七月二日

その一八 次の日、出勤の様子

 目覚まし時計のアラーム音で目が覚める。

 天気はどんよりとした曇り空。寝起きのせいか、気圧のせいか。身体が重く感じる。俺は欠伸を噛み殺しながらコーヒーとトーストを食べ、足りない栄養をサプリで補う。腹は膨れないが栄養素的には問題あるまい。

 簡素な朝食を済ませた後は身支度を整える。歯磨きと髭を剃り、天気予報をチェック。天気は曇りだが雨になることはないらしい。

「よし」

 通勤用の私服に着替えたら、忘れ物がないかを確認しヘルメットを装着。バックパックを背負いアパートの一室で邪魔にならないよう普段縦置きしているクロスバイクを外へ出す。

 職場まではこの愛車で30分程。最後は山道を登っていくので中々にきついのだが朝の目覚ましには丁度いいい、と自分に言い聞かせている。

 尤も今の時期は着く頃には汗だくになってしまうのでそこをどうするかというのが目下の悩みであるのだが。

 23世紀になっても人力の乗り物は非効率的だ、なんて意見もあるし一利あると思うのだがそれでも俺はこの自転車という乗り物が好きだった。何故なら自転車は自分で踏んだ分進んでくれるからだ。到着点までの道のりを自力で踏破したという実感を与えてくれる。

 後は後輪から聞こえてくるラチェット音と体中で感じる風。これが病みつきになってしまった。

(冬のボーナス出たらロードバイクにしてしまおうか……)

 最近少しだけクロスバイクに不満が出て来てしまっている。これでも十分早いのだがロードバイクに乗り換えるともっと速くなる、という。

 速くなる、というのは語弊がるだろうか。クロスバイクからロードバイクに乗り換えると『エネルギーのロスが減る』のだ。より少ない力でより遠くへ進むというのが一番のメリットだ、と自転車店の人が話していた。

 コンビニで昼食用のパンと水分補給用のスポーツドリンクを買ってしばらく走ると、職場にたどり着く直前の信号に捕まる。

 この信号を信号を超えると職場まではノンストップの上り坂が1km程。平均斜度が8%程なので中々のきつさなのだが昇り終えた後の達成感が病みつきになってしまった。

 ……まあ、そのあと仕事に入る、ということを考えなければ、なのだが。

 信号が変わりペダルを回す。徐々に斜度が上がりペダルに重さを感じてはギアを下げていく。

 あっという間にギアは一番軽くなりそれでもペダルに重さを感じながら大きく呼吸をしながら踏み込む。ゆっくりと、でも確実に進んでいるという実感と何やってんだ俺はという疑問に笑いがこみ上げてくる。

 そうして坂を懸命に上っている俺の横を一台の車が通り過ぎる。いや、通り過ぎようとして助手席側の窓が開く。

「お、頑張ってるねえ」

 施設長の車だった。

「あ、施設長。おはよう、ございます」

 息を切らしながら挨拶をする。

「あ、ごめんごめん。無理しなくていいよ。見かけたから声掛けただけだから。怪我とか気を付けてね。機械生命体ぼくらはパーツ交換で済むけど人間きみたちは自然治癒に時間掛かるんだから」

「はいっ、気を付けっ、ますっ」

「うん。じゃあお先に」

 そう言うと窓が締まり、電気駆動車のモーター音が遠ざかっていく。

 車には当然敵わないが、まあ気にしても仕方ない。

 大事なのは自分のペースなのだ、と自分に言い聞かせてぐっと足に力を籠める。

「あっ」

 脚が攣りかけてしばし悶絶。

 遅刻はギリギリ免れました。


「おはようございます」

「はよっす。うわ」

「朝から大変だね」

 支援員室に着く頃には汗だくになっていた俺は、挨拶をした横山さんと内藤さんにそれぞれ感想を言われる。

「横山さんひどくないっすか」

「夜勤明けの朝イチで汗くせぇ野郎が来たらそうなるだろ」

「……一利ありますな」

「納得しちゃうんだ」

 納得してしまいました。

「とりあえず仕事前に一度シャワー浴びてきます」

「おー行ってこい行ってこい」

 一応、夜勤職員の為にシャワールームが設置されているのがこの施設の良い所だ。

 俺は日勤なのだが通勤事情を説明して施設長や主任から許可を得ているので仕事前にサッと済ませることにしている。

 

「ふーさっぱりした……」

 シャワーを浴び汗を流した俺は施設の制服に着替える。制服といっても施設の刺繍が入ったポロシャツとジャージなのだが。

 汗だくになった私服は職員用の洗濯機に突っ込んで回してある。乾燥機が取り付けられているので午前中の内には終わるだろう。

「おはよー」

「あ、おはようございます」

 二日連続早番の椎名さんが挨拶をしてくれたので返事をする。

 椎名さんは昨日に比べると若干疲れているように見える。

「……お疲れですね」

「そらそーよ。一日で劇の台本……っていっても時間にしたら5分とか10分くらいのだけどさ。それ作るのだって結構大変なのよ」

 やれやれ、といった具合で椎名さんは自分の肩を叩いた。

 俺はその様子に苦笑する。

 そうしている内に時刻は午前9時になり、施設長、事務員、栄養士、医務の担当がそれぞれ支援室に入室し、あっという間に室内は動き回ることもできないくらいの密度になる。

「えーそれでは本日の申し送りを始めたいと思います」

 横山さんの声で申し送りが始まる。

 俺の日勤としての一日が動き出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る