第6話

 教室を出た俺は気持ちを切り替え、生命線となる水を入手しなければと考えた。

 そこで須藤たち魔術師同盟に水を売って貰うため、彼らの本拠地プールへと足を運ぶ。



「何しに来たのよ顔無し!」


 プールへやって来ると開口一番、須藤が積み上げられた机の上から怒気を含んだ声音を狙い澄ました矢のように放ってくる。


「須藤さん……その、また水を売って貰えないだろうか?」


 出来るだけ面倒事にならぬようにと頭を下げて頼み込むと、「あははははっ」須藤が腹を抱えて嗤い出す。俺が水を売って欲しいと言ったことがそんなに面白いのだろうか?


「あんた見捨てられたんでしょ? まぁ当然よね。あんたみたいな異物、誰も仲間にしたくないもの」

「……それで、水は売って貰えるのかな?」

「100万よ!」

「え……100万?」

「水はとても貴重なものなんだから当然でしょ? 500mlで100万……安いでしょ?」


 ダメだ……全然話にならない。


「そんな大金持ってるやつなんていないと思うんだけど……」

「なら帰れっ!」


 問答無用と言わんばかりの刺々しい声音が返ってくる。

 それでも諦めきれない俺が25mプールをまじまじ眺めていると、風間とかいう3年生が詰め寄って来る。


「聞こえなかったかね。予言の王は去れと言っておられる」

「こんなにあるんだから少しくらい分けて貰えないだろうか?」

「嫌っ!! あんた気持ち悪いのよ!」


 即答だった。俺はどうやら須藤に相当嫌われているらしい。


「……だそうだ」

「……そっか」


 仕方ないと俺は苦笑いを浮かべてその場を後にした。言い争うだけ喉が渇いてしまうからな。


 プールを後にした俺はとりあえず飲み水を探すべく、移動を開始することにする。洞窟の奥へ続く道は東西南北四つに分かれてある。


 俺はどうせどれが正解のルートかわからないので、校舎を出て真っ直ぐ進んだ先にある南の通路を進むことにした。



 洞窟内はどこも壁から放たれる青白い光によって照らされており、足下が見えないということはない。ただ延々と代わり映えしない岩肌が続いており、方向感覚が失われていく気がする。


「結構歩いたな」


 一時間ほど歩くと『T』字路の前にたどり着き。どちらに進もうか悩んでいると、不意に右手の通路から足音が徐々に近づいてくる。


「俺以外にも……誰かが洞窟内を探索していたのか?」


 そう思ったが、接近してくる足音に耳を澄ませると、少し足音が妙なことに気がついた。

 コツコツと鳴る靴音ではなく、ペタペタと素足で駆け回る音なのだ。それも一人分の足音ではない。2……いや、3人分の足音だと思う。


 意識を集中させて視線を洞窟の奥へ向けると、奥から小学生低学年ほどの……緑色の肌をした小人のような生き物がこちらへ向かって駆けてくる。


「なんだ……ゴブリンか」


 ん……?

 無意識に呟いた言葉に対し、俺は奇妙な感覚……違和感を覚えていた。

 なぜ俺はあの小さな生き物を知っているのだろう?


「ゴブゴブゥ――!」


 ゴブリンは止まることなく一気にこちらへ駆けてくる。手前の一匹目が俺の前方で跳躍し、手にした短剣を振りかざしながら突っ込んできた。


 が、俺はそれを難なく身を翻して躱す。

 意識してやったという訳ではなく、体が自然に反応したというべきだろう。


 それからすぐに二匹目が槍を構えて突撃してくるのを一歩身を引いて回避すると、柄を掴み取ってゴブリンごと持ち上げる。そのまま硬い大地に叩きつけた。


「ゴブゥッ!?」


 透かさず倒れたゴブリンに掌をかざして火球ファイアボールを唱え、一匹目を撃破すると、奪った槍で残りの二匹を難なく討伐する。


 生まれて初めて生き物を殺めたというのに、まったく何とも思わない。思わないどころか……なぜか懐かしさのような感覚に包まれていた。


「……って!? なんで俺火球ファイアボールを使えるんだ!? ひょっとして俺の【職業】って魔法使いなのかな?」


 もしかしたら黒塗りが解放されたかも知れないと思い、急いでステータスを確認して見ると……。



――桂文吉 【職業】■■■ Lv3

 HP  ■■/■■

 MP  ■■/■■

 筋力  ■■

 防御  ■■

 魔防  ■■

 敏捷  ■■

 器用  ■■

 知力  ■■

 幸運  ■■


 【固有スキル】詳細不明


 【スキル】詳細不明


 【職業スキル】詳細不明



 やはりステータスは見えないが、Lvが1~3へ上がっていることが確認できた。

 このことから、俺は何らかのバグによってステータスが見えないだけで、ステータス自体は機能していることを知る。


「職業……魔法使いかな?」


 俺は自分の【職業】が魔法使い――火属性だと判断したのだが、ゴブリンが所持していた槍と短剣に小斧を手にした時……不意に三つを錬金術を用いて新たな武器に作り直そうと考えていた。


 なんで……当たり前のようにそんなことを考えているんだろう?


