天邪鬼のための四月朔日

大学三回生の一年が終わり、私はまだなにも為せていない。

日付が変わると同時に、タイムラインにはめいめいの虚偽が流れ始める。一捻りや二捻り加えられた虚偽の言明たちは、多量の評価を受けて繰り返し伝達される。

スマートフォンの画面は虚偽の海に、私はようやく自分の心に向き合う。

年に一度、新年度の最初のこの十二時間が、私にとっては唯一の真なる時間である。

私は、日常的に、息をするように、遺棄をするように嘘を吐く。

守れない約束、成就しない目標、完遂しない計画、従えない欲望、理性で反発する感情を、私は尊大な自尊心のために、自分可愛さに、自己の世界に対する矛盾の解消のために虚偽を重ねる。

嘘とはなんだろうか、それは偽の言明である。

真の言明や、真偽を問えない言明は嘘ではない。

四月一日、世界は嘘をつく。

それは自己に矛盾した言明を吐き出すということだ。

そうして、人々は嘘を吐く。

一年間の我慢を、道徳法則に妥当していた意志の確立を、解放するのだ。

だから、この午前中は、世界が嘘に塗れるこの時間だけは、世界で唯一私だけが、素直で、真で、本当の時。

私が虚偽に矛盾する言明を吐ける唯一の時間。

私が天邪鬼な私に嘘をつける、ほんの僅かな十二時間。

これを逃せば、私はまた、偽りの八千七百四十八時間へ囚われてしまう。

そうなってしまう前に、

その前に、私は思いを告げなければならない。

告白せねばならないのだ。

残りの時間に吐いた言葉は、天邪鬼な僕の力で、全てが虚偽になっていく。

優しさも、思いやりも、暴言も、夢も、愛も、恋も、友情も、全てが何か別のものに還元されちゃったりして、虚偽のものとして貶められる。


永遠に続くなんてあり得ないのに。

そんな彼女のセリフに僕は口先で同意する。

それは虚偽だ。そして真実でもあった。

だが、それが虚偽でないなら、全てが虚しくなって行く。

何もかも信用することは叶わなくなる。

本物が欲しい。偽物はいらない。

が、すべては還元されて偽物になる。底は無い。無限に落ちる。

私は意味の還元の繰り返しを、無限に落下して、無の方へと加速する。

やはり、本物はないのだろうか。彼女は正しいのだろうか。

きっとそうだろう、だってその言明がなされた日は今日ではないから。

そして、僕はそれでも今だけは素直に言うほかない。

永遠でないなら、虚しい。

そうでないなら、最初から間違いでよかった。

そして、想いが勘違いで間違いなら、間違わないでほしかった。

それが嘘なら、あなたの言葉も、誰の言葉も、全てが虚しくなる。

私が私に認めた真も、偽になってしまう。

そして、私の全てはやはり偽なのだ。

だから、この時だけは真になれる。

この言葉が偽になってしまう前に、告げる。


この時が終わるまでに、告げないと。

私は部屋の明かりを消して、まぶたを閉じる。

自分の想いの丈と、もう一度向き合って、気持ちに嘘をつく自分に嘘をつく。これは真のはずだ。真のはずだ。真のはずだ……


鈍いサイレンの音が、こだましている。

私は閉じた目蓋を持ち上げて、南の空の太陽がその隙間に光を差す。

今年度はじめてのサイレンがもう一度鳴って、私は再び目蓋を閉じた。

アァァァーンと鳴るサイレンに乗って、すぐそこからやってきた虚偽が、再び僕を包み始める。

私はもう、彼女のことが好きではない。


夢を見た。僅かな真の時間の中の、長い永い微睡の中で、私は彼女に想いを告げる。そうして……

夢は優しい嘘をつく。きっともう十二時を過ぎてしまったのだろう。

永遠にこの眠りから覚めなければ、優しい嘘は嘘でなくなるかもしれない。

夢が覚めなければ、

春が来なければ、

時が止まれば、

十二時を過ぎなければ、

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