鋳薔薇の姫

 あれから2年と8ヶ月。


 かつてはやる気だったわたくしも、霧ヶ矢佳奈子の部分が色濃く出始め、今では前世のようにため息をつく事も増えてきた。

 それもこれも原因は……。


 大陸歴1553年。夏の1月。

 ライブラン魔術騎士学院。中庭横通路。

 現在、十四歳。

 

 未だ少女の面影を残しつつも大人びた私は、これまで累計81回にわたる暗殺未遂の被害を受けていた。


 勿論後継者の中でもその数、ダントツである。


 その理由は明白で悪目立ちしてしまうからだ。これは、異世界転生者あるが故の宿命なのかもしれない。いくら気を付けようとも、やることなすことが人の注目を集めてしまう。


 所謂いわゆる、“また、何かしちゃいました?”的なアレである。


 それを人気取りと邪推するやからがいるおかげで私は暗殺被害に日常的にあっているのだ。


 「……」


 ふと、これまでの被害が脳裏をよぎる。


 闇討ちされたり、猛毒を盛られたり、ひどい時には母様に変装し、寸分違わぬ姿と仕草で近いてきては、心臓を刃物で一突きされかけたこともあった。その時はあまりに見事な変装だったので、貴方はルパンですか!と場違いなことを言ってから、自慢の魔術をお見舞いしてやった。

 当の暗殺者は私の言葉の意味を理解できず、ほうけ顔になって宙に舞っていった。


 「はぁ……」


 このままでは、いけません――。

 思い出しては、また、ため息がこぼれる。


 「ヴァルロゼッタお姉さま、どうかなされまして?」


 そう心配そうに顔を覗き込んで来るのは、後ろを付いて歩いていた、腹違いの妹で第七皇女のオルゼリア・ベル・クインスィスだ。


 「……いえ、何でもありません」


 そもそも、貴方たちが原因なのですが――。

 と、はっきり言いたかったが前世でつちかった、事なかれ精神が邪魔をして言葉を濁した。何を隠そう、私の命を最初に狙ってきたのは、第四王妃とその娘であるオルゼリアなのだ。


 このオルゼリア。最初こそ第四王妃に言いくるめられて、私の事を目の敵にしてきたが、何度目かの暗殺事件の時に巻き込んでしまい、やむを得ずかばって助けたことがあった。

 それがきっかけとなり、今では何かとつけては、“ヴァルロゼッタお姉さま”と、懐かれるようになってしまっていた。

 幸いそれ以降、第四王妃から刺客を送り込まれることは無くなったが、これはこれで悩みの種だ。


 「そうですか……」


 オルゼリアは頼ってもらえないことが分かると少し寂しそうな顔をした。

 それを見て少し心が痛む。

 オルゼリアの対に束ねられている髪がシュンとしなだれた気がした。まるで子犬を見ているような気持ちになる。


 「そ、そうですオルゼリア。私、最近お菓子作りに夢中になっていまして今日の放課後味見をして欲しいのですけど」


 私は思い出したかの様に、わざとらしく手を叩く。


 「本当ですか!私、昼食は抜いてお姉さまのご期待に添えるようにがんばりますわ!!」


 この様に純粋な性格だからこそ、第四王妃にずっと騙されていたのだろう、というのが簡単に想像できた。


 このままではいけませんよオルゼリア。貴方は疑うことを知りなさい――。


 「――いえ、お昼はお食べ下さい。途中で、空腹で倒れられても困るので……」

 「なんと勿体ない気遣い!私、今日の感動を日誌に書き記しますわ!!」

 「は、はあ――」


 また空気を読んでしまいました――。

 どうやら人の顔色を気にしてしまう性格は、一度死んだぐらいでは治らないのだとしみじみ感じてしまう。


  中庭横の通路を移動していくと、眼の前の生徒達は端へと寄って自然と道が拓けた。学園長の意向で学院内では生徒・教師同士、家柄によって区別することは校則で禁止されているのだが、私はこの容姿と学院内で残した数々の伝説のせいで、なかなか近寄りがたい高嶺の花となってしまっていた。


 それにここ3年程、自ら学院では、オルゼリアやごく一部の友人以外との接触は極力避けていた。

 もし、親密になろうものなら暗殺の被害に巻き込んでしまうかもしれないからだ。

 そういった経緯もあって、生徒達からは“鋳薔薇いばらの姫”などと呼ばれて一目置かれてしまっているのだ。


 そんな羨望せんぼうの眼差しを向ける生徒の中から、一人の生徒が躍り出た。



 

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