第5話
「ダメだ。もう何処にも食料は残っていないみたいだよ」
5日目……時刻は体感的に昼過ぎ辺りだったと思う。
食料調達に向かった常田たちが冴えない表情で教室へ戻ってくるや否や、項垂れるようにそう言った。
「食料の大半は鮫っちたちが奪っちゃったみたいなんだよな」
東城の言葉に誰もが深い溜息を吐き出す。
昨日の須藤たちの水問題が火種となり、各グループに分かれて物資の争奪戦が開始された。
その中でも最も厄介な派閥が四つ存在する。
一つが予言の王と崇拝される須藤茜率いる魔術師同盟。彼らは校舎東側に位置するプールを縄張りとしており、対する鮫島たち不良チームは一階の食堂を根城とし、食料の大半を抱え込んでいた。
伊集院先輩率いる生徒会チームは四階の生徒会室を拠点とし、武闘派集団運動部は体育館を占拠にしている状況だ。
その他にも数多くの派閥が立ち上がっているのだが、危険視すべきはこの四つで間違いない。
俺たち2年2組は担任の狭山先生を含め14名しか残っていない。
メンバーは以下の通りだ。
2年2組メンバー。
女子。
狭山梓【職業】魔法使い 【スキル】
空野雫【職業】鑑定士 【スキル】鑑定
一堂寧々【職業】狩人 【スキル】洞察眼
六道深雪【職業】中二病 【スキル】人格変異
松田彩加【職業】鍛冶師 【スキル】鍛冶
瀬世蛍【職業】結界師 【スキル】防御結界
橘香織【職業】魔法使い 【スキル】
男子。
常田優矢【職業】戦士 【スキル】身体能力向上
東城恒彦【職業】盗賊 【スキル】隠密
千葉真司【職業】召喚士【スキル】召喚
青木慎吾【職業】関取【スキル】どすこいっ
田中一郎【職業】槍士 【スキル】高速突き
山本二郎【職業】地図職人【スキル】マッピング
桂文吉【職業】不明【スキル】不明
以上の14名が俺たち2年2組の頼もしい仲間である。六道と青木の2名に関しては【職業】が特殊過ぎて……何とも云えないが、無職同然の俺が言えた義理じゃない。
「何とか先生のお陰で飲み水には困らないけど……このままだったら僕たちは直に飢えて死んじゃうよ」
俗に男の娘と呼ばれる人種――千葉がか細い声で不安を口にすると、「さ、鮫島君たちに……たた、頼んで、食料を分けてもらうことは……できないのかなぁ?」前髪で顔が見えない六道がおろおろ声で意見を言う。
それに対し、
「たぶんウチは無理やと思うなぁ~」
とは松田彩加だ。彼女の意見に口を開いたのは瀬世。「同感ですね」と眼鏡のブリッジを持ち上げる。
「でも、このままだったらボクたちは飢えて死んじゃうのですよ」
分厚い国語辞典のような書物を読みふけっていた橘が会話に参加し、田中と山本の二人が大きく頷いた。
そんな中、小太りな青木の腹から魔物の唸り声のような音が鳴り響く。一斉に青木を見やると、「し、仕方ないじゃないかっ! 何もたべてないんだから」と慌てた様子で不可抗力だと頬を赤らめる。
「あんたは緊張感無さ過ぎるのよ!」
「まぁまぁ、確かにお腹は減るからね」
一堂の威圧的な態度を宥めるように常田が透かさずフォローを入れている。この辺りが他の男子との各の違いなのだろう。
「あっ、そうだ! 先生クッキー持ってたんだった」
「本当!」
「さすがあずにゃん!」
狭山先生は私物の鞄から袋に詰められたクッキーを取り出した。
それを開けてみんなに配ろうとしたところで気がつく。
「13枚しか……ないわね」
「ここには14人居るから足りなくないか?」
怪訝に片眉を持ち上げた一堂が困ったように声音を発すると、東城が苦笑いを浮かべた。
「先生はいいからみんなで食べて」
「そんなんアカンて! あずにゃんはある意味最も倒れられたら困るポジションの職業やでぇ!」
「この場合、消去法でクッキーを食べられない人物を決めることが最も効率の良い考えなのですよ。その場合、最も役に立たない人が遠慮すべきなのです」
橘の提案を受け、雫以外の12名が一斉に俺を見る。
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 文吉は役に立たない人なんかじゃないわよ! この中で一番冷静だし、頼りになるんだから!」
「何が出来るのよ?」
「……寧々ちゃん?」
「そりゃ雫はそいつと幼馴染みだから庇いたい気持ちもわかるけど……これはみんなの命に関わることなんだよ?」
「たったのクッキー一枚じゃない!」
「そうじゃないんだよ、雫ちゃん。確かに今はたかがクッキー一枚のことかも知れないけどね、何れ大きな問題になると思うんだ」
