その六 朝食

 朝食、といっても有機物を胃に収める、という人間ヒューマンの食事と機械生命体アンドロイドの食事は違う。

 身体の主な構成要素を金属としている彼らはのだ。

 そこから内部の―――人間ヒューマンでいえば消化器官にあたる胃腸で自身の身体維持に必要な部品を生成する。人間でいえばビタミンとかカルシウムとかたんぱく質とかそういうものだ。ただし、その機能は経年により―――人間でいえば老化による機能の低下や、四肢の欠損等による欠落部位が発生した場合は―――新しい部位が精製されることはない。

 これがどういうメカニズムによって引き起こされているのかはいまいちよく分かっていないらしい。

 俺が車椅子に乗った辻井さんを連れて食堂へ行くと、他の入所者の人たちがトレイを持ち、カウンターから朝食の金属類を皿に並べていた。

 人間ヒューマンの俺からすると異様ともいえる光景だが、機械生命体アンドロイドの彼らから見れば俺たちの風景もそうなのだろう。価値観や文化の違い、といったところか。

 辻井さんは―――本来であれば自力で食事が出来るはずなのだが、最近AIの認知症が進んでいることから職員内では二派に分かれていた。

 即ち、『自分で食べてもらう派』と『職員側こちらで食べさせる』派である。

 一応、時間を掛けたり『ご飯まだありますよ?』等声を掛けると食べることもあるのだが、この食べることというのが中々の曲者なのである。

 なので、じれったくて介助で食べさせてしまうという気持ちも分からなくはない。

 辻井さんの食事は事前に配膳をしてもらっているので、カウンターへ取りに行く必要はない。

 車椅子をテーブルへ近付け、ストッパーを止めると俺は『足降ろしますね』と声を掛ける。

 辻井さんは『はいよ』と笑顔で答える。

 脚を床に下したので、今度は『じゃあご飯食べましょうか』と声を掛ける。果たして今日は自力で食べられる日なのだろうか。

 辻井さんはプラスチックのスプーンを手に取ると、お皿に盛られた粉末状の金属を口元へ運ぶ。

 今日は自力で最後まで食べられるかな……?と思い少し離れて様子を見る。

「どうだい?」

 椎名さんが声を掛けてくる。

「とりあえず自分で食べ始めることは出来ましたね。あとは……」

「どれくらい食べるか、だねえ」

「ですね……」

 食堂に並べられたいくつものテーブルの上では、夜勤者である石井さんと中村さんの姿も見られた。

 夜勤明けの職員は検食の名目で食事が提供されるのだが、石井さんは人間ヒューマンなので持参したお弁当やレトルトの食品を食べているそうだ。これらは検食には当たらないので生身の職員はその分、といっても夕食と朝食の二食分合わせて1000円程度だが夜勤の手当てが多く入ることになっている。

 夜勤者の二人が利用者と話をしながら周囲を絶えず気にしている。中村さんの視線があるところで止まった。

 彼女は立ち上がると辻井さんのところへ歩いていく。

「辻井さん、ご飯まだ残ってますよ?」

 その問いかけに辻井さんは、そこで初めて気が付いたというように言う。

「ああ。ほんとだね」

 そう言うと辻井さんはまた食事を再開するのだが、数口を口へ運ぶとまた動作を停止してしまう。

 古い物言いだが、発条ぜんまい仕掛けの機械のように。

 結局その都度声掛けを行い、何とか完食するころには食堂には誰も残っていなかった。

 夜勤者は朝の申し送り用の援助記録を仕上げる為に自分の食事が終わると席を立ち、椎名さんも大部分が居なくなるとその分利用者が集まるデイルームの見守りの為にそちらへ向かった。

「美味しかったですか?」

 食べ終わった辻井さんに声を掛ける。

「あぁ。美味しかったよ」

 笑顔で答える彼女は、心の底からそう言っているようで、俺は『よかったですね』と声を掛ける。

「じゃあ、またデイルームまで行きましょうか」

「はいよ」

 今度は食堂へ着いた時と違い、『足、上げますね』と声を掛けフットレストに足を乗せる。

 そして車椅子をゆっくり押すとまたデイルームへと移動を開始する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る