第20話
「真っ直ぐか……右か……左か……」
さて、困ったことになった。
西のダンジョン奥へと足早に移動した俺は、十字路の前で立ち往生することとなる。
「選択を間違えたら雫と合流できなくなる」
慎重に雫たちの足取りを追わなくてはならないが、彼らがどの道を進んだかなんて皆目見当もつかない。
「何か……手掛かりになるようなものがあればいいんだけど」
足跡などがないかと考えた俺はその場で身を屈め、地面を念入りに調べてみる。
「ダメだ……」
ダンジョンは硬い岩肌で形成されており、地面が土なら足跡も残っていると思われるが、硬い大地には足跡が刻まれることはなかった。
「ん……あれはなんだ?」
右の通路、その隅っこに何かを引きちぎった痕跡を発見する。俺は近づいて鑑定スキルを使用した。
クグネタケの根――栄養価が高く、食料として最適。
「キノコ……雫たちが採った跡か!」
雫はキノコを狩に行くと言っていた。となれば、このクグネタケの根を引きちぎったのは高確率で雫たちである可能性が高い。
「右で間違いない」
俺は右の通路を全速力で駆け抜ける。途中ゴブリンが数匹姿を現したが、止まることなくすれ違い様に斬り刻む。
クグネタケの採られた痕跡を頼りに右へ左へ移動を繰り返し、手掛かりが途切れてしまう。
「糞っ」
するとまたしても十字路に差し掛かった。同様にクグネタケが狩られていないか確認するが……やはりダメだ。クグネタケ自体は生えているのだが、手付かずである。
「道を間違えたか?」
駆け抜けて来た道を振り返り思考するが、ここまでの道のりは一本道だった。何処にも抜け道はなかったと思う。
念のためマップを表示させて確認するが、やはりそれらしき抜け道は表示されていない。
「……雫たちはこの時点で十分な量のクグネタケを収穫し終えていた。そう考えるべきだろうな」
しかし……だとするとなぜ雫たちは十分な食料を確保したにも関わらず、引き返さずに先を進んだのだろう。
ダンジョン内は複雑であり、奥へ進めば進むほど出現するモンスターも危険になる。
「いや……今はそんなことは重要じゃない。問題は雫がどのルートを進んだかだ」
どの道を進むべきか沈思黙考する俺の元に、突如正面からコボルトの群れが姿を現した。
「グゥォオオオオ――!」
これまでに西の通路で出会したコボルトとは明らかに違う。これまでのコボルトは大きくても体長150cm程だったのに対し、目前のコボルトたちの体長は180~2mはある。
さらに、これまでのコボルトと違う点がもう一点あった。
「武器……!?」
ゴブリンが歪な武器を携えていることは珍しくなかったが、コボルトが武器を携帯していることはなかった。
しかも、その武器の質が一目でわかるほど上質。ゴブリンの持つそれらとは比べ物にならないくらい立派なのだ。
「数は……7……いや、8匹ってどころか」
一匹ずつ斬っていくのが面倒だと判断した俺は、【絶対零度】で瞬時にコボルトを凍りつかせるのだが……。
「グゥォオオオオッッ――!」
……凍ったと思った瞬間、あっという間に溶けた。
「どうなってんだっ!?」
咄嗟に鑑定スキルで詳細を確かめる。
コボルト――分厚い毛皮に覆われた魔物。寒さに強く、その体温が非常に高いことが知られている。
「自らの体温で溶かしたって訳かよっ!」
けたたましい声でがなり立てるコボルトが一斉に襲って来る。俺はそれをバックステップで後方へ回避しながら、土魔法で岩壁を正面に創り出した。
さすがにこの数と正面切って剣戟を重ねるのは不利だと判断した結果だ。
二手に分かれて左右から攻め込んで来るコボルト――右手から差し迫るコボルトの強烈な一振りをブロンドソードで受け止める。ジンジンと腕が痺れる程の一撃だ。
「くっ……!」
隙ありっ! と左手から一気呵成と押し寄せて来たコボルトには、錬金術で錬成した石槍で対抗する。
そして、躊躇うことなく貫く。灼熱の体液が頬に飛び散り湯気を立てる。
熱いっ!? が……耐えられない程ではない。
しかし、巨体な体躯が邪魔で敵の動きが把握できなかった。
瞬転――俺は機転を利かせて瞳閉ざし、アリスのスキル月読を発動させる。
すると手に取るようにコボルトたちの動きが把握できた。右手から2匹……左側、槍で貫いたコボルトの後方に3匹……さらに正面に回り込んで来るコボルトが2匹だ!
このままでは逃げ場を失ってしまう。
そう判断した俺は右側のコボルトを力任せに押しきり、真上に跳躍。天井に剣先を突き立ててぶら下がり、もう片方の手から魔方陣を展開させ、特大の
続けて水浸しになる通路に雷魔法、
目が眩み、耳を塞ぎたくなるほどの轟音と光がダンジョン内を駆け抜けると、意識を刈り取られたコボルトたちがバタバタとその場に倒れ込んでいく。
「ふぅー……にしても何なんだよこいつら」
剣を抜き取り地面に着地し、コボルトたちが気を失ってる隙に命を刈り取る。
「痛っ!?」
ヒリヒリと頬が痛み、手を当てて確かめると、水疱ができている。
「さっきの熱湯みたいなコボルトの血か……。ちょっと浴びただけで火傷かよ」
これまでにもコボルトは倒してきたが、血を浴びて火傷なんてしたことがない。それに明らかに強かった。
考えられることはコボルトのLvが高い可能性だ。コボルトはLvが上がると耐寒性が増し、体内温度――血液温度が上昇するのかもしれない。
「文字通り化物だな」
こぼれ落ちた言葉と同時に嫌な予感が脳裏を掠め、俺はコボルトたちがやって来た方角へ体を向けた。
「雫……」
仮にこのコボルトたちが常田たちを追いかけて巣穴から飛び出して来たのなら……まずいっ! 俺は回復魔法で頬の火傷を治療し、すぐに洞察眼で道の先に目を光らせる。
「!? ……マジかよ」
目を疑うほどの数……コボルトが群れを成してこちらに向かって来ていた。
「さっき程の爆音で気づかれたか」
厄介だがやるしかない。
この道の先に雫がいるのなら……引き返すなどあり得ないっ!
俺は地鳴りのように鳴り響いてくる通路へ駆け出し、雷魔法でコボルトたちの動きを止め、その隙に風魔法で体躯を切り裂いていく。
一体どれ程の数を仕留めたのかはわからない。50か……あるいはもっとか。
数多の屍を築き上げたその先に、昨日発見した坂道へとたどり着く。
用心に越したことはないと、俺は坂の先を洞察眼で確認する。
「!? なんだあれはっ!?」
坂の先には工場のような錆び付いた建物が無数に建ち並んでおり、そこには夥しい数のコボルトたちが何かを探すように徘徊していた。
「……厄介だな」
まさかダンジョン内に工場都市のようなエリアが存在するなんて思ってもみなかった。
同時にコボルトたちが何かを捜索する姿を確認した俺は、雫があそこの何処かにいる。そう確信めいたものへと変わりつつあった。
なぜなら……坂の頂上付近にはクグネタケが散乱していたのだ。
「待ってろよ雫っ! 必ず俺が見つけ出して助けてやる!」
忘れていた熱い何かが内側からグワァーッと溢れて、漏れ出す。そんな奇妙な感覚を覚えていた。
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