第7話

 ダンジョン生活6日目の朝。

 俺はさすがに口の中に不快感を感じていた。もう6日間も歯を磨いていないのだ。


 ということで俺は家の裏手に回り、壁際に生えていた植物を試しに鑑定していく。


「やっぱりだ。雫と同じ鑑定が使える」


 自分の【職業】については相変わらず一切不明だが、昨夜寝る前にひょっとしたら大半のことが出来てしまうのではないかという答えに至っていた。


 その考えは正しかったのかもしれない。

 実際にスキル鑑定が使えたのだから。


「う~ん、フルフル草。臭い消しや殺菌効果のある薬草か……」


 これでいいか。

 俺はフルフル草と水を錬金術で混ぜ合わせ、洗口液を作ってうがいをし、洗面台を創って水を溜める。寝惚け面を落としていく。

 それから地面に汲み取り式トイレを創り上げ、用を足してから朝食の獲物を取りに出かける。


「なんだか意外と慣れてきたな」


 手際よくゴブリンを数匹仕留め、朝食の肉を持ち帰って家で食す。

 家を取り壊して移動を開始し、クラスメイトである山本の【職業】を思い出していた。


 確か地図職人……スキルはマッピングだったはず。


「……マッピング」


 試しに口に出してみると、正面に光の映像が映し出される。そこには学校があった場所から現在地までの道順が記されていた。


「なるほど。一度通った道は自動的に更新されるのか」


 しかし、通ってない道は何も描かれてないな。


「ま、迷路のようなダンジョンで迷うことなく学校へ戻れるから十分か」


 俺は地図を手に入れたことで、もう少し奥まで洞窟内を……いや、ダンジョン内を調べておくことにする。



 ダンジョン内にはゴブリン意外のモンスターも存在した。ゲーム等でお馴染みのぷにぷにした見た目のスライム――大きさはバスケットボールほどだった。物理攻撃が一切通じないことから、【職業】魔法使いがいなければ遭遇した時点でかなり危険な相手になりそうだ。


 しかもスライムには種類があるらしく、緑色のノーマルスライムに、毒々しい色をした紫色のスライム。


 大きさはどちらも同じだが、鑑定した結果、紫色のスライムは毒性を有することが判明した。こちらも錬金術を駆使して何に変換出来るか試しておく……スライムゼリーなどへ変換が可能と知る。


 さらに俺はダンジョン内で目についた雑草等も念入りに調べて置く。最も成果があったのはダンジョン奥で発見したさときび畑のような空間だ。


「リントウ……栄養価が非常に高く煮たりすると食べられる……またゴブリンの好物としても広く一般的に知られている……か」


 俺は顎先に手を当てて考える。


 鑑定は非常に便利なスキルなのだが、一つだけ疑問が出てきた。それは鑑定スキルの一文にもある、『広く一般的に知られている』……だ。


 そもそもリントウなる植物は聞いたことがない。もちろん植物に精通している訳ではないので、単に俺が知らないだけということもあるのだが……ゴブリンと明記されていることが非常に気になる。


「ま、とりあえず少しだけ持って帰るか」


 ずっと肉だけだと栄養バランスの偏りが懸念されたため、幾つか収穫しておくことにする。


 ダンジョン探索を終えた俺は帰り際、仕留めたゴブリンを二匹ほど食料として確保し、引きずりながら来た道を引き返す。


 校門から校庭に入ると、誰かの悲鳴が耳をつんざく。何事だと周囲を見渡すと、女子生徒数人が俺を化物でも見るような目で見ていた。


 俺は自分が引きずるゴブリンへ視線を落とし……ま、当然のリアクションかと納得する。


 気にしても仕方ないので校舎へ向かって歩き出すと、悲鳴を聞きつけた生徒が続々とグラウンドへ飛び出してくる。みんなが俺を凝視していた。


「お、おい貴様! そ、それはなんだ!?」


 声をかけて来たのは金髪碧眼のハーフ美少女――有栖川ありすがわアリス先輩だ。この人は俺でも知っているほど『超』が付くほどの有名人。剣道部の主将にして個人の部――インターハイ2年連続優勝の強者。


 噂では【職業】も剣士であるという。

 俺個人の意見としては、有栖川先輩がこの学校において最強の存在などではないかと思っている。


「……この奥で討伐したゴブリンだけど?」

「だけどって……そ、そんな気持ち悪い生き物を……死体を持ち帰ってきて何をする気だと聞いている!」

「何って……食料だけど……」

「しょっ、食料!? き、貴様はそれを食うのか!? 正気かっ!」

「ええ、試しに一匹食べたら意外と旨かったんですよね」

「いいいっ、一匹食っただとっっ!? 丸々一匹かっ!」

「ええ……そうですけど」


 俺と有栖川先輩の会話を聞いていた生徒たちが「信じられない」とドン引きしている。まるで汚物でも見るような凄絶な目を向けてくる。



「く、食えるのか……それ?」


 ゴクリと喉を鳴らした有栖川先輩が珍妙な面持ちで尋ねてきたので、俺は一つ大きく頷いてそれに答える。


「まぁ、何とか。確かに見た目は多少グロテスクだけど……食料がないので好き嫌い言える状況でもないからな」

「そ、それは……そうだが。……ワイルドというか……少し逞し過ぎないか?」

「俺は先輩のように仲間がいるわけでもないので、なりふり構っていられないだけですよ。じゃ、失礼します」


 俺は有栖川先輩に恭しく頭を下げ、校舎の中へと入っていく。有栖川先輩たちはゴブリンが食えると知るや否や、多少の躊躇いは見受けられたものの、すぐに背に腹はかえられぬと言わんばかりに、人手を集めて狩に行くぞと気合いを入れていた。


