その五 デイルームまでの移動

 機械生命体アンドロイド用に作られた、より頑丈な車椅子に辻井さんを乗せた俺は椎名さんに一言告げてデイルームへ行く。

「よろしくねー」

 椎名さんはひらひらと手を振りながら俺を見送る。

「どこへ行くんだい?」

 辻井さんは不思議そうに振り返って言う。

「デイルームですよ」

「ああ、そうだっけ」

 さっきも言いましたよ、と言い掛けて止める。

「ごめんねぇ」

 と辻井さんが心の底から申し訳なさそうに謝る。

機械生命体アンドロイドの癖にメモリボケちゃってねぇ」

「気にしないでくださいよ」

 本心だった。だが辻井さんはフェイスカバーのマスク部分を開けて、それこそ人間ヒューマンのように少しだけ視線を落として言う。

「貴方は優しいねえ」

「そんなことないですよ」

 給料という対価が目当てでこうして世話を見るのだ。これが優しさであるわけがない。

「貴方みたいな優しい人がいて、お嫁さんは幸せでしょう?」

「ははは。居たら良かったんですけどねぇ」

 このやり取りも、今まで何度も行っていることだ。

 だが『この前も言ったじゃないですか』などと言っても仕方ない。

 そう、仕方がないのだ。

 そういう状態なのだ。そしてそれは人間ヒューマンであろうが機械生命体アンドロイドであろうが起こることなのだ。

 デイルームへ着くとしばらくは見守り―――、要はやることがない時間がしばし発生する。とはいえぼーっとしていれば良い、というわけではない。

 一か所に多数のが集まるとどうなるか。争いが起こるリスクが上がるのだ。しかもその原因はその部分だけを見れば、失礼な話だがことに起因する。

 これが口だけで済むのなら仲裁に入れば済むのだが。ここは行く宛のない人たち―――、中には『家族からも見放されてしまった』人もいる。

 普段表に出てこない不満が蓄積していき、突然噴火し手が出てしまうということも、悲しいかな珍しくはない。

 なので職員としてはそうならないよう目を見張って……。欲を言えばお巡りさんのようにとなれれば良いのだが……。

「おっ。まーくんおはよう」

「おはようございます金本さん。まーくんは止してくださいよ」

 声を掛けてきたのは利用者である金本さんという、男性型の機械生命体アンドロイドである。まーくん、というあだ名で俺を呼ぶのだが、以前副主任にそのことで注意されて以来、呼ばれる度に言っているのだが効果の方は期待できない様だった。

「悪い悪い。ついなぁ。あんたおいらにとっちゃ孫みたいなもんだからよ」

 がはは、と豪快に笑う金本さんだが、入所までの経緯を聞くとお世辞にも明るいものではない。

「辻井のばあさまは相変わらずかい?」

「そうですね」

「そっかあ。おはよう辻井さん」

 金本さんが辻井さんに声を掛ける。

「あらおはよう。えーと……」

「金本だよもう」

 呆れたように笑う金本さん。

「あぁそうだったわ。おはよう金本さん」

 このやり取りも、何度も見てきた光景だ。

 今日は金本さんの機嫌が良いからこのような流れになっているのだが、たまに―――俺がここに来てからは一度切りだが、自分から話しかけて怒る、というパターンがあるらしい。

 二人のやりとりに内心ほっとしつつデイルームを眺める。

 談笑する人、呆けたように虚空を眺める人、中にはそう見えるだけでローカルネットへ接続し暇を潰している人もいる。

 また、一度顔だけ出してまた居室にもどり朝食時まで過ごす人も居て、意外と入所者は自由に過ごしていることも多い。

 ―——珍しいことに今日は何事もなく時間が過ぎ、時計が午前7:30を示すと放送用のチャイムが鳴る。

『あ、あー』

 テストのつもりなのか、椎名さんの声が一度スピーカーから流れる。

『朝食の時間となりました。利用者の皆様は食堂へお集まりください。繰り返します。朝食の時間となりました―――』

 すると、それまで談笑していた人たちはぴたりと動きを止め、皆列を作りながら、ゆっくりと食堂へ向けて歩き出す。

 規則正しく並ぶその姿を見ると、普段は気にならないのにこういったところで彼らが機械で出来ているというのを実感する。

 そして俺も、次の自分の仕事の為、再び車椅子を押す。

「じゃあ辻井さん。朝ごはんの時間ですから一緒に食堂へ行きましょうか」

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