第24話 ミスコン参加したホントの訳

「カカッ! ならミスコンはいいキッカケになるじゃろて」


 K大ミスコン。

 未だに芸能関係者が見に来る程の有名なコンテスト。

 近年、コンテストの最大の目玉である水着審査でスカウト達にアピールしようと過激な水着姿で登場する参加者が増えてきた為、逆にコンテストに興味を無くす女生徒が急増してエントリー数が激減していると聞いた。

 だが、志乃に実行委員会から参加要請があった時、断り易くする為ではあったが水着審査を無くす事を条件に出した事で今年のコンテストは水着審査を行わない事になった。

 その影響か男共からブーイングが上がったそうだが、逆に女性陣から歓迎の声が多数あがった結果、今年のコンテスト参加者が全盛期を彷彿させる人数になったのだ。

 新しい事に挑戦して新しい自分を発見する事を勧めた俺だけど、水着姿の志乃をその他大勢の男に晒すのは肯定する気が起きなかっただろうが、水着審査がないのであれば反対する理由もない。


(それに俺と付き合う前からの約束じゃ、仕方がないしな)


「コンテストをキッカケにするつもりはありませんけど、ちょっと思う所があるので約束通り参加はしますよ」

「思う所って?」

「ん、コンテストが始まれば分かる事だから、まだ内緒、ね」


 言って人差し指を口元に当てる仕草が……可愛いすぎだ。


(あ、俺の事ディスってた奴ら、魂抜けてるわ)


 と、そこで教授の乱入などで肝心な用件があった事を思い出した。


「あ、あのさ、志乃」

「ん?」

「えっと……さっきはごめんな」

「さっきって……田上さんの事?」

「あぁ。まさかあんな事言うなんて思ってなくてさ」

「いいよ。正直モヤモヤしたけど、私が全く知らないとこでコソコソされるより、正面から宣戦布告された方がいいよ。どんな人が良介にアプローチしようとしてるのか知れたし、ね」

「いや、志乃が心配するような事はないからな? 勿論これからだって絶対にないから」

「ふふ、ありがと。でも、この世に絶対なんてないんだよ? だから私はどんな人が良介に近付こうとしても、私を選んで貰えるように日々頑張るだけですよ」


 正直、どんな女が相手であっても、志乃を選ばない男なんているのだろうかと本気で思う。


 志乃は日々頑張ると言っているだけあって、着実に美しさが日を追うごとに増している。


 特に大きな変化が2度あった。

 1度目は俺と付き合う事になって体の関係を持った後だ。特段変わっていないように見えて、ちょっとした仕草や表情に艶が出たのだ。

 その艶に惹きつけられて翌日の仕事に影響すると分かっていても、我慢出来なかった夜が多々ある。


 2度目は読者モデルを始めた時だ。

 志乃は普段あまり周囲の目に晒されるのを嫌う傾向があった。勿論、その原因がなんなのか知っている。

 だけど、志乃はモデルを初めてから周囲に見られる事を意識し始めたのだ。

 常にカメラが自分を捉えている事を意識して動く事で、今まで出せなかった雰囲気が出せる様になるからと撮影現場でアドバイスを貰ったかららしいのだが、周囲からの視線を意識する事によって志乃の魅力が一気に開花した。

 物事を始めるにあたって慎重になる性格だけど、一度始めたら何にでも一生懸命取り組むのが志乃という女の子だ。

 モデル業も例に漏れず取り組んだ結果、副産物として今の志乃があるのだと思う。

 実際、俺に気を使って話さないけれど、志乃が大学で女神様と呼ばれるようになったのは恐らくこれが主な原因の一つだろう。


 これで今日行われるミスコンでグランプリに選ばれでもしたらと考えると、一抹の不安を抱くのは仕方がないだろう。

 殻に閉じ籠らないで外の世界に意識を向ける。

 それは勿論、素晴らしい事であり志乃の成長に必要不可欠な要素であるのは間違いない。加藤達のような親友達が出来た事で自信が持てたのも望ましい。

 恋人として喜び誇りに思うところなんだろうし、実際そう思ってはいる。思ってはいるんだけど……少しだけ不安にも思うのだ。


(――志乃が遠くに行ってしまうんじゃないかって)