 俺はゴブリンの遺体を引きずりながら校舎内を闊歩する。その度にすれ違った生徒たちから、「げっ!? なんだよあれ!」と悲鳴混じりの声音に続き、辛辣な視線のレーザービームが四方から飛んでくる。


 気にしたら負けだ。

 俺は一人なんだから強く生きないと。


「さて、何処か空いてる教室があればいいんだけどな」



 ゴブリンを引きずり散々校内を回ったのだが案の定、もう何処にも空きの教室がない。どうしたものかと途方に暮れていた俺だったが……。


「あっ、そうか! ないなら創ればいいだけのことじゃないか!」


 俺には錬金術なる謎の力があるのだから、家の一つや二つ朝飯前だ。

 そうと決まれば何処に家を建てるかが重要だな。


 四階の窓から外を俯瞰するが、外は論外というのが俺の導き出した答え。というのもここがダンジョン内だということが判明し、ゲームさながらのモンスターが存在するのなら、外に家を建てることは真っ先に襲われるリスクがある。


 昨夜はやむを得ず外に建てたが、安全性を考慮するなら高台が理想だ。


「となると……あそこしかないな」


 やって来たのは校舎の屋上。


「ここなら仮にモンスターに襲われたとしてもすぐには来られない。状況を把握する上でも立地条件は最高だ」


 早速錬金術で家を建て、次いでに室内に石釜の浴槽を設置する。それから庭先(屋上)に出て石造りの露天風呂も設置した。


 次いでに捕獲した食料を保管する蔵を創り、そこに水魔法で冷凍したゴブリンを投げ入れておく。


「他に何かいるかな?」


 できることなら快適に暮らしたい。

 昨夜は石造りの寝台で眠りについたので、朝目が覚めると少し身体が痛かった……先ずはふかふかのベッドとソファだな。


 そうと決まれば善は急げ。俺は再びダンジョンへと潜る。南は有栖川先輩たち運動部が入って行ったので、俺は西側のルートを選択した。


 西側にもゴブリンやスライムは居たのだが、新たなモンスターを発見することができた。コボルトだ。


「こいつは運がいいな」


 俺は臆することなく腰の剣を抜き執り、鮮やかな剣捌きと身のこなしでコボルトたちを一刀両断にしていく。


「相変わらず敵を前にすると染みついたように体が勝手に動くな」


 自分自身に対し多少の疑問は残るが、戦えないよりはマシなので、そこまで気にすることもない。


 それから錬金術を用いてコボルトの一匹目を皮袋へ変換。その中にコボルトとスライムの死体を詰め込み帰還する。


「これじゃあ……死体袋だな。……ま、いっか」


 屋上へ戻ってきた俺は早速家具の製作に取りかかる。先ずは錬金術でスライムをふかふかのスライムベッドへ変え、次いでスライムソファを創り出す。それらを自宅へ運び位置を決めて配置する。


 次に良質なコボルトの毛皮を利用して毛布を創り出し、骨等を利用したロッキングチェアを創り出す。ロッキングチェアは庭に設置して、いつでも寛げるようにした。


「完璧だな」


 ここでお腹が減ったので食事にしようとゴブリンを骨付き肉へ変換し、一口食べて閃いた。


 俺は慌てて校内に入り、廊下に投げ出されていたテレビなどの粗大ゴミを回収する。それを屋上で電子レンジに改造した。もちろん錬金術を使用して。その中に骨付き肉を入れて、雷魔法で電気を送りチンする。


「やはり熱々の肉は旨い!」


 火魔法で温めればいいのではと思うかもしれないが、料理を一切したことのない俺は焦がしてしまう恐れがある。せっかくの食料を炭に変えるなんて勿体ない。

 ならば、確実に温められる電子レンジを創る方が手っ取り早いってなわけだ。


「ヤバい……快適過ぎるな」


 ロッキングチェアに腰掛け、青白く光る幻想的なダンジョン内を見渡していると、南側の通路から有栖川先輩率いる運動部が続々と姿を現した。


「ひどいな……」


 有栖川先輩たちは食料のゴブリンを数匹確保したようなのだが、一部の生徒が血まみれとなり担がれている。


「ゴブリンにやられたのかな?」


 有栖川先輩の相貌からも満身創痍と言った疲労感が滲み出ていた。


「相手はゴブリンだよな? そんなに強かったかな?」


 と思ったのだが、ひょっとしたらスライムに出くわしたのかもしれない。担がれている一人が嘔吐している様子からして、紫……ポイズンスライムの毒に侵されている可能性が考えられる。


 俺は自分なら治療できるんじゃないかと思い上がりにも似た考えに至り、体育館へと向かったのだが、追い返されてしまった。


「死ななきゃいいけど……。ま、俺が心配したところでどうすることもできないか……」



 その日の晩、ベッドで眠りについていると、何処からともなく一斉に凄まじい嗚咽音がダンジョン内に響き渡ってきた。


「うぇぇええええええええええええっ!?」

「まっずぅぅううううううううううううっっ――!?」



 きっと腹を空かせた誰かが意地汚く拾い食いでもしたのだろうと、俺は気にせずスヤスヤ眠った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る