここまでこじれてしまっては、関係の修復はできそうにない。


 ちなみに、聖剣は取り上げることはできないが、持ち主が死ぬと勝手に玉座に戻る。


 そして、また次の持ち主を待つのだ。


 魔王に殺されてくれれば良いが、そうでない場合、『そういうこと』も考えなければいけないのは憂鬱だった。スラウは血も涙もない魔族ではないのだ。


「奴隷解放と税の件は、いかがいたします?」


「もちろん、綸旨書はガチだから約束は守る。一回、奴隷から本当に解放してやる。ただし、場所は指定してないな? それぞれの出身地からなるべく遠くで解放しろ」


「……野盗化、もしくは流民と化しますな」


「おう。犯罪犯した奴は、一回解放されても新たな罪で奴隷となるな。流民は『保護』してやる必要がある、新しい農地をやってもいいが、当然、税金の在り方も変わってくるかもなあ。『税率』は元通りだが、『新しい形の賦役』が課される可能性はある」


「奴らも愚かですな。外交交渉がしたいならば、相応の人物を用意すべきでありましょうに」


 その手の文章に明るい、外交担当の騎士団長が嘲るように言った。


 あらかじめ勇者の出方を予想して考えていた文言の内、最もスラウたちに有利な文章を勇者たちは呑んだ。正直、拍子抜けだった。


「あいつらの神官の仲間って、政治音痴の原理主義者だけだから無理じゃねーの。ま、それでも連れてこないよりはマシだっただろうけど。ま、それはあちらさんの問題。こっちとしては、さっき言った感じで――」


「つまり、全て元通り、と」


「おう。余計な手間と時間がかかるがな。あの馬鹿勇者のおかげでいい迷惑だ。つーか、魔王討伐して戻ってきたら、絶対、『騙された』ってわめくよなあ。あいつ。ジュリアンや聖女と共謀して民衆を扇動されたら超絶めんどくせーことになるぞ」


「では、戻ってきた場合は――」


「ま、そこらへんは教皇と相談するか。手綱をつけられない暴れ馬に手を焼いてるのは向こうさんも同じだろ」


 スラウは円卓の騎士と謀を巡らせる。


 非道も外道も後世の悪評も、スラウは全て背負う覚悟があった。


 それこそが、『王』の責務であると確信していたから。

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