第27話 長所と短所

 ついにK大ミスコンが始まった。


 志乃の意外な程の天然ぶりと司会のトークが上手く絡み合い、ピリピリとした空気をいい意味で和らいだ空気の中でコンテストが進行していき、今年の審査内容が発表された。


 司会の高井が言うには様々な案が提案されたらしいのだが、水着審査を撤廃して新たに生まれ変わる意味を込めて、原点回帰する事になった。


 審査項目は三つ。


 ① 歌審査

 ② 料理審査

 ③ 勝負服審査


 この審査と自己アピール内容とミスコンで最も大切な美貌を審査される。

 審査方法は運営が事前にK大生全体に募集をかけて厳選な抽選の上に決定した持ち点の多い審査員5名と、会場にいる観客の投票によって争われると言う事らしい。


 審査内容の二つは原点回帰に乗っ取った内容だったが、新しい試みの審査も含まれていた。

 それが勝負服審査だ。

 やはり外見に特化した水着審査を撤廃した為、どうしてもその流れをくむ審査が必要だったのだろう。

 勝負服審査はその名の通り、恋人、または想っている男性に一番見せたい服装を披露するというもので、本選参加者達には事前に準備させているらしいのだが、正直なんでも着こなす志乃にそんな服なんてあるのだろうかと疑問に思った。


「それじゃー第一審査いってみようかー!」


 高井の音頭に再び会場が湧く。

 ホントに無駄に元気奴らだと苦笑せずにいられない。


 エントリーナンバーの若い順にステージで得意にしている曲にのせて歌声を披露していく。

 俺はあまりカラオケに行ったりしないのだが、皆本当に上手い。

 大阪で志乃の歌声を聞いた時もとても綺麗な歌声で驚いたものだ。

 そういえば最近知った事だが、志乃の妹である希が滅茶苦茶歌が上手いと聞いた事があったな。機会があれば聞いてみたいものだ。


 そして最終ナンバーの志乃がステージに上がると、ヒートアップした大歓声があがった。

 だが、志乃はそんな歓声に反応する事なくマイクを構えて声を通す。

 あの周囲の目を気にするあまり目立つ事をあれだけ嫌っていた志乃が、こんな大舞台でまったく怯むことなく歌声を披露するなんて、あの頃からすると考えられない事だろう。

 それだけ志乃は強くなったんだ。

 その姿を見て、俺は何だか誇らしい気持ちになった。


(あれ? この曲って……)


 志乃が選曲した曲は俺が昔から好んで聞いていたアーティストの洋楽だった。

 確かカラオケで歌った覚えはあるけど、このアーティストが好きだって話したっけ? 

 話した記憶はないけど、多分話したんだろう。じゃないと、わざわざ男性アーティストの曲をこんな場で歌う必要なんてないだろうからな。

 きっと、志乃のサービスなんだろうな。


 そして志乃が歌い終えると静かに歌声を聞き言っていた客達から大きな拍手が送られた。

 歌い始める前は無反応だった志乃も、歌い終えた安心感からか小さく会釈してステージの脇に消えた。


 第一次審査の結果は志乃は3位だった。

 因みに各審査事に順位つけは審査員の評価のみで決められる。

 全審査が終了した後、総括評価として優勝者を決める時にだけ会場に集まっている人間も審査出来る事になっている。


 志乃の歌も凄く耳に心地よい歌声だったけど、上には上がいた。

 そういえば1位と2位の女の子って自己アピールの時に歌だって言ってたっけな。


 そして第二審査がすぐに始まった。


 二次審査は料理だ。


 この審査は参加者全員がステージに上って一斉に料理を始める事になっている。

 まず大きなテーブルに集められた食材から何を作るか考えて、それぞれ決めた料理で勝負という流れだ。


(これは志乃の独壇場だろう)


 女子力という言葉がブラッシュアップされ始めて暫くの年月が経つ。

 この単語が生まれたのは、料理等が出来ない女性が増え、敢えてそのカテゴリーを作る事で、そんな女性達の奮起を促そうと生まれた言葉がじゃないかと、俺は密かに思っている。

 志乃は家庭環境が原因とはいえ、結果女子力の塊なのだからこの審査はボーナスステージと言っていいだろう。


 高井の開始の合図と共に参加者達は食材が乗っているテーブルを囲んで、各々それぞれの食材を手に調理場に立つ。


 普段から料理する者しない者は大型モニターに映し出されたそれぞれの手元を見れば、大体わかる。


「6割って感じかな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、別に」


 思わず口にでていたみたいだが、ざっと手際を見る限り普段から料理をしているのは6割だろう。

 残り4割は昨日通達されてから必死に練習したみたいだけど、料理と言うのは一朝一夕でどうにかなるものじゃない。

 それは料理をしている姿勢からも現れるもので、普段から料理をしていない者はおっかなびっくりといった感じで、無意識に食材と自身の顔との距離が近くなってしまう傾向があるのだ。

