第25話 惚れ直した?

 腹ごしらえを終えた俺達は飲食以外の模擬店を回った。

 俺がここの学生をやっている時よりも様々な思考を凝らした模擬店を展開しているサークルが増えていて、適当に回るだけでも楽しいものだった。

 フリーマーケットブースに足を向ければ、こんなにいい物をそんな値段で売っていいのと言いたくなるものから、如何にも胡散臭い物まで売っていたり、大学側から公認を受けているサークルはかなり大きな部室を与えられる為、そのスペースを利用したお化け屋敷があったり。

 高校の文化祭などで見かけるお化け屋敷とはクオリティーが段違いだった事で、志乃達が本気で怖がっていたのが見ていて面白かった。

 特に際立って盛り上がっていたのが、講堂を丸々使ったダンスサークルのブースだ。

 入場料を支払って館内に入ると、そこはもうクラブと言っていい空間があった。

 腹の底に響く重低音に眩暈がする程の派手は照明演出を施す空間で、入場した客達は思い思いにリズムに合わせて踊っている。

 だが、ここはあくまでダンスサークルのブースであってクラブではない。ダンススペースの中に何か所か盛り上がっているスペースでサークルメンバーと思しき学生が日頃磨きをかけているダンスを披露する。

 客達は高い評価をうけたダンサーに歓声を上げ、また下手だとジャッジされたダンサーには情け容赦ないブーイングを浴びせている。

 つまりここは客達が気持ちよくステップを踏みながら、サークルメンバーのダンスを楽しむイベントブースという趣向らしい。


 そこで気になったのが一番端に設置されてあるダンススペースだ。

 観る限りそこに立つダンサーは素人目から見ても、他のダンサーと比べるまでもなく上手いとは言えない者達が代わる代わる踊っている。

 何なら阿波踊りらしき踊りをしている者までいるのだから、その一角だけ空気がまるで違うのだ。


(あぁ、なるほど。あのスペースは一般客の為の……)


 あくまで参加型のイベントブースと言いたいのだろう。

 あそこは俺達のような客がステップを踏む場所として用意されたもので、あの一角だけ常に笑いが起こっていたのだ。


「松崎、お前もあそこで踊って――って加藤は?」

「は? あ、あれ? 愛菜の奴どこいった!?」


 松崎に踊ってこいと揶揄おうと振り返った先に、一緒にいたはずの加藤の姿が見当たらない事に気付く。隣にいた松崎もどうやら把握してなかったようだ。


「あ! あそこ!」


 その時志乃が何かを見つけて指さす方に視線を向けると、隅に設置してあるダンススペースに見覚えのある姿があった。

 すっかりトレードマークになったキャップを被り、動きやすい少しオーバーサイズのパーカーにデニムのショートパンツから引き締まった白い脚を覗かせた先には、機能性とお洒落をハイレベルで両立させた有名ブランドのスニーカー。

 如何にも活発な彼女が好みそうな出で立ちの加藤の姿が、ステージの上にあったのだ。


「あいつあんな所で何やってんだ! 酒なんて飲ませてないぞ!?」


 加藤の姿を見つけて慌ててステージに駆け寄ろうとする松崎の体の前に、志乃が手を伸ばして口の開く。


「松崎さん、ちょっと待って」

「は? 何言ってんの、瑞樹ちゃん! あんな所にいたら周りになんて野次られるか!」

「多分、その心配はいらないよ。愛菜を見てて」

「見てろって何……を」


 志乃に静止を促された松崎の動きが止まり、加藤が立つステージを唖然とした様子を見つめる。

 何事かと俺もスペースに目を向けてみると……。


「なっ!?」


 瞬時に松崎が驚いている理由を把握した。

 かなり早いBPMにも関わらず瞬時に反応する体の動き。鳴り響いているサウンドを全身で表現しているキレのある動きに目を奪われた。

 何よりスペースに立つ表情が本当に楽しそうなのが、遠目からでもはっきりと分かった。

 加藤は飛び入りでステージに上がってリハもなしに即興でサウンドと一体化していたのだ。

 そのダンスレベルの高さは素人目からもハッキリと分かる程で、ステージの周りを取り囲んでいる連中から大歓声が大音量のサウンドを飲み込んでいく。

 他のステージで踊っていたサークルメンバーも動きを止めて、一番目立たない隅っこにあるステージに唖然とした目を向ける事で、加藤のレベルがどれだけ高いのかを証明していた。


