その十七 そうしてる内に早番は終わる

 結局午後は買い物とおやつの準備くらいで終わってしまった。

 時刻は午後3時。

「お疲れ様でーっす……」

「お疲れ様ですー」

 食堂に今日の夜勤者である機械生命体アンドロイドの内藤さんと右足を義足にしている義体化人間サイボーグの横山さん、俺より少し年上の20代男性コンビが気怠そうに現場に入ってくる。

「うわ、開始からめっちゃやる気ないっすね」

 俺がこめかみに手を当てている横山さんに言う。

「んー昨日ちょっと飲み過ぎた……」

「だから僕は途中で帰ろうって言ったのに。横山さんテンション上がっちゃって聞かないんだもん」

 内藤さんが呆れながら言う。

「『夜勤だから今日は遅くまで飲んでも大丈夫!!』ってあの時は思ってたんだよー……。まあその内嫌でもエンジン掛かるから大丈夫大丈夫……」

 とてもそうは見えないが自業自得とも言えるため敢えて何も言わずにおこう、と愛想笑いを浮かべる。

「あ、ほら桐須君も呆れてるよ」

「何で言っちゃうんですか!?」

「あ、桐須このヤロウそうだったのか!?」

 横山さんがヘッドロックを仕掛けてくる。

「あいだだだだ!!横山さん義手!義手の出力!!」

 つむじの辺りを右腕の義手でぐりぐりとされる。仕事用だからなのか二日酔いで加減が出来ていないのか滅茶苦茶痛い。

「おっ?おお、悪い悪い」

 そう言うと横山さんはぱっと手を離す。

「そこの3人」

 ぴしゃり、と水を差すような一言。

 俺たち3人は声のする方向を恐る恐る振り返る。

「男性職員同士仲が良いのは結構だけど今は何の時間か、教えてあげた方がいい?それとも私一人で利用者全員見てろ、ってことなのかしら?」

 川上さんが言う。その顔は笑っているのだが目の奥が笑っていなくて俺たちは自然と背筋を伸ばしてしまう。

「す、すいません!」

「の、飲み物のおかわり要る人ーーー!?」

「あー、調子大丈夫?元気?それは良かったー」

 三人それぞれの反応を見て川上さんはふぅ、とため息を付く。

「仲が良いのは悪い事じゃないけどその間に利用者に何かあったらそれは我々の責任になるんですからね。その点を忘れないように」

 腰に手を当てて人差し指を立てるその姿はさしずめ先生のようで、「き、気を付けます……」と俺は答えることしか出来なかった。

「はい、じゃあ早番と日勤は休憩入ってもらっていいですね?」

 川上さんが夜勤者の二人を見る。二人とも「大丈夫でーす」と答える。

「じゃあすいません、休憩入ります」

「お先ー」

 早番である俺と椎名さんが答える。

「はい、お疲れ様」

 早番は勤務時間が朝の6時30分から午後の3時30分までなので、3時からの休憩で実質仕事上がりとなる。

「いやー私ちょっと残るようだなぁ」

「なんか手伝います?」

 恐らく七夕のことだろうと思い椎名さんに尋ねてみる。

「ん?いやいや大丈夫。とりあえず劇の内容に関しては任しといてよ。川上さんにもちょっと相談しながらやるからさ」

 そう言われると食い下がることも出来ない。

「じゃあ記録だけ打っておきますね。確認してもらって何かあったら訂正してください」

「ありがとー。助かるわ」

 と言っても午後特に何かあったわけではないのだが。

 

 支援室に戻ると桂木さんが主任用の机に座り、デスクトップPCのモニタを睨みながらインスタントのコーヒーを啜っていた。

「お疲れ様です」

「お、お疲れ……ってもうそんな時間かぁ……」

 桂木さんが首を左右に倒すと間接の鳴る音がした。

「現場の方任せっきりですまんなぁ」

「大丈夫ですよー。今日は人も多めに居ましたし」

 うんうん、と頷く。

「まぁ今日はそれで良いんだけどなぁ」

 古いパイプ椅子がぎしりと軋む。

「何かあったんですか?」

「あー……うん」

 桂木さんが俺を見て申し訳無さそうな顔をする。

「すまん」

「……嫌な予感しかしないんですけどその謝罪の理由を教えてもらえますか?」

 既にちょっと冷や汗を掻いている。

「いや、シフトの調整をな?七夕に合わせて再調整してたんだけどな?」

「はぁ……」

 しばしの沈黙。

「桐須君、その日夜勤なんだけど出勤時間朝からでお願い」

 ……つまり?

 ぽかん、とする俺は上手く回らない頭で計算しようとするがその結果を受け入れられずにいる。

「うん、本当にすまん。七夕当日、君は6時間早く出勤することになってしまったんだ」

「ウソだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 支援員室に俺の悲鳴が虚しく響き渡った。

「あ、しかも桂木さんはその日休みじゃないですか」

 モニタに映し出されたシフト表を見ながら椎名さんが言う。

「だからそれも合わせてすまん、という意味で」

「うぅ……6時間……6時間……」

「だからすまんて……。勿論その時間は残業代として出るから」

「残業代より睡眠時間が欲しいんですけど……」

「いや、分かるけど……」

 はぁ……と重く深いため息を一度吐く。

「その代わり夜中まともに動けないと思いますよ?」

「そこはサポートしてくれるよう内藤君と一緒にするよ」

「それなら……まぁ……」

 というか、ここで文句を言っても仕方ない。俺は頭を切り替えることにした。

「その代わり明けの後は3連休付けるから簡便してくれ」

「あ、ちょっとやる気出ました」

 我ながら単純だなあ、と自分で思いました。まる。

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