 その証拠に6割の参加者達は食材と適度は距離感を保ちつつ、まな板から心地よい音が聞こえてくる。

 その中でも志乃の手際の良さは頭一つ抜け出ていて、モニターに手元が映し出される度に観客達から大きな歓声があがっていた。


 そんな盛り上がりを見せる中、指定された時間以内にそれぞれの料理が完成して、審査員による実食審査が始まった。

 何度も言うが今年のミスコンは特に外見に自信がある女性達が多く参加して、急遽予選を行った程のコンテストになった。

 その中から選ばれた本選出場者達なのだから、皆普段から綺麗だとか可愛いと称賛される者達だ。

 そんな参加者達の手料理を審査の為とはいえ食べる事が出来る審査委員達に、会場の男共から激しい野次が飛んでしまうのは仕方がないだろう。

 かくいう俺も本音を言わせて貰えば、志乃の手料理を見知らぬ男共に食べられるのは面白くない。年上にくせに器の小さい男だと志乃に思われたくないから口に出してはいないが、やっぱり面白くはないのだ。


「そういえば結局食べた事ないんだけど、瑞樹ちゃんの料理ってそんなに美味いん? 愛菜がいつも絶賛してるんだけどさ」

「ん? あぁ、美味いぞ。今度機会があったら食ってみろよ」


 言われてみれば確かに仲間内で志乃の手料理を食べた事がないのは松崎だけだった。

 以前、文化祭でお世話になったお礼がしたいと皆に料理を振舞った事があったけど俺が仕事で行けなくて、あの時はそれほど面識がなかった松崎も招待を断わったんだった。

 それからはそんな機会がなかったから、松崎だけ志乃の料理の腕前を知らなかったのだ。


「ンぐっ!? うっまーー!!」

「なにこれ!? こんなのお店でもそうそう食べられないんじゃないか!?」

「……あぁ、生きててよかった……」

「なんであの食材でこんな……」


 志乃の前までの料理を試食した審査員は食レポよろしくそれっぽいコメントを残していたのだが、志乃の料理を食べた途端コメントの程度が低くなった。

 頻繁に志乃の手料理を食べている俺には審査員達の気持ちが良く分かる。

 あいつの料理を食べると只々幸せな気持ちになれるんだ。


 そんな幸せそうな顔をする審査員達に仕事とはいえ、志乃の手料理を食べている事に会場のヘイトが集まっていきブーイングが起こっている。


「こりゃスゲーな!」

「……そうだな」


 会場全体から志乃の手料理を試食している審査員達に殺気立った会場の客達の大ブーイングが集まるさまに引き気味にそう零す松崎に、俺は呟くような声で肯定する。

 瑞樹志乃という女の子は何かを始める際は凄く慎重になる性分だ。

 だが、一度物事を始めると生真面目に取り組む性分でもある。

 俺はそれが志乃の長所だと思っていたんだけど、最近その性格が短所だと思う事が増えた。

 長所だと感じるのは例えば今振舞っている料理だ。

 今日審査に作ったのはオムライス。

 それは俺の誕生日に作ってくれた杏さん特製のオムライスではなくケチャップからオリジナルのケチャップソースで、俺が杏さんの味を追いかけなくていいと言ってから、取り組み始めた料理の1つだ。

 十分に美味いって何度も言ってるんだけど、杏さんのオムライスを超えないと納得出来ないって今でも色々とソース作りに励んでいる。

 こうして一度始めた事を中途半端にしない所が志乃の長所だと思ってたんだけど、時としてその性格が不安要素になったりする事を俺は幾度か痛感させられているのだ。


 例えば今の目前で繰り広げられているミスコンだ。

 嫌々だとしても一度引き受けた事に実直に取り組む姿勢が、今のキラキラした志乃を表している。

 読者モデルの事もそうだ。

 初めて撮影を行った時から関係者から色々なアドバイスを受けて、それを自分の中に取り込んで仕事に生かす事で大きな成果を生んでいる。

 元々の素質と努力した結果なのだから恋人として誇る事なのかもしれないけど、どうやら俺は志乃に対して独占欲が強いみたいで素直に喜んでやれていない。

 見栄を張って志乃に本音が伝わらないように努めてはいるが、世間が騒ぎ出せば騒ぎ出す程面白くないと思っている。

 一回りも年齢が上の男のくせに器の小さい奴だと自己嫌悪する事もあるけれど、それでも嫉妬せずにはいられないのだ。


 だから、正直ミスコンを見守って欲しいと頼まれた時は微妙な気持ちだった。

 目の前でもてはやされる志乃を見たくないから。

 志乃がどういうつもりでこの場に俺を呼んだのかは知らないが、そろそろモヤモヤが大きくなってきて、この場から離れたくなってきた。

 もし志乃の身に何かあるとしても結果発表を終えてステージから降りた後なんだから、審査が行われている間はこの場にいる必要はないだろうと判断した俺は隣にいる松崎に話しかけた。


「ちょっとトイレに行ってくる」

「は? せっかくの瑞樹ちゃんの晴れ舞台なんだから、少しくらい我慢して見てやれよ」

「んー、すぐ戻ってくるから」


 俺は松崎の引き留めをかわして足を会場の外に向ける。


 直ぐに戻る気なんてない。

 結果発表が終わった頃を見計らって戻るつもりだった。

 だが俺が松崎達に背を向けた時、ステージ脇に設置されている大型のスピーカーから「ここにいて」という声に足を止めた。振り返ると、そこには司会の高井にオムライスについて拘ったポイントの説明を中断してこっちを見ている志乃がいた。

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