これが私の異世界転生

 街はもう静寂に包まれてからしばらく経っていた。

 昼は賑わっていた商店街もコンビニ以外は明かりを消している。外界の音など時折聞こえる野良猫の鳴き声とパトカーのサイレンくらいだ。


 まごうことなきベットタウン。


 わたし霧ヶ矢佳奈子きりがやかなこは、終電を逃しタクシーで自宅のアパートへと帰ってきていた。

 泥のように沈もうとする身体を揺らしながらアパートの階段を登り、玄関で靴を脱ぐと一日の疲れが一気に足へとまとわりついてくる。


 今日も一日お疲れさま。自分で自分を労った。

 そして糸が切れたかのように玄関の床に倒れ込む。


 あぁ、いけない――、眠るのはスーツを脱いでお風呂に入って洗濯をしてからでなきゃ。夕飯は……、また朝食と一緒でいっか……。

 と、何とか頭を働かせて襲い来る睡魔に抗ってみる。


 今はまだ寝ては駄目よ。寝たら朝に洗濯をしないといけない。あ、でもこんな夜中に洗濯すると隣の部屋から苦情が来るかも、どうしよう――。


 それもこれも自分がなんでも仕事を安請け合いしてしまいこんな時間まで働いているからだ。毎日これの繰り返し、いつから自分はこのループにとらわれてしまったのだろうか。自己嫌悪におちいった。


 そんな抵抗も虚しく、間もなくして私の意識は深い眠りの底に落ちた。



 ※※※



 「お…い……」


 眩しい、まだ寝ていたい――。

 が急に私の意識の再起動を促した。


 「お~い、……き……」


 五月蠅いなぁ――。

 が覚醒せよと騒ぎ立てる。


 しかし、どれも


 「お~い、おぬし意識はあるか?おかしいのお、うんともすんとも言わんわ」

 「え?」


 聞き覚えの無い老人の声に脳が揺さぶられる。

 重たい瞼を開くと薄っすらと人影が見えた。


 「おお良かった、良かった。問題は無かったようじゃのう」


 はっきりと姿をとらえると、目の前には白を基調とした高そうな椅子に座った古代ギリシャ人みたいな格好をした老人と、全くこの世界観に会わない、黒のスーツを着た性格のキツそうな眼鏡を掛けたブロンド髪の美女が立っている。

 そして私は、自分がその老人と対面する形で椅子に座っていることに気付く。

 こちらのは少し安そうだった。


 明らかに眠り込んだ時の状況とは違っていた。それに、ここは住んでいるアパートの間取りとも完全にかけ離れている。

 

 辺りを見渡せば、まるで歴史の授業で見たザ・古代ギリシャの神殿の中といった感じで、目に入ってくるのはどれもが自分の給料では買えなそうな家具ばかり。

 例えるなら、そう、ここは自分のイメージする天国そのものだった。


 「なんだ夢か~」

 「夢では無いぞ。現実じゃ」

 「え?」

 「そんで、ここは――、あの世というやつじゃな」


 いやいやどう考えてもこれは夢だろう――。

 喉の先まで言葉が出るが、面倒なのでこの夢に話を合わせることにした。


 「じゃあ待って!あの世って事は、私死んじゃったてこと!!?」

 「おお、ようやく状況が呑み込めてきたのお」


 結構重大な内容とは対象的に、老人の口調は、なんとものんびりとしていた。


 「じゃあ、死因は何?食中毒?寝不足?まさか過労死?私、働きすぎて死んじゃったんですか!?」


 悲しいかな、自分が急死しそうな死因の心当たりにはありまくりだった。


 「ん、んん……、“まぁそれならそれでも良いか”」


 老人は少し考えこむと、小声で何か呟いた。すかさず横の女性がキッと睨んだ。


 「いけませんよ、

 「じょ、冗談、今のは冗談じゃってマリエル君。そうゴッドジョーク」


 老人は威圧に耐えられず、誤魔化した。


 「神様って、おじいさん。おじいさんもしかしてあの神様なんですか!?」

 「おお、あのがどれことかはしらんが……、そうわしこそ神じゃ。最高神ジーク・ロゴス。それがわしじゃ」


 全てが繋がった。

 これはまさに自分のイメージどおりのあの展開だった。

 最近忙しくて消化しきれていないアニメやラノベで最早使い古されたゴリッゴリのお決まりパターン。

 まさか夢に出てくるとは。


 兎にも角にもこの後の展開は決まっていた。


 「すまんのう、おぬしは世界の為に死んでもらったのじゃ」

 「キターッ……、ん?」


 いきなり話のスケールが広がり、困惑する。

 夢のくせに生意気な。


 「混乱するのはわかるが聞いてもらいたい。おぬしの元いた世界では今、に比べ、魂が増えすぎて飽和状態に陥っていての、そういった世界はそのままだと良くないんじゃ、だから無作為に選んだ魂を、別の魂の少ない他の平行世界に転生させてバランスを取っているんじゃよ」


 出ました、転生――!


