第7話 甘えん坊な私の妹
良介と付き合って約1か月が経ったある日。
付き合ってから今日まで色々ありました。
毎週、ううん! なんなら週3くらいは会いたいって言ったんだけど、そんなに外泊させるわけにはいかないと断わられたり。
外泊するなんて言ってないんだけど、確かにあの距離を日帰りで通うと移動の距離の方が多くなってしまうから、必然的に彼の家に泊めてもらう流れになってしまう。
というか、例えお隣県であっても絶対に帰るつもりなんてないんだけど。
そんなこんなで話し合った結果(良介に説得されたとも言う)2週間に一度会う事に落ち着いたのだ。
だから、付き合って1か月経つのに付き合った日を含めても2度しか新潟に行っていないのだ。
それでいいのかって? いいわけないじゃない!
私としては毎日でも会いたいのに、1か月で2回だけなんだよ!?
え? 恋愛に溺れるつもりはないって言ってなかったって?
溺れてないよ? 単位取得が厳しいって有名な大学の方も計画的に頑張ってるし、アルバイトも見つけて夏季休講から本格的にお仕事する事にもなってる。
勉強と恋愛に友達の付き合いだって頑張ってるし、バイトも無茶だと思っていた条件の仕事も見つけたんだからね。
だから、お給料が貰えるようになったら再度良介と話し合って会える頻度を増やして貰うつもりなんだけど……何だか温度差を感じてしまう。
舞い上がってるのは私だけなのかなって。
やっと大好きな人と結ばれて、これからずっと幸せな時間が待ってるんだと思ってたら、やたらと冷静な私の恋人に落ち込んでたんだ……4日前に良介と電話をするまでは、ね。
◇
『なぁ、突然なんだけど、週末で親御さんの都合のいい日って訊いてもらえないか?』
「え? お父さん達の? どうして?」
『会って下さるなら、挨拶させて欲しいんだ』
「…………へ?」
親に挨拶!?
そ、それって――
「娘さんを下さい! 的な!?」
『あ、あほか! 付き合ってる事を挨拶させて欲しいんだよ』
「な、なんでよ?」
意味が解らなかった。
普通付き合ってるだけで親に挨拶なんてするの!?
私が訊いた限りじゃ、そんな事する人なんていなかったけど……。
「普通、挨拶なんてするの?」
『しないだろうな』
「……え? じゃあ、なんで?」
『志乃だけじゃないって事だ』
ホントに意味が解らない。
というか、良介は時々こういう言い回しで謎かけみたいにする事があるんだけど、癖なのかな?
「意味が解んないよー」
『親御さんに気を使って会いたいのを我慢してるのは、志乃だけじゃないって事だよ』
「――――え?」
『挨拶させてもらって、俺達の事情をしっかり話して……その……』
最後は言い難そうにしてたけど、ここまで聞いて私も良介がしようとしている事がわかった。
つまりお父さん達に公認をもらって、我慢していた会う機会を増やそうとしてくれている。
つまり遠恋している私の外泊の許しを得ようとしてくれているのだと。
(……私だけじゃなかったんだ。私だけが舞い上がってるわけじゃ……なかったんだ)
「――ありがと、嬉しい……すっごく嬉しい!」
『礼を言われる事なんてしてないよ。俺が会いたいからするんだから』
もう、ホントにそういうとこ狡いと思う。
私が喜ばないわけがないのを知ってて、そういう事言うんだから。
翌日、夕食の席で昨日の電話の話を家族に話した。
良介と付き合ってるのを知ってるお母さんと希ですら、突然の挨拶という単語に驚いていて、事情を知らなかったお父さんは椅子から転げ落ちそうになりながら怒鳴る。
「挨拶だと!? だ、誰なんだ、そいつは!」
お父さんは私に男の影がないかと昔からすごく気にしてる人だ。
娘をもつ父親は大抵そういうものだと言うけれど、ウチのお父さんは重症なんじゃないかと思う。
というか、少しは娘の事を信じてもらいたいものだ。
「付き合ってるのは、間宮良介さんといって……」
私は初めてお父さんに良介の名前を出した。
