その四 起床時の声掛け〜車椅子への移乗

「辻井さん。おはようございます」

 強化外骨格パワードスーツを装着した俺は、椎名さんと一緒に辻井さんの居室を訪れる。

「おはようございます」

 辻井さんはベッドの上で身体を起こしながら穏やかな声で言う。

 人型———二足歩行タイプの機械生命体アンドロイドではあるが製造から半世紀以上経った現在では脚部のパーツが手に入らなくなり、俺がここに就職する半年ほど前から自立することが困難になってきたそうだ。

 その為、移動する際には車椅子へ移乗してもらうのだが何せ機械、合金も混じった重量である。その為職員は必ず二人以上で介助すること、人間ヒューマンが介助に関わる際には強化外骨格パワードスーツを使用すること、といった規則がある。

「それじゃ桐須君、準備はいいかな?」

 椎名さんがリクライニング式の車椅子を倒しストッパーを掛ける。

「あ、はい」

 俺は短く答えると椎名さんが辻井さんに優しく声を掛ける。

「辻井さん。ちょっと横向いてもらっていいですかー?」

 側臥位の状態になってもらった辻井さんの下に移乗用のシートを敷く。クッション性もありながら、耐荷重としては300kgまであるという機械生命体アンドロイド介助用のものだ。

「はーいありがとうございます。じゃあこれから車椅子に移るので動かないでくださいね」

 次に落ちないようにシートのベルトを胴体に巻き付ける。緩すぎず、きつ過ぎずといった加減で出来るのはさすがベテラン、といった感じだ。

「車椅子?どこかお出かけするのかい?」

 辻井さんが不思議そうに俺の方を見て問いかける。

「朝ですからね。皆起きてきてもうすぐ朝ごはんの時間なんですよ」

「ああ。そうだったんだね。時間が分からなかったからなんだろうって思っちゃったよ」

 朗らかな声で辻井さんは言う。毎日やっていることなんだけどなあ、と思ったが口に出すことは避けた。

「それじゃ移動しますね」

 椎名さんが俺の方を見るので頷くと椎名さんはシートの頭側を持ち、俺は足側を持つ。

「せー……のっ!」

 掛け声に合わせてシートをずらし、そのままリクライニングされた車椅子へ移動させる。腰の部分を合わせて今度はリクライニングを起こす。

 ゆっくりとモーターの駆動音が鳴り適切な角度で調整がされる。

「ありがとう。いつも悪いねえ」

「いえいえ」

 辻井さんは元からなのか分からないがこんな感じなのでいつも穏やかだ。だからこっちもお仕事とはいえ、お礼を言われるというのは悪い気はしないので自然と笑顔で受け答え出来る。

「それじゃあご飯の時間まで、皆の居るところで待っていてもらって良いですか?」

「分かったよ」

 俺は車椅子のストッパーを解除すると、車椅子を押して利用者が一番集まる場所、デイルームへと向かう。

 これで朝の仕事としては山場を越えた、といったところだ。

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