その二十四 昼休み

 辻井さんの車椅子を押してデイルームへ戻る。

「どうします?お部屋にいます?デイルーム《こっち》にいます?」

「うーん……しばらくこっちに居てもいい?」

「大丈夫ですよ」

「ありがとう」

 テレビの見える位置に車椅子を移動させストッパーを掛ける。

 支援員室に向かいながら伸びをする。外骨格スーツを着用しているせいか肩が凝った気がしてならない。

「お疲れさん」

「あ、はい。お疲れ様です」

 先に休憩に入っていた椎名さんだった。

 休憩中外にある喫煙所に行っていたのか紫煙の匂いが微かにした。

「午後はお風呂だっけ」

「ですね」

「あー……まあ面倒だけどまだマシか」

 お風呂――—、除染槽による防錆、防塵処理コーティングの時間は機械生命体アンドロイド専用の除染液に浸かり各種コーティングを施す時間だ。

 除染槽に入る前には各人で洗浄をすることになっていて、機能が低下している人や苦手な人にはこちらから手伝いをすることになっている。

「お疲れー」

 いつものように気怠そうに桂木さんが支援員室へ入ってくる。

「お疲れ様です」

「お疲れ様でーす」

 口々に挨拶をする俺と椎名さんに桂木さんは「んー」と返事をすると荷物を置き、PCに向かい始める。

「今朝の日報……っと。あー。辻井さんの件ね。はいはい……あとは……?ありゃ。今日これから風呂かー」

 ぶつぶつと言いながらメモ帳に字を書き込みながら桂木さんはすぐに席を立つ。

「風呂、スイッチ入れてからちょっと所長んとこ行くから。もし時間来ても俺戻らなかったら日勤と早番で風呂回してもらっていい?その間支援員室ここには看護師士さんに来てもらう形で。で、夜勤来たらそっちと看護師さんには入れ替わってもらおう」

 義手でペンを握りながら頭を掻く桂木さん。

「分かりました」

「ほーい」

 桂木さんは困ったように椎名さんを一度見るがため息を吐くとそのまま支援員室を出て行く。

「あぶねーやっちまった……」

「川上さんじゃなくてよかったですね」

「いやーホント。川上さんだったらめっちゃ冷たい口調で『せめて返事は『はい』でお願いします』って言われそうだもんね」

 ……容易にその様子が想像出来てしまい笑ってしまった。

「ちょっと真似上手いっすね」

「『ちょっと』ってところなのがミソね」

 そう言って椎名さんは支援員室と隣り合ってる休憩室の和室で寝転ぶ。

「あ~早番お風呂あるの面倒~~~」

 子供のように手をじたばたとさせる椎名さんに俺は苦笑する。

「俺中行きますから椎名さん外でいいっすよ」

「マジ?」

「桂木さんが戻ってこなければ、ですけど」

「多分来ないっしょ~。だって辻井さんの話でしょ?」

「まあ、そうですね」

「だったら長くかかると思うな~。勘だけど」

「勘、ですか」

「そ、勘」

 椎名さんは「よいしょ」と身体を起こすと自分用のマグカップにインスタントのコーヒーを注ぐ。

「色々込み入ってくると思うよ」

 椎名さんは息を吹きかけながらカップの中の黒い渦をじっと見つめる。

「はぁ……」

 例えばどんな、と言い掛けたところで椎名さんが時計を見る。

「おっと、私の休憩時間終わり。桐須君交代ね」

「あ、はい」

「あ、そうそう。お風呂終わった後なんだけど、ちょっと時間貰って良い?」

「多分大丈夫だと思いますけど……」

 予定を思い出しながら俺は答える。お風呂の時間が終われば特に何もないはずだった。

「うん。七夕の劇、ちょっと練習しよっか。川上さんも時間的に居るだろうし」

 あぁ、なるほど。そういうことか。

「まあ、アレだよ」

 椎名さんは少し考え―――、言葉を選んでいるようだった。

「七夕会、皆に楽しんで貰えるよう頑張ろうね」

「え、あ、はい」

 なんと答えて良いか分からずなんとなくの返事をしてしまった俺を放って椎名さんはマグカップの中身を一気に煽る。

「~~~~~っっっ!!熱っっっ!!?」

 どうやらまだよく冷めてなかったらしい。

「いや。焦るもんじゃないねほんと」

「はぁ」

 靴を履きながら椎名さんはコップを洗い、水気を取ると水切りの上に置いた。

「ほい、じゃあご飯どうぞ」

「はーい」

 勧められるまま、今度は俺が和室の方へ移動した。

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