第30話「尋斗さん、意地悪です……」

「なぁ結愛ゆあ。……俺たちはお姫様抱っこをするということで、お互いに納得したはずなんだが」


 俺は止まりかけの思考をなんとか動かして、言葉を絞り出した。


「確かにそれで話はまとまりました。けれど、そのあとに見た人が羨ましがるような写真にするとも言いましたよ?」


「言ったけどさぁ……」


「さすがに、そこまでいやそうな顔をされると私もへこみますよ。結構頑張ったんですから!」


 嫌というか何というか……。付き合ってるわけでもない女の子とこういうことをするのは、気がひけるんだよなぁ……。


「今回だけはスペシャルで特別に、見逃してやるから、もうするんじゃないぞ」


「スペシャルと特別は同じなのでは?」


「大事なことだから二回言ったんだ。というか話をらすな。次やったら……えぇっと、なんかペナルティつけるからな!」


 具体的なものを思いつかなかった俺は、咄嗟とっさにそんなことを言った。


「ペナルティ……あ、本で読んだことがあります! めちゃくちゃにするというやつですね!」


「お前なに言ってんの?! ……こう、もうちょっと恥じらいを持ったらどうなんだ」


 結愛はあごに人差し指を当てて、何か考えるようにしていた。


「男性にめちゃくちゃにすると言われたら、女性は覚悟を決めなければいけないと、書いてあったのですが?」


「それなんていう本だった?」


「ドキドキ! 必勝恋愛教則本です!」


「なるほど……。まぁ、そう言われたら覚悟を決めなきゃならないかもだけど……。お前、めちゃくちゃにするの意味わかってるか?」


 結愛はどうやって子供ができるのかも知らない、少々メルヘンな頭の持ち主な訳なんだが……。絶対意味わかってないよねぇ。


「読んだだけなのでよくわかりませんが、多分お仕置きとかだと思います。ゲンコツとか、デコピンとか!」


 ……なんかもう、これはこのままにしてあげた方がいいのかな? 少なくても俺の口からは真実を告げることはできないし……!


 ということで、俺は結愛に話を合わせることにした。


「そう、お仕置きをするってことだ。だから男子にめちゃくちゃがなんたらとか絶対に言わないこと!」


 俺は念を押して言った。もしものことがあってからじゃあ、いろいろあれだし……。


「わかりました。けど、教則本には不意打ちのキスは有効な一打と書いてあったんですよ!」


「有効すぎてダメだ! 普通のアピールが火縄銃ひなわじゅうだとしたら、お前のやり方は核兵器になる!」


 すごくわかりやすい例えをしてあげたんだけど、理解してくれたかな?


「うぅん……」


 あれ? あんまりピンときてない感じなんだけど。


「試しに、めちゃくちゃとはどんなものか、やってみてください!」


 あぁ、やっぱりわかってないわ!


 結愛は俺の目を真っ直ぐに見て、まだかまだかとその時を待っていた。


 なんで俺がこんな頭を悩まさなきゃいけないんだよ……。


「ゲンコツでもデコピンでも、どちらでも大丈夫です。覚悟はできてます!」


 女の子に手をあげるのは男として絶対にしちゃダメだと思ってるからなぁ……。


 俺は結愛の両頬に手を添えた。……覚悟を決める、ねぇ。


「あっ、あのお仕置きはデコピンとかっていうのは……」


 結愛は突然のことに反応しきれてないようだった。


「目、つぶって」


「ひゃ、ひゃい!」


 と、ここまできたら完全にキスだと思うでしょ? そんなことが起きるのは少女漫画の中だけだぁ!!


 俺の場合はこうだ!


「ひゃっ! ひ、ひろほはん!」


 俺は結愛の頬を思いっきり横に伸ばした。


 このチキンぶり。もうそろそろヘタレ準一級の称号を頂きたいところだな。


「は、はなひてくらひゃいぃ!」


「もうあんなことしないし、言わないって約束するなら離してやる」


「やくひょくひまふ」


 結愛のその言葉を聞いて、俺は手を離した。


「尋斗さん、意地悪です……」


「あんなことした罰なんだから、これで反省しろよ」


 俺が説教を終えると、プリクラの機械からアナウンスが流れた。


『印刷が終わったよ! また来てね!』


「あぁ! 尋斗さん、撮ったやつにお絵かきしてません! 撮り直しましょう!」


「絶対に嫌だぁぁぁぁ!」

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