 ん?他の平行世界――?


 ――とにかく、これはつまり異世界転生の導入。ここは、夢の中なのだ。この際、些細なディティールには目をつぶろう。


 「……つまりそれに今回私が選ばれたんですね」

 「その通りじゃが、なんかおぬし反応少し薄くない?なんで勝手に殺したんだとか、転生ハーレム展開突入よっしゃーとか、皆、一喜一憂するもんなんじゃが」

 「は、はぁ……」


 夢の主人にダメ出しとは図々しい夢もあるものだ。

 それに夢相手に、転生だ、よっしゃー!など恥ずかしくてできるわけが無い。目が覚めた後、思い出して恥ずかしくなるだろうが――、心の中でツッコんだ。


 「それで、ここからが本題じゃ。世界のためとはいえ、勝手に殺してしまってわしらも悪いと思っていての、何かおわびをしたいんじゃ、いわゆる転生得点というやつじゃの。佳奈子君、何か希望はあるかの、転生に持って行きたい物、チートスキル、転生後の見た目など、なんでも言ってみてくれんか」


 「はあ、特には……」

 「冷めとるのう、どんな我儘わがままでもよいぞ。ほら遠慮せず申してみい」


 サブカルオタクの自分が、もし異世界転生したらなんて妄想をしないわけが無い。

 私は異世界転生するのだったら、田舎でのんびりチートスローライフや悪役貴族になって逆ハーレム、現代チート無双をしていみたいと兼ねてから妄想を膨らませていた。


 けれど、夢相手に自分の欲望をさらけ出すなんて虚しすぎる――。そんな風に考えてしまう程、私の心は日々の暮らしで擦れてしまっていたのだ。


 これは、あくまでも夢の中。

 余りにも多忙で、好きなことも我慢する。自分を押し込めるだけの平凡な日常生活から逃げ出したいと、心の奥で叫んでいた私自身が見せている、現実逃避の一種。


 ただ――。


 ……。


 ……。……。


 急に今までの人生の映像が脳裏をよぎる。


 終電を逃してしまうほど夜遅くまで薄暗いオフィス働いている自分。頼まれると断り切れず、溜まっていく仕事。ずっと堪えていた嫌な事、辛かった事だ。


 まぁ……、自分の夢の中だし、少しくらいは弱音を吐いても良いよね――。


 ああ……、心の奥深く、き止めていた感情が決壊する。


 「ただ……、今までみたいになんでも人に気を遣ってばっかりで、他の人に都合の良い様に、自分を犠牲にして生きていくのはもう疲れました」

 「ほお、なるほど」


 そう自分は頑張っている。誰に誉められる訳でもなく、報われない事ばかりだ。

 

 もし、世界がもう少し優しくしてくれれば、私も変われる筈なんだ。ただ、そのまま口にするのも負けた気がするので少し言葉を変える。


 「来世では……、もっと……、もっと私は自信に満ちたになりたい!」


 気が付くと、私は泣きながら笑顔でそう答えていた。

 心はとうの昔に限界を超えていたことに、いまさらになって気付かされた。


 それを聞いて神様は少し考えこむ。


 「……うむ心の問題じゃのお。ん。じゃが、良し心得た、おぬしの希望に沿うように善処しよう」

 「神様、こちらなどは如何でしょうか」


 マリエルさんはノートくらいの大きさをしたの機械端末のようなものを見せていた。


 「おお!さすがマリエル君。これならぴったりじゃ。佳奈子君、おぬしの転生先が今決まったぞ。『魔術世界マギステラ』。そこでおぬしの新しい人生が始まるのじゃ。となればこうしてはいられんぞ。タイミング的にもう時間が無いからの。ほかの詳しい説明もしたいのじゃが、後はノリで宜しく頼む」

 「え、ちょっ……、後はノリって……」

 「安心せい、飛び切り美人のナイスバディにしてやるでの、なーんちって、ぐふふふ」

 「いや……、そうじゃなくて、他の詳しい説明を……!」


 私の周りを優しく光が包み込む。


 「え!?何この光!!?」

 「すまんの、おぬしが出来たら、後の事は期を見て遣いを送るようにするでの。――そんじゃ、達者での!グッドアフターライフ!!」

 「あ、待って……、上手くってどういう……」


 意識はここで途絶えた。

 

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