第9話 宇宙、旅立ち4

 翼竜の放つ熱線をかわし、ナナセ達は金星宇宙港の自動移動式カプセルの中にいた。

 カプセルはだだっ広い港内をホバー移動し目的地へと客を運ぶ。

 ナナセ達が目指す先は1805番パッド。個人所有の宇宙船の発着施設だ。

 そこに明星ミンシン所有の船が待っている。


 翼竜に足止めされているボディーガード達を振り切って、今は明星とエージェント、そしてナナセの三人だけ。


 空港の中に入ってしばらく、追ってきた一頭の翼竜は外で不気味な機械音と熱線の発射音を響かせていたが、それも段々遠ざかっていた。

 さすがに高速でパッドを行き来するカプセルの速さにはついてこれないらしい。


 三人ともカプセル備え付けの椅子には座らず突っ立ったまま。

 エージェントがずっと端末で誰かと話しているだけで、あとの二人に会話はない。


 そりゃそうだ。言葉が見つからない。

 あんな得体の知れないものに追われているのだから。


 得体は知れないが狙いが明星であることは確かだろう。

 おそらくこの前の眼鏡の男と同じ……。


「ずいぶん派手に追ってきたな」


 エージェントが通信を切ったのを見て、自嘲ぎみに明星が呟く。

 まさか最も危惧されていただろう祭り客に紛れてではなく、堂々と空から来るとは。しかもあんな大掛かりなロボットまで使って。


「心配するな。ロボットは警備会社が何とか引き付けている。お前はこのまま自家用機に乗って宇宙に出るだけだ」

 

 明星の皮肉を相手にすることもなく、エージェントはそう淡々と告げた。ホントに仲悪いなこの二人。


 しかし車の中でも思ったが、このまま宇宙空間に出るとはちょっと急ぎすぎなんじゃないだろうか。

 翼竜が惑星の外まで追ってくるとは限らないが、もし追ってきたら対抗する術があるのだろうか。自家用船にビーム砲でもついてるの? 本当にこのまま冥王星まで行って大丈夫なのだろうか。


「それで君は……」


 エージェントの視線に、ナナセは思わず飛び上がった。

 なんか成り行きで一緒に付いてきちゃったけど、まさか……。


「……まさかあたしだけここに置いてくなんて言わないですよね?」

「ああいや、君はもともと明星と一緒に船に乗ってもらうつもりだったが……」

「頼りにならないボディーガードの代わりに俺をここまで連れてきてくれたんだ。置いていくなんて滅相もない」


 ナナセを称えながらも冷ややかに重ねられた明星の皮肉に、エージェントが目を見張る。

 しかしナナセにとっては非常に都合のいい発言だ。ここは便乗だ、便乗。


「ということで、あたしの腕は十分証明されたでしょ? そろそろ本当にボディーガードとして雇って下さい」

「う、うーん……」

「いいんじゃねえか? 雇っても」

「明星!」

「明星さん!?」

「宇宙空間に出たらしばらくボディーガードの出番はねえだろ。あんたは『ボディーガード』として大人しく静かに船に乗ってればいい」


 上げて落とす。

 それをもろに食らった。

 

