皇女の食卓

 時折、悪夢を見た。全体的に霧のようなものでぼかされた。見たことないような建物、知らない文化を持つ世界にいる夢だ。


 目が覚めてみると、悪夢を見たという記憶しか残っておらず。何かを忘れたくないのに忘れてしまっている事に、無性に虚しくなって、わたくしはいつも泣いていた。


 そんな時、母様は何も言わずに優しく私を抱きしめてくれた。


 ここは魔術世界マギ・ステラ。

 大気の成分にマナという毒性物質が含まれていているこの世界では、すべての動植物が生きていくために、マナを吸収し魔力へと変換する魔力炉と呼ばれる器官を有している。


 また、この世界のは魔力を魔術へと転用する才能を持っていた。


 その魔術の才能は“魔導紋”と呼ばれ、一角・天翼・海神・月桂・星竜の順に五段階の位に分けられていて、中でも海神・月桂・星竜の魔導紋は、下の二つに比べると所有者の数が格段に少なく珍しい。


 また、魔術を学ぼうとする者は、都市部にある学校へ通い、魔術師の称号を得るべく勉学に励むのだが、エルダーランド王国では、貴族の出や、海神以上の魔導紋を持つ者は、国営の魔導騎士学校に通うことを許されている。

 そして卒業後、数ある魔術師を指す称号の中でも特別な称号を与えられ騎士団に迎え入れられた。


 それが魔導騎士である。


 大陸歴1550年。秋の二月。

 大陸メガリアの北東に位置するエルダーランド王国。


 その王位継承権第三位に当たるのが、私、皇女ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオだ。歳は十一歳になる。

 民には、慈悲深く、聡明そうめいで美しい。皇女になるべくして生まれたような存在などと持てはやされている。しかしそれはただ、憧れの存在である第一皇女のレインチェルト姉様を模範もはんにしているだけで、人前に立つのが苦手で臆病な私は、表には出ず、将来は姉様を補佐できるような存在になりたいとさえ思っている。

 今は、王都のライブラン魔術騎士学院へと通い、魔術の才能と学問の研鑽けんさんに日々努めていた。



 ※※※



 いつのもように国王である父様を除いた、その他の家族が一堂に会する夕食の席での事だった。

 王国の紋章を掲げた壁に近い席から、第一王妃~第五王妃が向かい合い、それぞれの王妃の隣にその子供たちが座るという席順となっている。

 

 毎日のように、国一番の優秀な料理人の振舞う料理の数々が並んだ。


 これは、庶民からすれば一年に一度の御馳走のような品々だと、母様に教わった。

 それ程に私たちは、尊いもので、だからこそ課せられた義務に応える気高さと、責任感が必要なのだ、と、言うのがその後にいつも続く母様の口癖だった。


 そして、この場では常に気を配らなければならないことが一つあった。


 一見皆、優雅に振舞っているように見えるが、その水面下では王位継承者の蹴落としあいが行われていて、夕食の席でもそれは例外ではなかった。

 

 子供ながらに私もその事を知っていた。


 好物の温かい野菜のスープを一さじ口へと運んだ時の事だった。


 「……!?」


 舌が微かに痺れる感じがしたと思えば、急激に喉が針に刺されたように痛みだす。ついには、意識が朦朧もうろうとなりガクッと体が前のめりなる。

 私の身体は糸が切れたかのように、まだ、中身が残っている食器達を押し退けて、テーブルに倒れた。


 「どうしました!?ヴァルロゼッタ!!まあ、大変、誰か医者を!!!」


 母様がすぐさま異変に気付き医者を呼んだ。


 食事に毒を盛られたのだと、幼いながらも一瞬でその答えに辿り着いた。

 身体の底から焼けるように熱くなっていく。

 このままでは――。と、残った力を振り絞り、飲んだスープを吐き出そうとした。


 『そんな!吐き出すなんて勿体ない!!こんな高そうなスープ。いったい私の夕食何日分よ!!?』


 え!?誰なのですか――?

 こんな状況なのに不意に誰かが見当違いなことを話しかけてきた。


 「うう……」


 もう、駄目――。

 間もなく私の意識は遠のいていく。

 最後に向かいの席に座る第四王妃とその娘の第七皇女が小さく笑むのが目に映った。


 ああ、そんな――。

 そこで私は力尽きた。

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