第26話 アピールポイント?

「うげっ! マジかよ」


 ミスコンが行われる特設会場に着いた松崎の口から、ステージを取り囲む異様な光景に思わず言葉が漏れる。


 K大際は歴史が古く、毎年外部からの人間も多数参加している有名な学際である。

 圧倒的な自由の中でエネルギッシュに学際を盛り上げる学生達と、そんな非日常の空気を楽しもうと訪れる客達が敷地内にいるのだが、K大の敷地は一般的な大学よりもかなり大きく、これだけの人間が居てもあまり混雑感を感じる事はない。

 だが、それは皆それぞれ色んな場所で楽しんでいるからだ。

 そんな連中が一か所に集まろうとすれば……。


「おい、間宮。K大のミスコンっていつもこんななのか?」


 特設会場がある場所は比較的開けている場所が必要と言う事で、野球やサッカーを楽しむ多目的グラウンドを使用している。

 だというのに、すでにグラウンドから観客達が溢れそうになっている現状に松崎が顔を引きつかせてそう問う。


「い、いや……。俺がここの学生の時は精々これの半分くらいだったはずなんだけど……」


 人気のイベントといってもあくまで大学の出し物の1つだ。

 プロが開催しているコンテストではないのだから、良介が言う規模が普通である。

 だというのに、今年に限ってはその倍の人間がこの場所に集まっている事への驚きと共に、僅かに嫌な予感が良介の中を過る。


(……もしかして、志乃が参加したから、とか? いや、考えすぎか)


 志乃がミスコンに参加する事で話題になるのは予想していた良介であったが、あくまで学内の告知なのだから外部の人間が知る由もない。例え学内の人間が外へ漏らしたとしても志乃がどんな女性なのかなんて知る由もないのだから、この異様な程の大盛況には繋がらないはずだと良介は思い直す。


 だが――良介の予想は見事に的中している事を知らされる。


「原因は、これだよ」


 異様な盛り上がりを見せる光景に絶句する良介と松崎の元に近付いた加藤がそう告げて、手に持っていたスマホの画面を2人に見せた。


「これって!」

「おいおい、なんだよこれ!」


 加藤が見せて来た画面には志乃の画像があり、【K大の女神ミスコンに降臨】と添えられているものだった。

 他にも沢山の女性の画像があり、どの画像にも数字が表示されておりコメント等も書き込まれている。


「このサイトってさ。どっかの大学の馬鹿なサークルが作ったやつで、ここら一体の人気JDランキングサイトなんだよ」

「女子大生の人気ランキングだって!?」


 改めて志乃の画像を覗き込んで首を傾げる。

 これが人気ランキングサイトだとして、志乃がこんなものに参加するとは思えなかったからだ。


「御想像の通り、これは本人の許可なく作られたランキングだよ」


「どう見ても盗撮でしょ?」と付け加えた加藤は、このサイト自体が広まり過ぎて無許可で掲載している事がバレ今はサークル事消し飛んでいると話す。今見せているのは一部をスクリーンショットした画像だったのだ。


 改めてランキングを見ると、志乃の画像にぶっちぎりの点数と多くのコメントが寄せられていて、この画像だけでどれだけ志乃に人気が集中しているのかが容易に分かった。

 これでこのギャラリーの数に納得いった良介は溜息交じりに「このサイトの事、志乃は知ってるのか?」と加藤に問うと、首を横に振った。


「教えられるわけないじゃん。そんな事したら絶対に怖がらせちゃうでしょ!?」

「だよ、な」


 志乃の耳に入っていない事を安堵した良介であったが、もう1つの懸念材料が表情を曇らせる。

 このサイトが何時から何時まで運営されていたのか知らないが、この画像でK大生の瑞樹志乃が俄かに騒がれている読者モデルの『Shino』と同一人物だと気付かれないかという懸念だ。

