第18話
いつものように庭先の手摺から身を乗り出し、修行に赴く彼らへ大きく手を振って見送る。
「大量を期待していろよ、文吉!」
あれほどダンジョンの奥へ行くことを嫌がっていたはずの青木が、自ら率先して南の通路口へ進んでいく。そのあとを笑顔で追いかける千葉と、やれやれと頭を振るアリス。
「なんだ……いいチームじゃないか」
当初、彼らの軋轢を気にかけていた俺の考えは杞憂に過ぎなかった。
「さてと……俺もそろそろ出掛けるか」
彼らが頑張って修行をしていたこの5日間、俺は何もしていなかった訳じゃない。どうにかこのダンジョンから抜け出す術はないものかと、西側のルートを探索していた。
ダンジョン内の構図は蟻の巣に酷似している。幾つもに枝分かれしたルートは地底迷宮と呼ぶに相応しいほど複雑で、マッピングスキルがなければ生還は不可能だと思われるほどだ。
俺はそんな西のルートで坂道を発見していた。洞窟のようなダンジョンの構造を考慮すれば、地上へ出るためには上へ向かうことが必然だと思われる。
なので今日はその道を重点的に探索しようと、西の通路口へ向かって歩く。
いつものように西のルートへ足を踏み入れた刹那、前方からけたたましい無数の足音がこちらへ向かって響いてくる。
一瞬身構え、腰の柄へ手を伸ばすが、それがすぐに人の足音であることに気がついた。
スキル洞察眼を発動させ、足音の主たちを確認する。常田、一堂、東城、田中、山本の五人が胆汁を滲ませながらこちらへ突っ込んで来る。
「ハァ……ハァ……桂、くんじゃないか」
中央へ続く開けた空間が見えたことで落ち着いたのだろうか。常田が額の汗を拭いながら胡散臭い作り笑いを浮かべている。
「一体そんなに慌ててどうしたんだい?」
問いかけると一斉に目を逸らす彼ら。まるで疚しいことを隠す子供のように俯き、話をすり替える。
「そんなことより……桂こそこんなところで何をしているのよ。力のないあんたが奥へ進んだら一溜まりもないわよ」
「悪いことは言わない。桂君はこれより奥へは進まない方がいい」
「優と寧々っちの言う通りだぜ! じゃないと雫っちたちみたいに犠牲になっちまう」
「つねっ――!」
「あっ、やべっ!?」
……雫たちみたいな……犠牲?
うっかり口を滑らせかけた東城を常田が一喝すると、慌てて口元を両手で覆っている。
一体何のことだと一堂さんに視線を向けると、ばつが悪そうに伏せ目がちに緊張した面持ちで喉を鳴らした。
次いで田中と山本にも同様の視線を向けると、やはり反応は同じだ。青ざめた相貌で決して俺の目を見ようとしない。
「あの……雫は一緒じゃないのかい?」
「……ああ、雫ちゃんたちは……先日抜けたんだよ」
雫の姿が見当たらないことを不審に思った俺が尋ねると、常田は明らかに動揺し、嘘をついた。
「嘘だよね?」
「!? な、なにがだい?」
「雫が常田君たち……2年2組のチームを抜けたというのは嘘だよね? 俺は昨日雫に会っているんだ。その時、確かに雫は明日みんなとキノコを収穫しに行くと言っていた。沢山採れたら俺にもお裾分けをくれると……そう嬉しそうに話してくれたんだ」
俺の指摘に黙り込んでしまった彼らに、俺は力強く一歩踏み出し問い詰める。
「どうしてそんな嘘をつくんだ? 東城君は雫たちが犠牲になったと言ったじゃないかっ。どういうことか……納得できる説明をしてくれないか?」
きっと普段から何を言われても言い返さない俺なら、丸め込めると思っていたのだろう。
だけど今だけは省エネなんて言ってる場合じゃない。俺は語気を強めてさらに常田を問い詰める。
「答えろ常田っ! 雫に何があった!」
「……!?」
俺に呼び捨てにされたことが余程気に食わなかったのか、常田の相好からは薄ら笑いが消える。それと同時に短い舌打ちがダンジョン内に木霊した。
「訂正してくれないか……桂?」
「訂正?」
「君のような昼行灯に呼び捨てにされる筋合いはないと言ってるんだよ。それにこれは僕たちの問題だ。部外者の君には一切関係のないことだろ?」
「雫の身に何か起きているなら関係ない訳ないだろっ!」
普段感情が余り表に出る方ではないが、この時ばかりは焦燥に似た苛立ちが込み上げてくる。幼馴染みの雫の身に何かが起きていることはもう間違いなかった。
俺は早く答えろと常田の胸元を掴み取る。
「離せよ……君のようなひ弱そうなのが僕と喧嘩して勝てると思っているのかい?」
「ちょっと二人ともやめなよ。桂はあたしたちのグループを抜けたんだし、文句を言う筋合いはないはずじゃない? 前にも優が言ってたわよね? 物事には優先順位があるって……あの場合ああするしかなかったのよ!」
今にも殴り合いを始めてしまいそうな俺たちの間に割って入って来る一堂だが、焦燥感に駆られた俺は止まることができない。止まってはいけないと思ったんだ。
「優先順位……? 確かにこんな状況だ。物事に優先順位を定めることは間違っちゃいない。けどっ! だからと言って友達を見捨ててもいいことにはならないっ! お前たちはクズ以下だ!」
「余り調子に乗ると……痛い目をみることになるよ、桂」
俺の胸倉を掴みあげる常田が腕を振り上げる。そのまま俺の顔面目掛けて振り下ろす。
「!?」
が、振り抜かれた拳が俺の顔面を捉えることはない。俺が彼の拳を掴み取っていたからだ。
そのことに一番驚いていたのは常田自身だった。
彼の【職業】は戦士――その能力は身体能力向上。たとえプロのボクサーであっても避けることは愚か、掴み取ることなど到底不可能だと思われるほどの速度だ。
しかし、俺はそれを軽々と掴み取ってみせた。
「……ぐぅ」
「答えろ常田……雫はどこだ? 何があった? 言わないと……このまま拳を握り潰すぞ」
俺は掴み取った常田の拳に力を込める、すると堪らず常田の膝が折れる。その瞬間、「何しやがんだァッ!」と吠えた東城が飛びかかって来る。
俺は常田の手を離し、東城の拳を一歩身を引いて躱す。そして前のめりになった東城の顔面に拳を振り抜いた。
「ぐわぁっ!」
蹴り飛ばされたサッカーボールのように何度もリバウンドを繰り返して、東城が転がる。
「かつらぁぁああああっ!」
透かさず戦闘の要を司る槍士の田中が、掃除用具を改造した槍で襲いかかって来る。さしずめ松田のスキル鍛冶で槍に改造したのだろう。
俺を殺す勢いで突きを放った田中に目もくれず、身を翻して回避すると、「邪魔だ」呟き裏拳を鼻先に叩き込んでやった。
「嘘でしょ!?」
モザイクと蔑まれる無職の俺が彼らを圧倒したことが信じられないと、一堂は驚愕に腰を抜かしていた。
俺は眼下で蹲る常田に射殺すような視線と殺気を放ち、忠告する。
「もしも……もしも雫の身に何かあったら、その時は……お前を殺す」
「……!?」
「俺は……本気だからな」
打ち震える常田たちを置き去りに、俺は西のダンジョンへと足を運ぶ。
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