俺の前に立ち、必死に庇い立てしてくれる雫に、常田が冷静に言葉を紡ぎ出す。
「大きな問題ってなによ!」
「これから僕たちは食料を探しに洞窟内を探索しないといけなくなるよね? そうなった時、彼には何が出来るのかな? それにね? 例えば橘さんの能力
「それがなんだって言うのよ!」
ああ、そういうことか……。
俺は一人納得していた。
「同時に誰かが怪我をした時……助けられるのは一人だけなんだ」
「……酷い」
「酷いかも知れんへんけど……大切なことなんやで雫ちゃん」
「それにさ雫っち。先生の水も無限に出せるわけじゃないしょっ? 連続で水を出せるのは二度まで、誰が優先的に水を飲めるか……それも重要じゃね?」
「つねの言う通りだよ。ソフトボール程の大きさの水を14人で分けるのは……無茶があると僕も思う」
「に、人数が……おっ、多すぎる、ね」
「みんな……酷いよ」
俺のために雫が泣いている。
震える雫の後ろ姿を見ると……胸が張り裂けてしまうほど苦しくなった。まるで誰かに心臓をぎゅっと掴まれてしまったように……。
普段滅多に感情が表に出ない俺だけど、雫の泣いているところを見ることだけは……耐えられなかった。
だから俺は何ともない振りを装い言うんだ。彼女の涙が少しでも止まるように……魔法をかけるんだ。
「俺はお腹空いてないからクッキーはみんなで食べてくれ。常田君の言う通り、俺はみんなの役には立てそうにないしね」
淡々とした口調で言うと、雫が俺の制服を掴み取る。
「ダメだよ文吉! ここで認めたらこれからもずっとそういう扱いをされちゃう。辛くてもここは戦うんだよ。もう省エネなんて言ってる場合じゃないんだよ! 生きるために……生きてここから出るために、自分がどれだけ優秀な人間かアピールするべきなんだよ!」
「雫……もうやめな。桂だってどうするべきかわかって言ってるんだから。それ以上は却って桂に惨めな思いをさせるだけよ」
「……惨めってなに? そりゃ寧々ちゃんは文吉と仲良くないから平気かも知れないけどっ。友達がみんなから寄って集って除け者にされてたら……普通悲しいよね!?」
「雫ちゃん、これは桂君自身が言い出したことなんだ。気持ちを汲んであげようよ」
常田は苦々しく笑って雫を宥めると、次いで俺に向き合う。
「桂君……本当は僕だってこんなこと言いたくないんだよ。だけどね……こういう状況だからわかるよね? ……抜けてくれないか?」
言葉は時として刃物よりも強力な武器となり、誰かの心を傷つけるという。それが自分の心ならまだ良かったんだ。
だけど……静寂に包まれた教室に轟いたのは俺の痛みではなく、空野雫の激痛だった。
「いやぁぁああああああああ――!?」
常田に掴みかかった雫を女子たちが羽交い締めにしている。これまでに見たことない雫のあんな泣き顔を見せられたら……言うしかないじゃないか。それが最もこの場を丸く納めることができ、労力を使わずに済む選択なのだから。
「初めからそのつもりだ。というか俺はそもそもみんなの仲間になった覚えはない」
予想外の俺の反論に、みんな眉をしかめている。
「いちいちバカみたいに騒ぐみんなに煩わしさすら感じていたところだ。というかみんな間抜けだよね。鮫島君たちに食料を全部奪われて何も出来ず、指を咥えて見てるだけなんだから。職業が優秀なら奪い返せばいいのに、それすら出来ない。……確かに俺は役立たずだよ。だけどみんなだって役立たずじゃないか。優秀だというならさっさと奪い返せばいいじゃ……」
「桂っっ――!! もういい。もうわかったからここから消えてくれないか」
俺の言葉を遮り、常田の雷のような怒鳴り声が大気を激しく揺さぶった。
「ああ、そのつもりだけど……。じゃまぁせいぜい傷の舐め合いでも続けてくれよ」
僕はそう言いながら、2年2組の教室を後にする。
背後からは雫の鳴き声と、女子たちの最低という皮肉が追いかけてくる。
でも……これでいい。
これでいいんだと俺は俺に言い聞かせる。
あの場で俺がすんなり抜けると言い出せば……きっと雫は俺に付いてくると言い張っただろう。雫はそういうやつだ。
だけど……そうなったら俺は雫を守れるのか? 何も無い……無力な俺に彼女は守れない。
雫を守るためにも、俺は一人でこの場を去らなければならないんだ。
大丈夫……常田や先生がついているのだから、きっと雫は大丈夫。
5日目……僕は一人ぼっちになった。
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