 バレてしまえば、志乃の大学生活が壊れてしまうかもしれない。最悪の場合危険な目にあってしまう可能性だってあるのだから、志乃の魅力を誰よりも知っている良介が懸念を抱くのは当然だろう。

 今日ほど、志乃と物理的に距離が離れている事を疎ましく思った事はない良介であったが、こればかりはどうしようもないと唇を噛む。


「まったく、余計な事をしてくれる」

「ホントそれ! そのサークルの連中がその後どうなったのかは知らないけど、見つけたらぶん殴ってやりたいよ!」


 分かりやすく苛立ちを隠さない加藤を宥めるように、ランキングサイトの下りに口を挟んでこなかった神山が頭を撫でながら、良介に顔を向けた。


「もし志乃の身に何かあれば、私が守るから安心して下さい」


 神山は良介にそう告げると得意気な笑みを見せた。


「おいおい、ここは男の出番だと思うんだけど?」


 言って、佐竹もニヤリと笑みを浮かべる。


「ま、俺は当然として考えてもらって構わんぜ」


 神山と佐竹に続いて松崎も志乃の身を守ると宣言する。

 その姿に頼もしさを感じるのと同時に、望んだ事とはいえ東京を離れてしまった事を申し訳なく思う良介に、加藤が大変不満だと言わんばかりの顔を向けた。


「私だってやれるよ!」

「いや、愛菜は大人しくしてなさい」

「なんで!?」


 自分も志乃を守れると豪語する加藤に、「あほか」と言わんばかりに呆れの声を漏らす松崎。

 よくよく考えてみると、自分の周りには妙に腕のたつ人間が集まっている事に今更に気付く。

 松崎は空手で鳴らした経験があり、神山は古武術道場の孫娘。アレだけ弱々しかった佐竹に至っては、今や彼女である神山に鍛えられて昔の面影など全くなくなっているのだから。


「はは、加藤は志乃が悩んでいる時に相談にのってやってくれ」

「そんなん何時もやってるし!」


 すこぶる元気が溢れ返っている加藤であるが、いざ志乃を守るというのに無理があるからと相談役を頼んだ良介にまるで新しい任務を欲するようなブーイングを返す。


 だが、良介は決して加藤に頼んだ事を軽視していない。

 新しい世界に飛び込んだ志乃はきっと様々な事で悩まされるだろうと予測するのは容易で、きっとそういう時心を許している友人が傍にいるというのは心強いはずなのだ。


「大変お待たせしましたー! これより第29回、K大際ミスコンテストを開催しまーーす!」


 プンスカと怒る加藤を苦笑い交じりに宥めていると、ステージの方からミスコンが始まるアナウンスが響き、良介達もステージに目を向ける。


「おおぉぉぉ!!!」


 開催のアナウンスと共に腹の底に響くような低い大歓声が会場を包んだ。

 K大生はともかく、サイトから情報を拾って駆けつけた連中にとってはようやく生の志乃が見れるという喜びが爆発しているのだろう。


 良介達は結局いい場所を確保出来ずに、仕方がないと一番後ろの何とか目を凝らせば参加者の顔が判別できる場所で、コンテストを見守る事にした。


「司会は私、高井たかい 知佳ちかが勤めさせて頂きます! 気軽にチカりんと呼んで下さいねー」

「おおぉぉー! チッカりーん!!」


 愛想を振りまき客を掴んだ事を確信した司会の高井が、まだ誰もいないステージ中央に手をかざした。


「それでは! 早速予選を通過した美女達に登場してもらいましょー!」


 予選というのは良介にも馴染みがない言葉だった。

 それもそのはずで、良介が現役の学生の時から予選などしなくても絞り込む必要ない程の人数しか、ミスコンに参加しなかったからだ。

 だが、今回は女性から嫌悪されていた水着審査が撤廃された事で、参加人数が全盛期に匹敵する程になったのだ。

 流石に全員をステージに挙げてしまうと時間枠に収まらないからと、今回は事前に参加者の画像とプロフィールを元に運営側が予選と称して10名に絞り込んだと説明される。


 何故か女子高生のコスプレをした司会の女性が高らかに参加者の登場を促すと、大歓声と共に選ばれた10名の女性が順にステージに姿を現した。

 参加者はステージに現れる度に小さく手を振ったりと観客であり審査員でもある客達にアピールを始めているのだが、最後に登場した志乃は全くアピールするどころか笑顔すら見せずに静かにステージに姿を見せた。

