14.連絡員来たる。

「……何でお前がここに居るんだよ」


 その次の週の、水曜日の夜。

 休憩時間になった時、彼はにっこりと客席から手を振っていた連絡員に向かって眉を寄せた。


「何でって。仕事なのよ仕事」


 キムはテーブルの上のカルーアミルクを前に、手をひらひらと振った。


「仕事ってお前なー……」

「だって仕方ないじゃない。俺の用事のある奴の足取りを追ってたら、ここにたどり着いてしまったんだからさー」


 まあ座ってサンド君、と連絡員は彼の腕をぐっと引っ張る。彼はしぶしぶ、斜め前の丸椅子に腰を下ろした。

 彼が降りた後のステージでは、あの小楽団が奇妙な、何処か南国めいた曲をかき鳴らしている。足を組んだオリイは、この間のように、不安定な音色を辺りに響かせていた。


「何か変わった音だねえ」

「まあね。何かここに居る連中は一癖も二癖もある奴ばかりだ」

「そーんな話、そんないい声でしていいの? サンド君や」


 殊更に、キムはGの偽名を口にする。いいんだよ、と彼はやや投げやりに言葉を返した。おーや、とそれを聞いて連絡員は肩をすくめる。


「お前らしくないじゃない」

「どういうのが俺らしいって言うんだよ」

「わりといつも真面目に、こーんなに眉間に皺を寄せてさ」


 くっ、と彼は笑い声を立てる。自分の真似をするこの盟友の顔が、ひどく可笑しかった。


「だってねえ…… 仕方ないじゃない」

「……ま、実際、仕方ないよな」

「そう。それで、そのお前の追ってる奴ってのは?」


 そう彼が訊ねると、キムはカルーアミルクを一口含んだ。

 先日のホットチョコレート同様、実に甘そうなそのカクテルに、彼はやや苦笑する。だが連絡員は、そんな彼の視線には気付いたのか気付かないのか、平然と半分を空にし、次の答えを返した。


「結構な大物。糸をたどったら、とんでもないのが引っかかったんで、俺としちゃ、ちょっと興奮気味ってとこかなー」

「へえ。お前でもそういうことあるんだ」

「そのくらい、だからね。……そうだな、俺達くらい」

「俺達くらい?」


 キムが彼らの組織MMの仇敵とも言える組織「Seraph」を追っていることは、彼もよく知っていた。その中で、自分達と同じくらい、ということは。


「……それは確かに」


 連絡員もやや真面目な顔になってうなづく。こう見えても、自分も連絡員も、盟主の直属である最高幹部の地位にあるのだ。その地位に相当する、その組織の人物がここに居るというのか。


「ま、その人物の顔も姿も今のところ、俺には判らないんだけどね。ただ……」


 キムはそう言うと、言葉を濁した。何、とGはその次をうながす。ちら、と連絡員は、視線を微かに動かした。


「どうした。会話が弾んでるようじゃないか」

「美人に目がくらんだんですよ」


 くすくす、とキムは頬杖をつきながら、テーブルに手をついたキャサリンを見上げる。


「また嬉しい言葉を言ってくれるものだね。お代わりは?」

「まだ大丈夫ですよ。それより、友達との再会に水をささないで欲しいな」


 歌うようにキムはキャサリンに向かって言う。その手はGの肩にかかっている。言葉と表情はにこやかだが、その裏では、邪魔だからどいていてね、というのが彼には露骨に感じられた。

 ふうん、という顔をして、腰に両手を当てるとキャサリンはくるりと二人に背を向けた。ふう、と彼は呆れたように深呼吸をした。


「綺麗なおねーさんだけど、お知り合い?」

「一応」

「ふうん。あれ機械仕掛けだよ」 


 何げなく、さりげなくキムは言った。だがそれはGを驚かすには充分すぎる言葉だった。彼は思わず、同僚の顔を見据える。キムは表情を変えることもなく、再びカクテルに口をつけた。


「俺そういうのは間違わないもん。自分の同類は絶対見間違わない、そりゃま、レプリカじゃあないけどさ、お前こないだ会ったろ? 『仮面(マスケラ)』の」

「……ああ、あれ」


 彼はうなづく。あの小回りの効く組織の党首から聞いた、「意志を持つメカニカル」の存在。


「全く。幾ら人間サマが壊そう壊そうったって、出てくるものは出てくるんだよ。どんな経緯をたどろうと、生きようとする以上さあ」

「じゃ彼女は」

「たぶん、その類だろうね」


 彼は眉を軽く寄せた。とすれば、あのクローバアとエルディと姉妹というのは嘘ということになる。いや無論、血のつながっていない「お姉さま」なら構わないのかもしれない。クローバアは知っていて、「お姉さま」にしているのかもしれない。それともクローバアもまた、メカニカルというのだろうか。


「キム」

「何?」

「あれは?」


 舞台の脇から客席側に引き上げてきた、踊り子とも歌姫とも知れない衣装のクローバアを彼は視線で示す。


「お知り合い?」

「さっきの彼女の妹」


 ああ、と彼の聞きたいことが判ったのか、キムは焦点を合わせる。しばらくじっとその目を凝らしていたが、やがてうなづくと、彼の方を向いた。


「あれは違う。ただの人間だよ」

「本当に?」

「俺は間違えないって言ったでしょ。あれはただの人間だよ」


 なるほど、と彼は同僚の言葉にそう答えた。


「確かに、一枚はがせば、何が何だか判らないところということか」

「そんなことは初めっから判ってるでしょ?」

「判ってるさ。それより、さっきの話の続き」


 ああ、とキムはうなづく。彼は話を逸らしたかった。信じたがってる自分が居る。あの、旧友と何処か同じ部分を持った男を、敵ではない、と信じたがっている自分が居るのだ。

 この同僚に気付かれたくはなかった。何故だか判らない。だがそれが本音だった。


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