それから年齢だとか今は新潟に住んでいる等を説明しようとしたんだけど、途中でお父さんの声が割り込んでくる。
「……そうか、あいつか――分かった。今週末の土曜日なら2人共家にいるから連れてきなさい」
「――え? い、いいの?」
驚いた。
長期戦も覚悟していたのに、良介の名前をだした途端にお父さんの態度が豹変したのだから。
「なんだ。嫌なら別にいいんだぞ」
「う、ううん! ありがと! じゃ、じゃあ私この事知らせてくるから」
今晩お父さん達に話す事は事前に連絡してあるんだけど、長期戦になるだろうから結果報告は遅い時間になると言ってある。
だから、この時間に電話をしたら驚くだろうなと思いながら、私はご飯を食べ終えて部屋に戻った。
事前にトークアプリで帰宅している事を確認してから電話をかけて結果を伝えると、やっぱり驚いていた良介に詳細を求められてそのまま伝えると『あぁ、やっぱりそうか』とホッとしたようなものではなく、少し気に病んだような声色だった。
『……俺の名前を出したのか』
「え? うん、ちゃんと付き合ってる人の名前だもんね。いけなかった?」
『あーいけないってわけじゃないんだけど……ちょっとな』
また謎かけか?と問いかけたんだけど、今度はそういう感じじゃなかったみたいで『気にしなくていいよ』とだけしか言ってくれなかった。
そんな良介の様子が気になったけど『こっちの話だから』と言われて追及するのを止めて、日時を伝えて当日の段取りを話し合って電話を切った。
お父さんといい良介といい、私が何か悪い事をしたのかと考えてみたけれど結局答えなんて出るわけもなく……。とにかく突然な事ではあったけど、良介がウチに来る日の事を想像してたら、一階からお風呂が空いたと言われて座ってたベッドから立ち上がる。
「またウエスト絞れた、かな?」
服を脱ぎ全裸姿で洗面台の前に立つと、見慣れた体に僅かな変化があった。
良介と付き合ってからも朝のランニングは継続していて、その上でA駅前のコートが空いている時は新しく買ったストバス用のボールで遊んでいる。
元々体を動かす事が好きだった。テニスの様な場所が必要なスポーツは中々出来ないけど、このコートは無料で早朝だと誰も使っていないから、買ったボールをこっそりと隠しておいてバスケットボールの真似事をして遊んでいる。
ゲン担ぎでやってみたスリーポイントシュート、実はあの朝のゲン担ぎから一度も入っていない。
ど素人の力の弱い私なんだから当然といえば当然なんだけど、だから余計にあの日のシュートが決まったのは奇跡としか言いようがなかった。
でもバスケットボールが手に馴染んで来たのか、今ではボールを見なくても綺麗にドリブルが出来るまでになった。
シャワーで体全体にお湯を掛けてから湯船に体を浸けると、思わず「ふぅ」と声が漏れるのに年齢は関係ないと思う。
ゆらゆらと揺れるお湯の表面を眺めて週末にここへ来る良介の事をぼんやり考えていると、脱衣所の方から物音がした。
お母さんが洗濯物の準備をしているのかと思ったけど、何時もなら私がする事なのにと首を傾げるのと同時に『バンッ』と勢いよく浴室のドアが開いた。
「おっじゃましまーす!」
「――は?」
突然浴室に突撃してきたのは、妹の希だった。
「あ、あんた何してんの!?」
「何って、久しぶりに一緒に入ろうかと思って?」
本人は当然のようにしているけど、一緒にお風呂に入るなんて希が中学生に上がってから一度もしていない。
あの頃は何とか2人でも入れたけど、お互い大きくなった今では無理がある。
「突然何言ってんの!? 狭いってば!」
「いいじゃん、いいじゃん! 2人身を寄せ合って入るお風呂もいいもんだって」
我が家の浴槽は一般的な大きさだ。
そこにいくら女同士とはいえ大学生になる私と高校生の希が一緒に入って快適に入浴できるはずがなく、浴槽を半分にしてお互い割と本気な体育座り……窮屈なことこの上ない。
「もう、何がしたいのよー」
「あはは! やっぱ狭いねぇー」
笑えない狭さなんだってば!