 だというのに、志乃が姿を表せた途端に盛大な大歓声があがり、澄ました顔をした志乃の肩がビクッと跳ねた。


「はは、こりゃスゲーな。つか、もう出来レースじゃね?」

「審査結果次第でどう変わるか分かんないだろ」


 志乃に対する客達の反応に苦笑しながら審査の不要性を解く松崎に、良介はこれからだと否定した。


 通例であれば1人1人自己アピールをする審査と水着審査を固定して、他の審査は毎年ランダムで変わるシステムになっているK大ミスコンだが、今年は水着審査が撤廃された事で自己アピールだけ固定で他の全てがランダムになっている。

 審査項目は参加者には前日に、観客達には当日知らされる事になっているのだ。

 これは事前にばっちり対策されてしまうと面白みに欠けるという配慮であるのだが、その事で参加者の難易度が高いコンテストとして有名だった。


「それではお1人ずつ自己紹介とアピールポイントをよろしく!」


 まずは自己紹介と第一審査のアピール合戦が始まった。


 エントリーナンバーの若い順からマイクが回されていき、それぞれ思い思いのアピールポイントを披露していく。

 中にはダンスが得意だとステップを踏む者もいたが、ついさっき加藤の華麗なダンスを見せつけられた良介達には大した物に移らなかったのは言うまでもない。

 そして、いよいよ最後のトリである志乃にマイクが巡ってきた。


「経済学部一回生の瑞樹志乃です。宜しくお願いします」


 シンプルに本当にシンプルに自己紹介を終えた志乃に高井が「それだけ?」と確認をとったのだが、「そうですけど?」と首を傾げるだけだった。


「そ、それでは自己アピールをよろしくぅ!」


 気を取り直した高井がそう促すと、志乃は『うーん』という声が聞こえてきそうな顔を見せた。


「アピールって特技的なものですか?」

「まぁ、そういうのも含んでるね」

「料理は好きですけど、この後の審査項目になってるし……」

「ち、ちょっと瑞樹さん? サラッと審査内容バラすのやめて?」


 志乃は決してそんな気などなかったのだろうが、高井の受け答えがコント染みていてドッと会場から笑いが起こった。


「あ、ごめんなさい――えっと、あとはお掃除ですか」

「掃除!? K大の女神様の特技が掃除!?」


 ここで更に大きな笑いが起こる。


「あの司会の子、手慣れてるなぁ」

「ククッ確かに」


 天然モードの志乃を活用して場を盛り上げていく高井に、良介と松崎は感心したような笑みを零す。


「それも駄目ですか? じゃあ、あっ、この髪ですかね」

「髪? 確かに綺麗に染まってるよね、そのダークブラウンの髪」

「あ、いえ、実はこれ地毛なんですよ。生まれつき色素が薄くてずっとこの色なんです。なので、中学の時とか風紀委員に染めてるってよく注意されました」


 今度は志乃自身が会場の笑いをさらって見せた。


「マジ!? じゃあ美容院代とかメッチャお得じゃん!」

「そうなんです。昔からカットしかした事ありませんよ」


 今度はコンビで笑いを起こす。

 もうずっとコンビでやっている2人にすら見えてしまうから、この2人は不思議だと良介は思った。


「さあ! そんな天然女神様をトリに、いよいよ本格的な審査を始めるぞーー!!」

「「「おおおぉぉぉーーー!!」」」


 こうして笑いに包まれたミスコンは本格的な審査に突入するのだった。

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