 時折我に返ったように沈思黙考してしまうが、俺は試しに三つを地面に並べ、錬成陣を発動させる。

 発動の仕方は実に簡単だった。

 心で念じると、錬成陣が燐光を放ちながら地面に弧を描く。


 さらに錬成陣が現れると、光の文字盤が前方に表示される。

 そこにはこのように記されていた。



【錬成素材】

 錆びた短剣×1 不恰好な槍×1 錆びた小斧×1


【錬成可能項目一覧】 

 ブロンドソード×1


 試しにブロンドソードをタップすると、錬成陣が一層輝きを増しながら強烈な光を放ち、三つの武器を粘土細工のようにぐにゃぐにゃと混ぜ合わせていく。


 そして錬成陣が消えると、一振りの剣が地面に転がっていた。

 ご丁寧に鞘とホルダー付きのベルトまでセットでくっついている。


「随分便利だな」


 腰に装着して剣を抜き執り感触を確かめるようにその場で一振りすると、大昔からそうしていたように手に馴染みフィットする。


「懐かしいな……」


 知らず知らずのうちにまた意味不明なことを口走っている。


「この力があれば……」


 来た道を振り返り、戻れるかも知れない……そう考えたが。

 あのような酷いことを言ってしまった手前、それは都合が良すぎると頭を振り、考えを改め直す。


「今更戻れないよな……仕方ない、進むか」




 それから3時間ほど歩き、ゴブリンを20匹ほど退治したところで岩壁にもたれるように座り込む。


「喉が……渇いた」


 肉体的な疲労感はまったくと云っていいほどなかったのだが、昨夜水を一口飲んで以来、何も口にしていなかった。さすがに喉の渇きと空腹には耐えられない。


 試してみるか……。

 俺は試しに水よ出ろと掌に力を込める。


「マジかっ!?」


 すると掌から本当に水が出てきた。それも狭山先生や魔術師同盟のようなソフトボールほどの大きさではなく。多分……軽トラックほどの大きさはあると思われる。それも、力を込めればもっと大きくなりそうだった。


「どうなってんだよ?」


 俺はこっそり持ち出してきた空のペットボトルを尻ポケットから取り出し、その中に水を注ぎ込む。


「うまっ!」


 こんなに沢山の水を好きなだけ飲めるのは久しぶりだった。狭山先生やみんなに気を遣って全然飲めなかったからな。

 喉の渇きから解放された俺は今まで以上の空腹に襲われ、転がっていたゴブリンを食えないかとバカなことを思考し始める。


 それほどまでに空腹だった。


火球ファイアボール!」


 試しに焼いて食べてみるが……。


「おぇぇえええええっっ!?」


 余りの不味さに吐き出してしまった。

 この味を何かに例えるなら、亀虫を口いっぱいに頬張った……そんな感じだ。


「ヤバい……気持ち悪い」


 ゴブリンを食べることは無理だと諦めかけたのだが……ふと閃く。


「これ……錬金術で別のものに変換できないのか?」


 試しにゴブリンの死体目掛けて錬成陣を発動させると、


【錬成素材】

 ゴブリン×1


【錬成可能項目一覧】

 ゴブリン骨付き肉×4


 どうやら可能なようだが、あの不味い肉が骨付き肉になったところで……な。


「ハァ……仕方ない。試すか」


 このままだと何れ飢え死にしてしまう可能性がある。物は試しだと錬金術でゴブリンをゴブリン骨付き肉なる料理に変換する。


 恐る恐る口にすると……!?


「うまっ!?」


 ついさっき焼いて食べたあれはなんだったのだと思うほど旨い! 若干パサついており固いが、あの糞不味い肉を食べたあとだと100倍……いや、1000倍は旨い!


 下処理するとこんなに変わるものなんだな。それとも味付けがいいのだろうか? 普段料理なんてしたことないからその辺の知識が皆無だ。若干ラム肉にも似ていた。


「ま、旨いんだから何でもいっか」


 それからもう少しだけ洞窟を探索すると、少し開けた場所へ出る。

 今日はこの辺りで休むかと考えたのだが、僅かに不安が脳裏を掠める。


「寝ている間に襲われたら堪ったもんじゃないよな」


 そこで俺は何もない地面に錬成陣を走らせた。


【錬成素材】

 岩


【錬成可能項目一覧】

 岩釜。石造りの家。石の椅子。石の剣。石の斧――エトセトラ、エトセトラ。


「マジでなんでもありだな」


 俺はとりあえず石造りの家を錬成し、次いで岩釜を錬成する。出来上がった岩釜に水魔法で水を張り、火魔法で湯を沸かす。


 実に6日振りの風呂だ。

 直ぐにその場で泥まみれの服を脱ぎ散らかし、湯船に浸かる。


「ハァ……生き返る。……こんなことなら雫も一緒に連れてくるべきだったな」


 あの時はあれがベストだと思っていたのだから致し方ないか。

 風呂から上がった俺は家に入り、眠りにつくことにした。


「明日の朝戻るか……どうせ誰も心配しちゃいないしな」



 5日目の夜が過ぎゆく中、俺は夢を見た。


 夢の中では巫女と呼ばれる少女が、「なぜ勇者様を暗殺したのですかっ」と王様らしき人物に声を張り上げている。


「もう……終わりです。直に世界は破滅へと向かうでしょう」


 と、少女が力無げに呟いていた。



 それはいつもの見慣れた夢ではなかった。

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