その三 起床時間

 朝6時30分。このから施設に入所している利用者の起床時間になる。

 早番がする仕事の一つとして、居室を一つずつ訪れ朝の声掛けを行うというのがある。

 実はこれが意外と、といえば変なのだがここに就職した当時は『機械生命体アンドロイドなんだしその辺まで面倒見る必要あるの?』なんて思っていた。

 しかし実際やってみると意外と皆寝こけていたり、すぐ起きる人もいれば生返事だけして一周したあとに再び声を掛けなければいけない人もいる。

 中には、

「はい遠藤さんおはようございます」

「ん」

 早く向こうへ行け、とばかりに手を振るだけの利用者もいる。

 こういう時に、ここは行く宛の無くなった機械生命体アンドロイドが辿り着く場所なんだなと思ってしまう。

「最初は気分を悪くすることもあるかもしれないけど、まあ怒るなってのは人間として無理な話だからさ。その場だけは我慢して後で私にでも愚痴零しに来な」

 と椎名さんが言ってくれたのを思い出す。

 現在、『国立機械生命体アンドロイド養護老人センター』第3施設の入居者数は約50人。それぞれが個室に分かれており利用者のプライバシーの尊重がされている、というのが売りの一つ、らしい。

コの字を描くように設計された施設内の一階部分を周り終えたところで、業務中に着用を義務付けられている骨伝導イヤホンから連絡が入る。

「桐須君。そっちはどう?手伝う?」

 二階の声掛けをしている椎名さんからだ。

「いえ。こっちも一通り終わりました。あとは……」

「ん。わかった。じゃあ私も下降りるね」

「了解です」

 ぷつっ、と通信が途切れる。

 そう、一通り終わったのだが問題が一つ残っている。

 自分で起きてこれる利用者の場合はこれで良いのだが、何せここは老人センター。

足腰の弱った、機械的に言えばバランサーやアクチュエーター、関節部に問題が生じた人たちの手伝いをする必要があるのだ。

 本来『養護』の範囲からは外れてしまうのだが、ここに併設されている『介護』老人センターの方は常に入所者が満員な為、こうして養護の方でも多少介護の必要性がある利用者も見なければいけない、ということである。

 21世紀初頭には人間ヒューマンの高齢者が多かったと歴史の授業で学んだが、23世紀は機械生命体アンドロイドという新たな人種の高齢者が多くなったのである。

「よしよし。じゃあやっちゃおうか……ってあっ」

 一階に降りてきた椎名さんが俺の様子を見てしまった、と言う顔をしている。

「どうしたんですか?」

「いや、ごめんね。ほら。私義体化人間サイボーグ化してるじゃん。だからつい忘れちゃったんだよね」

 何を?と言おうとしてその先に言いたかったであろう部分を予測した俺は同じくあっと言葉を漏らす。

「すぐに用意してきます」

「うん。悪いね」

「いえいえ。むしろ気付かずすいません」

 椎名さんにそう言うと俺は支援室へ向けて、可能な限り急いで戻る。

『利用者確認を行います。利用者:桐須雅彦。所属:第三養護老人センター。役職:支援員。職員番号―――』

 AIがするまでの確認事項を読み上げる。機械生命体アンドロイドを介護する、ということから分かるように相手は機械―――金属の塊である。つまり相当重いわけだ。

 その為俺みたいな生身の人間ヒューマンがそれを行う際には施設の備品である強化外骨格パワードスーツの着装が義務付けられている。

 強化外骨格パワードスーツ、なんて随分厳つい響きだが、パワーアシストが主な用途である。これを使うことによって百キロを優に超える機械生命体アンドロイドの身体を持ち上げることが可能になるのである。

 ちなみに椎名さんは四肢を義体化しているので着装の義務はないのだが、場合によっては生身の身体に掛かる負担を考慮し着用すあこともある。中村さんは機械生命体アンドロイドなのでそこら辺は調整が自在らしい。

 強化外骨格パワードスーツに備え付けられたAIはあくまで補助用の人工知能の為、機械生命体アンドロイドと違ってこの強化外骨格パワードスーツが自立して動くことはない。自我を持たないからである。

 注意事項がAR眼鏡に流れるのを飛ばして仮想の視界に移る同意ボタンを押す。きゅいん、という機械的なモーターの駆動音が鳴り一時的に俺は人間ヒューマンの範疇を超えた力を手にする。

 これが、23世紀の介護・福祉の現場のほんの一部分である。

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