第18話「「うるさい! この浮気者!」」

「ちょっと、私は平良たいらくんに用事があるんだけど!」


「こっちのセリフ! 私が尋斗ひろとと話すの!」


 かくかくしかじかあって、俺は咲良さくら友李ゆりに連れられ、屋上に通じる扉の前にいた。



「なぁ、お前らなんでこんな所まできて喧嘩を……」


「「うるさい! この浮気者!」」


「俺に彼女なんていないんだけど?!」


「というか尋斗、誰が喋っていいって言った?」


「いや、むしろ誰がダメだと? お前、一昨日のこと全部言うぞ」


「言いたきゃ言えばいいじゃない。あの本の事とか、中学時代のあんたの失恋とか全部暴露するけど」


 友李の目は『やるのか、おい?』みたいなすごくすごく好戦的な目をしていた。


 ここは戦略的撤退を……。


「それはそうとして、話って何なんだよ」


 俺の問いに先に答えたのは咲良だった。


「あなた達……許嫁いいなずけって本当なの?」


「嘘に決まってるだろ」


「本当に決まってるでしょ」


「「「…………」」」


 沈黙……とても、気まずい空気が通り抜けていく。


「おい友李……そんなこと言って困るのはお前なんだぞ?」


「困りなんてしないわよ。証拠だってあるんだから」


 そう言うと、友李は手に持っていたスマホをポチポチいじり音声を再生した。


『やっぱり尋斗くんは気の利くいい男だなぁ。どうだ? 友李をもらってくれないか?』


「……これ、一昨日のおじさんが言ってたやつ……」


「本当なの? 本当だったのね?! 平良くん?!」


 咲良は顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。


「本当に……あの子、なの?」


 咲良は、うるうるした目で、上目遣いに俺を見つめた。やべぇ、真正面から胸あたってるて!


「いや、待て。あれはおじさんが酔ってた時に言ったことだから、ノーカンだ!」


「はぁ……よかった。あなたが誰と一緒にいようが私には関係ないけど、変な女に引っかかったら大変だもの」


 ツンデレさんは弁解をしつつ、俺から離れた。


「はいはい、ありがとさん」


 俺が何に対してなのかイマイチわからない感謝をすると、咲良は勝気かちきな笑みを浮かべて友李に話しかけた。


「ということで、残念だったわね、エセ婚約者さん。あなたと違って、私には確固かっこたる証拠があるもの」


 そう言うと、咲良もスマホを操作し始めた。そして、表示した画像を友李の目の前に突きつける。


「どお? これを見て何か言うことはある?」


 何を見せたのか気になった俺は、回り込んでスマホの画面をのぞく。


「って、おい! なんでこれ保存してたんだよ!」


「撮ったプリクラをQRコードでダウンロードできるのよ。私の大事な待ち受け画面……にはしてないわよ! 本当よ!」


 そう、そこに映し出されていたのは、俺が咲良のことをお姫様抱っこしているプリクラだった。


「ちょっとぉ、尋斗ぉぉぉ!」


 俺の名前を叫んだ友李は、すごい剣幕けんまくで俺に近寄り、ワイシャツのえりを掴んで、前に後ろに揺らし始めた。


「やっぱりこの子と付き合ってたのね! この、この! ヒロくんのくせにぃぃぃぃ!」


「やっ、やめて。首……首が取れるから、やめぇ」


 俺の首がゴキゴキ鳴っているのを気にすることもなく、友李は俺に質問を続けた。


「どこまで……どのまでしたの?!」


「なんもしてないです……だから、揺らすのやめ……」


「嘘よ。平良くん、私の下着姿見たし……それなりの責任を取ってもらわないと」


 さっくっら、てめぇ!


「責任なら、私だって取ってもらわなきゃならない!」


 友李は俺の襟から手を離して、なぜか恥ずかしそうにしながら話し始めた。


「……な本を、その……こ……に……て……れた」


「なんですって?」


 ポショポショ喋っているせいで咲良には聞こえなかったようだが、俺にはハッキリ聞こえたぞ……!


 こいつ今『えっちな本を……声に出して読まされた、の……』って言った! 間違いない!


「友李、ちょっと待て。それは、マジで勘弁を! 帰りどこか付き合うから、本当にやめてぇ!」


 俺は己の尊厳の危険を感じて、即座に和解を申し出た。


「ホ、ホントォ……?」


「本当だ! だから、あれはもう忘れて」


 なんでこいつ自分で喋ろうとしておいて涙目になってるんだよ。恥ずかしいなら最初からやめておけ!


「ちょっと! なに二人だけで話を進めるのよ! 私にも……ちゃんと責任とってもらえるんでしょうね?」


「わかったよ、お前も帰りどこか付き合うから、とりあえず変なこと口走くちばしるな!」


 

 なんとか二人をなだめることに成功した俺は、何か視線を感じて、周りをキョロキョロ確認した。


 そして、少し離れた角に人影を見つけた。


 綺麗なブロンドの髪。遠くからでもわかる、清楚で気品高いオーラ。


 ……あれは、紫陽花あじさい結愛ゆあではないか……!


 やばい、見られてたか? もしあいつのファンクラブにチクられたら……即死!


 弁解をしに行こうと立ち上がると、紫陽花は一目散いちもくさんに逃げ出してしまった。


 これはいよいよやばくなってきたぞ。


 ……一応、遺書でも書いておくか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る