15.ついでに悪趣味な舞台に誘う。

「ゲランに行っていたんだけどさ」


 それは聞いたと思う。いや違う、同僚が発つ前に言ったのだ。


「ちょっとばかりアミを張ってね。結構大がかりな大掃除をしたんだ。あのひとにちょっとばかり手伝ってもらった」


 中佐のことか、と彼は思う。


「あのひとの表向きを利用して、俺はMM以外をより分けて、その一人一人に、うちの連中を当たらせた。一人に対し、五人ってとこかな。人海戦術だよ。まあでもさすがにそれをやったら効果はあったね」

「見付けた?」

「そ。まあどんな姿かどんな偽名か、本当にはどんな立場にあるのか、そのあたりはさっぱり判らない。あそこもまた、うち同様、下に行けばいくほど、上の情報はさっぱり判らないものになっている」


 彼は髪をかき上げる。それは当然のことだ。


「だがさすがに、全く下っ端だけが居た訳じゃない。命令を下す側が居ることは、居たんだ。何せ下へ行けば行くほど、吐かすのは簡単だ」

「で?」

「で、とにかくどの情報からも、一つの方向だけは導き出せた訳さ。ここだ」


 キムはテーブルの上をとん、と指で突く。


「惑星ペロン」

「そ」


 なるほどね、とGがうなづいた時、ふっ、と客席の灯りが消えた。静まりかえる店内に、キムは彼に接近し、耳打ちする。


「何が始まるんだ?」

「悪趣味な舞台さ」


 彼はそう吐き捨てる様に言う。好んで見たい訳ではない。だが、あああの二人に言われては。

 半ばやけで、キムが半分まで空けたカルーアミルクを彼は飲み干した。胸焼けしそうな甘さが、口とい言わず喉と言わず、焼いた。

 悪酔いしそうだ、と彼は顔をしかめる。だがきっとこのレプリカントは、この暗さの中でも自分の顔はきっと見えるはずだ。そう思うと、彼はやや自分の中に苛立ちが溜まってくるのを禁じ得なかった。

 だがその嫌な気分は次の瞬間、かき消えた。


「いやぁっ!」


 声のする方に彼は顔を上げた。

 舞台の上手で、これから出されるのだろう少女が、何かを飲まされそうになって、もがいている。やはり薬物か、と彼は思わず眉を寄せた。

 だが妙に聞き覚えのある声だった。

 一度は目を逸らした彼だったが、立ち上がり、ピアノの方へ戻ると、改めてその方向へと目をやる。そこの方が、舞台に近いのだ。

 途端、彼は左肩に大きな衝撃を感じた。何だ、と肩を押さえると、視界にストロベリィブロンドが入ってきた。キャサリンが、あの冷静さは何処に行ったものか、ひどく慌てて舞台の方へと駆け寄っている。


 まさか。


 Gは彼女の背を追った。その先には、もがく少女の姿があった。ふと気がつくと、斜め前に、クローバアが、両手で顔を押さえて、ひどく大きく目を広げている。彼女こそ、何かを叫びだしたいのを必死でこらえているかの様だった。

 彼は顔を上げる。焦点を合わせる。……唇から、知っている名がこぼれた。


「エルディ」


 彼はハウスキーパーの少女の名を呼ぶ。そして一歩、その場から踏み出した。


「妹に、手を出すなと言ったろう!」


 血相を変えたキャサリンは、嫌がる少女の動きを押さえ込む従業員達に、怒鳴りつけた。Gが客席の後ろから音もさせずに回り込み、キャサリンの背後まで追いつくと、その声が、彼の耳にまっすぐ飛び込んできた。

 奇妙に表情の無い従業員達は、仕方がないだろう、とやはり感情のこもっていない声で答える。


「今日予定のガキが、揃って逃げ出したんだ。一人はほれこの通り、掴まえたが、女のガキの方が、すばしっこくてなあ」


 確かに、その従業員の向こうには、この間見たのより、ぼんやりと壁を見ているだけの少年の姿もあった。


「だからと言って!」


 おそらく、姉を迎えに来たのだろう、と彼は思った。いつもなら自分や、他の客の部屋で時間が来るまで待っているのだろうが……


「タイミングが悪かったのさ。なあに一回だけの代役だ。目をつぶれ」

「冗談じゃない!」


 キャサリンは短い金髪を揺する。


「それとも、あんたが出るか? 妹の代わりに」

「それでいいというのか? それでいいなら、私は構わん。さっさとそうすればいい」

「いや、あんた一人じゃ、足りないね」


 彼女の、形の良い眉が露骨に歪んだ。お姉さん、と泣き声が彼の耳にも飛び込んでくる。


「見てみるがいい。ここに居る客は皆こういう趣味の連中だ。あんたのような大人の女が一人、そうされてるくらいじゃ退屈するだろうさ。そうだな、あんたのもう一人の妹」

「……!」


 ペリドットの瞳が、強い光を放ったか、と彼は思った。ぎ、と歯を噛みしめる音が聞こえる。握りしめた拳は、指先がひどく白い。


「お姉さま、あたしなら構わないわよ。それでいいでしょ? エルディを返してちょうだい!」


 いつの間に? Gははっとしてクローバアの声に振り返った。気配は無かった。アメジストの瞳もまた、ひどく興奮してぎらぎらとしている。ああ綺麗だな、とこんな時にも関わらず、彼はそう思った。


 悪趣味な、客か。


 彼はちら、と客席の方を見る。ここから見る分には、果たしてどんな客がそこに居るかは判らない。ただ、決して人数は多くない。

 ふと視線を飛ばすと、連絡員が自分を追ってくるのに気付く。彼は目を軽く伏せた。


 俺は。


 そして内心つぶやく。


 善人ではない筈だ。


 彼は手を伸ばす。そしてぷつ、と衣装のスナップを外しだすクローバアの手を止めた。彼女はアメジストの瞳で、何をするの、と言いたげに彼をにらみつけた。


「……悪趣味な客なんだ、と言いましたよね」


 彼は従業員達を見渡す。そうだな、と答えが返ってくる。


「じゃあ、僕なんて、どうです?」

「サンド君!」

「ちょっと!」


 キャサリンとクローバアの声が同時に上がった。そしてエルディの涙に濡れた顔も。


「一度でいいんでしょう?」

「ふん」


 軽く従業員は答えようとしたが、明らかにその声は動揺していた。Gは自分の見え方をよく知っていた。知っていたから、ここぞとばかりに、視線に気合いを入れた。


「……悪くはないな」

「でしょう?」

「だが、他の奴がどういうかな。何せあんたは大人の男だ。綺麗は綺麗だがな。そこのガキをどうこうというようにはいかんだろう?」

「じゃあ」


 迷ってはいる。だが、それはかなり前向きな迷いに彼には見えた。それでは。彼は手を伸ばす。

 そして長い髪の盟友の腕を引っ張った。キムはやや戸惑った顔になっていたが、それが作りであることは、彼にはすぐに判った。

 悪趣味な客の中には、色々居る筈だ。


「相手をつけましょうか」

「あんたの愛人かい?」


 彼は婉然と笑うと、友人を手招きする。何だよ、という顔を作って、キムは彼の頭を引き寄せると、強く口づけた。あ、という声を立て、少女の頬が染まったのを、彼は見逃さなかった。

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