 志乃に制止された松崎の口はポカンと開いたままで、文字通り呆気にとられている様子を見るに、どうやら恋人である松崎も知らされていなかったようだ。


「愛菜ってば、松崎さんにも言ってなかったんだね」

「……志乃」


 松崎の動きが完全に止まった事を確認した志乃が、何時の間にか俺の隣で呆れた声をあげる。


「志乃は知ってたのか?」

「うん。愛菜はね、小さい頃からスクールに通い詰めてた程のダンス好きの女の子なんだよ。一時期は本気でプロを目指してたんだって」

「そこまでのレベルなのか!? いや、でも……」

「うん。ダンスは中学までで、高校に進学して止めたんだ」

「どうして!? プロを視野に入れるって事はそういうレベルだったって事だろ!?」

「私も気になって訊いた事があるんだけど、飽きたからって」

「飽きたって……」

「うん。多分違うと思うんだけど、訊いて欲しくなさそうだったから」

「……そっか」


 きっと辞めると決断した理由はもっと大きな理由があったんだと思う。だけど、それをあまり話したくないのであれば無理に訊き出す必要は無い。

 今でもあれ程楽しそうに踊っているのだから、嫌いになったとか、ましてや飽きたはずなど有り得ないのだろうから。


 やがて音楽が止んでフィニッシュのポージングをビシッと決めた加藤に更なる大声援と、一緒に踊っていたサークルメンバー達からも大きな拍手が送られる。

 軽快にダンススペースから飛び降りた加藤は、ギャラリー達から求められたハイタッチを交わしつつ、未だに驚きを隠せていない俺達の元へ戻ってきた。


「ふいー! 久しぶりにいい汗かいたぜ」


 ニカっと白い歯を見せて満足顔で戻ってきた加藤に、松崎は未だに声が出ないようだ。


「凄い! 凄い! 話には聞いてたけど、マジで凄かったよ、愛菜!」

「うん! 滅茶苦茶恰好良かった!」

「へへ、あざーす!」


 リアクションがとれない松崎に変わって志乃と神山さんが華麗なダンスを披露した加藤を絶賛して迎え入れる。


 活発な女の子だとは思っていたし、実際何かスポーツをやっていたのかもとも思ってはいたが、まさかここまで本格的なダンスの経験があるとは想像もしてなかった。

 友人の俺ですらまだ興奮が冷めずにいるのだから、恋人である松崎はそれ以上の衝撃があったはずだ。


「貴彦さん、どうよ。私も捨てたもんじゃないっしょ?」

「……は?」


 加藤が得意気な笑みを浮かべて話しかけて、ようやく言葉が出てきた松崎だったけど、まだ衝撃から抜け出せてないみたいだ。


「志乃や結衣だけじゃなくて、私だって負けてないでしょって言ってんの!」


 なんだ、加藤の奴そんな事気にしてたのか。

 つか、それは加藤の思い違いだ――。


「誰がそんな事言った?」

「……へ?」

「誰が愛菜だけカッコ悪いなんて言ったんだって訊いてんだ」

「あ、いや、だって……志乃はチート級に可愛いし読モなんてやってるし、結衣は古武術なんてやってて、いつも凛としてて、さ。私だけ平凡な女だって思ってたでしょ?」

「俺が何時そんな事言ったよ。何時愛菜を平凡なんて言った!?」

「い、言われてはないけど、実際私は煩く騒いでるだけだったし……」

「元気なのはいい事じゃねえか! お前の元気に俺がどれだけ救われたと思ってんだ!」

「えぇ!? なんで私怒られてんの!?」


 まったく類は友を呼ぶとはよく言ったもんだ。


 この三人はずっと自分に自信がもてなくて、ずっと悩んできたんだな。

 俺も松崎も佐竹君だってそうだ。

 何時も1人で立っている自信がなくて必要以上に周りを気にしたり、逆に逃げるように周りを拒絶したりしていた人間ばかりだったんだ。

 そんな中で唯一眩しい太陽みたいな存在だった加藤だったけど、俺達がしっかり前を向けるようになった事で、自分のアイデンティティが崩れたと思ったのかもしれない。

 だから昔の元気以外で自信を持てていたダンスをこの場で俺達に披露する事で、俺達の仲間で居続けようとしたんだと思う。


 特に松崎にはつまらない女って思われたくなかったんだろうな。


 松崎はオロオロと困惑する加藤の頭に手を乗せて、俺達には絶対に見せない優しい目で彼女の目を見る。


「確かにさっきのは滅茶苦茶カッコよくてビックリした」

「……う、うん」

「でも、それがなくても、俺は前から愛菜の事カッコいいし可愛い女の子だと思ってるよ」


 そう言われた加藤の顔が真っ赤に沸騰した。


(つーか、そんな台詞は2人だけの時に言ってくれ。訊いてこっちが恥ずかしいっつの!)


「……じ、じゃあ、さ。その……ほ、惚れ直したり、した?」

「これ以上惚れさせてどうしたいんだって言いたいくらいに、な」


(もうやだ! ここから逃げたい! 砂糖吐くから!)


 甘々モードの2人から目を背けて志乃達を見ると、あいつらも同じ心境だったんだろう。照れ臭さで目線が泳いで顔が真っ赤だ。


 松崎と加藤のこんな空気は初めてみる。

 2人も上手くいってるんだと安心出来たけど、やっぱり滅茶苦茶恥ずかしい。


「あ、あの……ごめん。ミスコンの運営から招集がかかったから、そろそろ私いかないと」


 そんな空気の中、志乃が申し訳なさそうに俺達に声をかける。

 手にスマホを持っている所を見ると、どうやら時間が迫るとメールで招集がかかる事になっていたようだ。

 志乃の声で甘々だった空気がパッと発散されてホッと安堵の息を零していると、加藤が志乃に向けていつもの顔を向けた。


「うん! 志乃のカッコいいとこ期待してるよ!」


 加藤が志乃に向けてサムズアップして言った言葉に、俺達の視線も志乃に集まる。


「まかせて! 私もカッコつけてくる!」


 言ってサムズアップを返した志乃は最後に俺に不敵な笑みを見せて、講堂を出て行った。


 そういえば、つい最近までミスコンに参加する事を渋々というか嫌々といった感じだった。

 読者モデルをする為に度胸をつけるという名目で参加する事になっていたはずだ。だけど、ミスコンより先にモデルの仕事が登録してすぐに入った事で必要性を失い、約束事としてだけの参加理由になってしまったのだから最近までの志乃の参加姿勢は理解出来る。

 だからこそ、志乃の突然の変貌ぶりに首を傾げるしかない。


(そういえば、教授にミスコンに思う所があるって言ってたけど……あれって)


 兎に角、志乃が何を考えているのかなんて実際に見ないと分かるわけないと、俺達もミスコンが行われる特設ステージに向かう事にした。

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