「なら俺も頑張らないとだな。志乃に見限られるのは絶対に嫌だし」

「ふふ、私が良介を? そんなの絶対にありえないよ!」


 そう言って笑う志乃だけど、冗談っぽく言った言葉は決して謙遜しているわけでも、自虐しているわけでもない。

 志乃がこのまま成長を続けるというのなら、俺はもっともっと頑張らないといけないと危機感を抱いた。


 ◇


 俺達は教授に挨拶をした後、スマホで連絡を取り合って松崎達と合流した。

 少しの時間離れていただけのはずなのに、松崎達の手には色々な食べ物が入った袋がぶら下がっていた。


「お前等ちょっと買いすぎなんじゃないか?」

「おぉ、来たか間宮! いやー! 熱心な客引きに掴まりまくってさぁ」

「そうそう! どれも美味しそうだったからさぁ」


 松崎と加藤がそう言って美味そうにフランクフルトをかじる姿が可笑しくて吹き出すと、隣にいる志乃も笑っていた。


 久しぶりに集まった仲間達の顔はいつも通りで、年齢こそ凸凹の集まりだけど、そんな年齢差の壁なんかないかのように楽しそうに笑ってる。

 殻に閉じ籠っていた志乃を引き上げるつもりが、何時の間にか俺自身が救われた先に、この掛け替えのない仲間達がいた。

 あの気分の悪い女子高生と出会った29歳の誕生日に出会った女子高生との繋がりがこんな事になるなんて、当時の俺に教えてやっても絶対に信じなかっただろう。


「どうしたんですか? 間宮さん」

「何か元気なくないっすか?」


 皆を眺めながら物思いに耽ってると、神山さんと佐竹君が首を傾げて気にかけてくるのだが、決して2人が心配している心境ではないと首を横に振った。


「んな事ないよ。なんか帰ってきたなぁって思ってさ」

「あっはは! まるで何年かぶりに会ったみたいじゃん!」


 言われてみれば確かにそうだ。

 俺が東京を離れてからまだ1年も経っていないのだ。

 これってホームシックならぬフレンズシックと言えばいいのかな。

 新潟むこうが駄目だと言うわけじゃない。職場は活気に満ち溢れていて、住んでる人達も皆温かい。娯楽が東京や大阪と比べて聊か寂しいと思う事はあるけれど、なによりずっとやりたかった仕事に打ち込める環境に身を置けたのだから些細な事だ。

 だけど、こいつらだけは代わりはいない。

 きっとどこに移り住んでも、どんな環境に身を置いたとしても、絶対に手に入らない連中だって言い切れる程には信頼している。


(……まぁ、ない物ねだりだよな)


「とりあえず、さ! 現役K大生と元K大生に色々と案内してもらって、最後にメインイベントのミスコンって流れでいいよね!」


 やはり加藤の目的はK大ミスコンだったか。というより、他の連中もミスコンが一番の楽しみなんだろう、俺以外は。

 色々な経験を積むのは大切な事とか言っておいて、本音は大変面白くない。

 恋人が不特定多数の男共の視線に晒されるなんて、俺にとっては地獄でしかない。

 岸田と付き合っている時に成立してしまった案件ではあるが、正直空気を一切読まずにぶち壊してやりたいという衝動が今も俺の中で燻っている。

 男によってはミスコン優勝者の恋人と付き合っている事を誇る奴もいるだろうが、俺はまったく嬉しくなんてない。

 それに志乃はこんな事に積極的に関わるような女じゃない……はずだったんだが、ここ最近なんだかミスコンを楽しみにしているような言動を起こしている。

 それまでは嫌々といった感じだったはずなのに、だ。


「なぁ、志乃。前々から気になってた事があるんだけど」

「ん? なに?」


 もはや出来レースとまで言われている程の下馬評を叩き出しているコンテストだというのに、ワクワクと盛り上がっている加藤達を余所に、俺は以前から気になっていた事を訊く事にした。


「前はミスコンに対して渋々って感じだったのに、最近やたらと前向きになってるだろ?」

「あー、まぁそうだね」

「それって何でか気になっててな」


 いや、ホントに何故なのかまったく分からないのだ。

 もしかしたらとても重要な理由があったりするかもしれない。その内容によっては力になれる事があるかもしれないと付け足して返事を待つと「んー、やっぱり内緒だよ」と人差し指を口元に当てて悪戯のような笑みを浮かべた。


 気になる……非常に気になっているというのに、志乃は教えてくれないようだ。

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