その七 朝会

 朝食を摂り終わり、辻井さんをデイルームへと送る。

すれ違う利用者から『おはよう』と声を掛けて貰えるので『おはようございます』と挨拶を返していく。

 中には『あれ、居たの』なんて冗談混じりで行ってくる人も居るので『朝から居ましたよ』と苦笑して返す。

「もうすぐ朝会ですからここで待っててもらって良いですか?」

「分かったよ」

 辻井さんがニコニコと笑いながら答えたのを確認してから支援員室へ戻る。

 支援員室からはデイルームが見える設計になっているので、注意していれば何か動きがあった時にはすぐ対応出来る。

 汗を掻くほどではないが動き回っていた為喉が渇いた。支援員室の冷蔵後から来る途中、コンビニで買った500mlのスポーツドリンクに口を付けると喉が鳴る。

「おはよう」

 主任である桂木さんが出勤時間より大分早く来た。

 桂木さんは両腕を義体化した義体化人間《サイボーグ》で30代の男性だ。

 彼は仕事着である施設のジャージを着たまま出勤しており、副主任によく『上の人間がそんな調子じゃ示しが付かないじゃないですか』と注意をされているのだが、本人は聞き流しているのか一向に改める気配が無い。

 かくいう俺も桂木さんの格好を真似て『あ、いいんだ』と思いジャージで出勤したことがあるのだが、その時は副主任に朝からお説教を受けてしまった。

「今日申し送りってどっちですか?」

「私が行くことになっています」

 中村さんがすっと機械のような正確さで…いや実際機械なのだが。90°手を上げて答える。

「あ、じゃあ記録付けてもらって良いですか?辻井さん朝食ですけど声掛けしたら自力で完食しました」

「分かりました。『朝食時、桐須支援員の声掛けにより自力で完食される』と……」 

 正確なリズムでタイプ音が刻まれる。

「おーちゃんと自分で食べたんだ」

 桂木さんが主任用のPCのディスプレイから目を離さずに言う。彼は主任の確認が必要な案件を幾つか眺めるとタッチスクリーンに指を当て、指紋認証を通す。

「あ、今日日勤は俺だけか」

「ですね。あとは遅番と夜勤ですね。今日は清拭も無いですし受診も少ないですから午前中は三人でなんとかなるでしょう」

「んだなー。受診も自分で行く人ばっかだし」

 アナログなホワイトボードに書かれた受診予定を見回しながら、桂木さんは言う。

 そうしていると時計の針が午前9時を示す。

 時間ぴったりに施設長と栄養士、事務の三人が支援員室を訪れる。

 それぞれに挨拶をすると、椎名さんが席を立つ。

「私朝会やってるねー」

「あ、じゃあ私も行くわ」

「あ、すいませんよろしくお願いします」

 椎名さんと石井さんが出ていき支援員室の扉がばたんと閉まる。

 外からは『おはようございまーす!』と椎名さんの元気な声が聞こえてくる。

「椎名さんは元気だねえ」

 桂木さんのやる気の無さそうな声が聞こえる。

「それでは本日の申し送りを始めます」

 中村さんの静かな声が響き、昨日の様子が報告される。

 昨日は夕食時に量の少なさに文句を言った利用者、清拭のメンテナンス時に順番で揉めた利用者同士などのトラブルの他、病院を受診した利用者の結果等が報告された。

「受診の結果は特に変化なし、抗プログラム剤も変化無しとのことです」

 中村さんはそこまで言って言葉を区切る。

「最後に辻井さんですが夜間は起床することが見られましたね。声掛け

して居室まで案内しています。一応巡視時には入床してはいるんですが入眠してるのかまでは……」

「うーん昼間はどう?寝てたりすることってある?」

 機械生命体アンドロイドである施設長が桂木さんの方を見る。

「そうですねえ。昼間時々寝てることはやはりありますね」

「だとするとそこで本人の時間認識がずれてる可能性ない?」

「あー……その可能性は無いとは言えないですね。OSも大分古くなってますからねえ」

 桂木さんが顎髭を撫でる。

「そしたらさ。なんとか昼間起きててもらって夜間の様子を再度確認してもらう、みたいな風に出来ない?」

「んーーー」

 桂木さんは首を傾げながら大袈裟に唸る。

「そしたらちょっとアレですね。何か今の辻井さんでも出来る軽作業とか、そういうのを少し考えてみます」

「よろしく頼むよ」

「それでは他部署から何かありますか?」

 中村さんの問いかけに栄養士と事務員が『特にありません』と答える。

「それでは申し送りを終わりにします。本日もよろしくお願いします」

 その場にいた全員がよろしくお願いします、と声を揃えて言うと席を立ち支援員室を出て行く。

「それでは桐須さん。椎名さん、石井さんと交代して貰っていいですか」

「はい」

「あー、悪いね桐須君。俺書類関係忙しいからさー。ちょっと一人で頼める?」

 桂木さんがディスプレイを指差しながら言う。

「りょーかいっす」

 俺は仕方ない、と言った感じで肩を落として支援員室を後にし、朝会の引き継ぎを行うことにした。

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