いずれプロレタリアートになる先輩へ、FBIの後輩より(夢の記録)
久々の体育館は、かつてよりずっと灰色であった。私の灰色の春よりもずっと。ほんのり青みを帯びた灰色だ。
生徒たちは、明後日になれば、ここに整列し、書記長、議長らといった党の代表たちを称えて国家を謳う。彼らの若く健康な身体は、余すことなく国家のために、すべての人民のために活用されるのだ。
私は舞台から最も離れたギャラリーの上に立って、かつて学友たちと昼休みにバスケットボールをした空間を俯瞰する。何の感慨も湧き上がってはこなかった。
私は舞台横の狭い階段を降りて、ギャラリーと体育館を後にした。
式典の警備についての確認はもう十分に済んでいたが、私は学生時代に何か忘れ物があったような気がして、同僚から離れてここに来ていたのであった。
世界の寒冷化に伴い、日本列島の大部分が、終わりのない冬の中に閉ざされてもう5年ほど経つ。先の戦争の和平条約で、先日、Japanは、我らが合衆国からソビエト連邦へと割譲された。
今年度までの卒業生は、卒業後、本土へ移住するか、あるいは、この土地にとどまってソビエト連邦に参入するかを選択できる。卒業生の半数は本土へ移住を希望しており、本国はそういった学生のために、移住先の市長を卒業式へ送り込むことにしたのである。
私はFBIのJapanの関西支部に勤めるしがない捜査官であり、その来賓の警備のために、いまや仮想敵国の国土となった母校に、その土地勘をかわれて送り込まれたのであった。
私はすでに、本国のカリフォルニアの支局に移動することが決まっており、それは実際悪くない異動であった。私はおそらく見納めになるであろう母校の景色を目に焼き付けようと、部活に励んだ校庭の方へ、長い石の階段を下って行った。
校庭には、多少の思い出があった。体育で使ったハンドボールコートや、部活で使ったサッカーゴール。倉庫、ボールを蹴り込んだ石垣のような壁、飛び込みの練習をしたマットなどなど。私は昔を思い出そうとして、それはやはりあまり上手くいかなかった。あの暑い日々を思い出すには、ここは少々寒すぎたのだ。
私は校庭に最後の一礼をして、踵を返した。
先輩がいた。
階段の上に、ずいぶん大人びた先輩が立っていた。
懐かしい、想い出は像を結ばずに、わずかな苦味と酸味を私の腹の中に残して、しゅんわりと凍っていった。
きっと、先輩は本国へ行くことはない。私はそう知りながら、小さく礼をして階段の最初の一段に足をかけた。
冷たい風の吹く母校には、もう何も思い残すものはなくなったようである。
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