まぁ、有無を言わさずに浴槽に入ってしまった手前出て行けとは言えず、私は観念してこんな事までする理由を訊く事にした。
「……それで? 何か用?」
「うん。ホントはお姉ちゃんが実は友達とパジャマパーティーしてるお父さんに嘘ついて、間宮さんチに突撃お泊りから帰ってきてすぐに話したかったんだけどさ」
「じ、事実だけど……棘がある言い方ね」
本当の事だから何も言い返せない。
というか、あの電話のおかげで凄く勇気をもられたんだから。
「まぁ、初体験の感想とかも訊きたいんだけど、さ」
バ、バカ言わないで! そんなの妹に話せるわけないじゃん! ていうか、愛菜達にも散々追及されてるのを逃げ回ってるのに!
「のぼせちゃうから……1つだけ訊かせて?」
「な、なによ」
「お姉ちゃん……どこにも行かない、よね?」
「……え?」
てっきり良介との事を根掘り葉掘り訊かれるかと思ってたら、予想の斜め上の質問が飛んできた。
というか、何を訊かれてるのかが分からない。
「どういう事?」
「うーん。今週末、間宮さんウチに来るんだよね? それって、さ」
あぁ、なるほど……そういう事か。
つまり、俗にいう『娘さんを下さい』的な挨拶をしに来ると勘違いしてるって事か。
良介の年齢を考えれば妙にリアルではあるけれど、私はまだ学生の身なんだから、いくらなんでも考えすぎだ。
(同じ勘違いしてしまった事は黙っておこう、うん)
「ふふ、そんなわけないでしょ」
「……ホント?」
いつも天真爛漫で、こっちの都合なんて考えずに騒いでる希が珍しく不安気な目を向けてくる。
こんな希を見るのって、この子が小学生の時以来じゃないだろうか。
「当たり前でしょ! 希を志望大学に合格させる仕事もあるしね!」
「…………うん」
まるで小さい子供みたいにションボリしてる希が可愛すぎて、腕を希の頭に回してグッと引き寄せた。
希は抵抗する事なく私に体を預けるように凭れかかると「えへへ」と嬉しそうな声をだした。
「でも、どうしたの? なにかあった?」
そんな事を言ってくれるのは嬉しいけど、希が急に甘えてくる原因が知りたくなった。
「だって……間宮さんと付き合ってからお姉ちゃんいつも忙しそうでさ。大学生ってもっと時間に余裕があるはずなのに、いつも家にいなくて帰ってきてもすぐに寝ちゃうし……」
言われて確かにと思った。
付き合いだしてから良介に会いに行ったのは一回だけだけど、いつもの家事と大学の勉強に友達付き合いに時間をとられて、希の言うように家にいる時は家事をしてるか部屋で休んでばかりでこの子とゆっくり話をする時間がなかった。
傍にいて当然だと思っていた存在が急に離れてしまって寂しくなる気持ちは、私も経験あるから理解出来る。それが家族なら尚更だろうという事も。
「そっか、そうだね。ごめんね、希」
「…………うん」
私達姉妹は両親が共働きで忙しくしていたから、2人で過ごす事が多かった。
それでも寂しさをあまり感じなかったのは、希がいたからだ。
甘えん坊の希の世話をしていたら、忙しくて寂しいなんて思う暇がなかったのを思い出した。
そんな私を慕ってくれている希からすれば、極端に言えば良介に盗られたって思ってしまったのかもしれない。
私の事を思って色々と応援してくれた希だけど、根っこはまだまだ甘えん坊なんだ。
ずっと2人でいたんだもんね。
いつかは離れ離れになるけれど、私もまだ希と離れたくないよ。
確かにこの一か月本当に忙しい生活が続いている。
家にいても家事をしてる時以外は良介の声が聞きたくてテレビ電話してるのが殆どだったしね。
私達が付き合える事になったのだって、希がいなかったら叶わなかったかもしれないのに――反省しないとね。
「これからは、一緒にいる時間作るから許して、希」
「……うん。約束だよ?」
約束するよ。私にとってたった1人の妹だもん。可愛くないわけがないんだから。
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