 大人しく静かに……。宇宙じゃ船に乗ってるだけの脳筋ボディーガードの出る幕はないと。ナナセは今までの働きで用済みというわけだ。

 なんだよ。エージェントのみならずこっちまで皮肉るとは。


 何か言い返そうとナナセは口を開きかける。そのときだった。


 ぐらりと床が傾いた。 

 会話の途中でカプセルは止まった。

 しかし目的地に到着したのではない。


 カプセルの揺れは止まらず、不思議な浮遊感が三人を包んだ。


「どいて!」


 ナナセが肩から体当たりして、カプセルの入り口を突き破る。

 そこから上を見て、ボディーガード志望の清掃員は絶句した。


 つかまれている。楕円のカプセルごと大きな脚に。

 そう、あの翼竜の巨大な爪に。

 ニッと、赤く光るサイレン灯のような目と目が合う。その機械の目は不気味に笑っていた。

 そして笑うロボットがこれから何をするつもりかは、カプセルが空高く舞い上がり始めているのを見て理解した。


「跳んで! 早く!!」


 カプセルの中で戸惑っていた明星とエージェントの背を押す。不幸中の幸いか、ちょうど大きな船が直下にきたタイミングだった。


 鬼気迫るナナセの意図を察したのか、明星はすぐに大型船の上に飛び移った。しかしエージェントはカプセルの入り口で尻込みする。その間に翼竜はどんどん高度を増していく。

 最終的にためらう彼を脇に抱える格好で、ナナセが大型船に飛び移った。

 飛び下りた高さと成人男性の体重の分、着地した足にずしりと重みがくる。


 三人が外に出たことを知ってか知らずか、翼竜はある程度まで舞い上がるとカプセルを宙に放った。

 下にあった船の外装をグシャリと潰しながら、カプセルは地上で燃え上がる。

 もしあれに乗ったままだったら……。上げて落とす、それを食らうところだった。


 いやそんなことより今は早く逃げるか隠れるかしないと。

 寒気を感じながらも、ナナセは改めてその場を見渡す。


 どこのパッドだろう、ここは。

 周りにはロゴマークの入った船や豪華な外装をした大型船が停まっている。

 多分、運送会社や旅客船用のパッドだ。


 今三人がいるのも大型旅客船の上。

 ちょうど外装の点検中だったのかすぐ側に梯子が掛かっている。


 逃走のため、近くにいたエージェントからその梯子を下り始めるも、


「エージェント! 早く!」


 さすがにカプセル落下から三人が逃れたのに気が付いたのか、翼竜がこちらへと舞い戻ってくる。

 そして熱線を放って、エージェントが下りた手前で梯子を溶かしてしまった。

 一瞬の内に、ナナセと明星は逃げ場を失った。

 

 そんな二人を狙って、翼竜は一気に突っ込んでくる。

 万事休すだ。

 こんなときに何かいいもの……。


「あった」


 つなぎの腰のベルトに手をやる。

 そこには金星祭りで買ったあるものが。


「……」


 しかしそれを見た明星はポカンとしてしまった。


「大丈夫ですよ。これ、このボタンを押すと、すんごいことが起こるんですから」


 ナナセの言葉を聞いて彼は内心頭を抱えているだろう。


 でもこれは本当にいいものなのだ。多分。見てろよ。


 心の中で呟きながら、祭りで買ったいいもの。『風船の剣』をかかげる。そう、風船の剣を。

 小さい子どもがちゃんばらに使うような、全身丸みを帯びたおもちゃの剣を。

 明星がいよいよ覚悟を決めるように瞳を閉じた。

 

 構わずナナセは風船ソードの柄の側面にくっついているボタンをポチる。


「お願い!」


 丸っこい風船の刀身が、スルスルと伸びた。

 まるで本当の真剣のように、風船が反りの入った刃を作り上げる。


 そしてその刀身が凄まじい勢いで周りの空気を吸い込み始めた。しかし一向に剣の大きさが変わらない。空気を吸って、それを薄い刀身の内部で圧縮し続けているのだ。


 そして、


「……燃えた」


 空気を圧縮し続けていた刀身が、一気に燃え上がった。

 ナナセの腕の中で、一本の火柱が立ち上がる。

 明星はただ驚愕の表情で見ていた。


 その燃え上がる剣目掛けて翼竜が突っ込んでくる。

 急降下してくる。

 しかしお互いに狙い目だ。

 剣の柄をぐっと握った。


 翼竜が吐いた熱線を避け、胴体に向かって剣を振り下ろす。

 火柱が機械の体を一閃した。

 最後に大きく開いた翼を硬直させて、真っ二つになった翼竜はその場に落ちる。


 後にはまだ事態が飲み込めない二人が残された。

 そうだ。ナナセにも何が起こったのかまだ完全に理解できない。

 理解できるのは祭りの出店でたまたま声を掛けてきたおじさんから買った風船の剣が本当に『いいもの』だったということだけだ。


 そうこうしている間に。


 上空に新たな二つの影が舞い始める。


 ボディーガード達に引き止められていた翼竜の残り二体が合流したのだ。

 これはいいものがあっても不利以外の何者でもない。

 隠れないと。


「明星さん!」


 手を引いて、船から下りられる場所を探す。

 今度は都合良く梯子は見つからない。

 仕方なく船の翼を伝ってすぐ隣りの一段階背の低い船へ。さらにその船からさらに小さい船へ下りていく。

 しかしこれでは切りがない。どこか船の中へ入れたら……。


 そう思っているナナセの視界にふと入りこんだもの。

 それは。


「しっぽだ」


 船と船の隙間に、クリーム色のふさふさが見えた。

 あのふさふさはどこかで見たような。


 明星を両手に抱えて一気に地上へ飛び下りる。

 規格外の高さから飛び下りたからか、明星が唖然としている。いやいきなり抱えたことにビックリしたのか。

 まあいいや。何となくあのしっぽを逃してはいけない。そんな気がしたのだ。


 しっぽを追いかけて商船と客船の間をすり抜けていく。

 そしてしっぽがたどり着いた場所。そこには搭乗口の開いている船があった。

 その搭乗口の中へ、クリーム色のしっぽは消えていく。


 そこまで来てナナセは戸惑った。

 いくら非常時とはいえ知らない船に乗り込むのは……。


 上空を見上げる。

 

 翼竜の赤い目がちょうどギロリとこちらを睨むところだった。

 考えている場合ではない。

 一時的に隠れるだけだ。翼竜がこちらを見失うまで乗せてもらおう。


 そう思い直し、明星と一緒に開いていたドアに飛び込んだ。

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