第8話 宇宙、旅立ち3

「まさか飯じゃなくてそんなものを買うなんて……」

「だって、お祭りですよ、お祭り! これは今日しか買えないんですよ!?」

「エージェントもまさかそんなもんに小遣いが使われるとは思ってないだろうよ」


 嬉々として差し出した物に渋い顔をされても、ナナセは一向に笑顔を崩さなかった。

 何を言われようと、これを買ったのは決して間違いではない。決して。


 絶対使えないとか、店主にまんまと騙されているとかくどくど同僚は言っているが。

 いいのだ。これは持っておくのだ。お祭りの記念に。


 ルンルン気分で微笑んで、ナナセは『それ』をつなぎのベルトに差し込んだ。まるで古代のサムライのように。


 ナナセとお掃除係の同僚、二人が露店の群れから帰ると、明星のステージはすでに終わってしまっていた。

 後はここから直に宇宙港まで向かうのだ。全部片付けてから。

 明星ミンシンは悠々と、スタッフの仕事が終わるまで宇宙港で待っていてくれるから。


 お掃除係二人がまず任されたのはケータリングのゴミ出しだった。

 明星他、スタッフの集まるステージ裏のテント。その横に集められたゴミ袋の山を祭り会場のゴミ収集場所まで持っていくのだ。


 考えてみれば、得体の知れない襲撃者に襲われるよりよっぽどいい仕事ではないか。

 ナナセが気を張らなくても、不審者が祭り客に混じっていないか常に警備会社が見張ってくれている。目立たないように持ち込まれているがバズーカ砲だって完備だ。

 ライブを終えた明星は筋肉隆々で優秀なボディーガード達に囲まれているし、どこからどう襲撃が来ても安全だ。


 両手いっぱいにゴミ袋をつかむ。さあ、これが終わればいよいよ宇宙だ。

 誰もの油断を誘うように、気だるい時間が流れていた。ナナセもこぼれそうになるあくびを抑える。


 そのときだった。


「熱エネルギー探知! 今すぐここを離れて下さい!」


 警備会社の見張り役の、ひどく焦った声。

 熱エネルギー探知ということは、レーダーで何か見張っていたのだろうか。え? 熱を探知って一体……。


 ナナセがそう思ったのも一瞬。

 見張り役の声から間髪入れず、空から斜めに閃光が降り注いだ。

 それが明星達のいるテントを切り裂く。

 スタッフの悲鳴が上がった。


 稲妻に撃たれたようにテントが燃え上がる。その場にいた者は全員逃げ出した。

 見張り役の声にいち早く対応したのか、ボディーガード達によって明星は誰より先にテントから連れ出されていた。黒服に囲まれて、グングンこの場から離れていく。


 そうだ、ナナセも見ていたが、さっきのは本当に空から熱線が降ってきたような……。


「熱線……上から……?」


 祭り会場に暗殺者が潜むようなビルは立っていない。

 ではどこから?


 上空を仰いで、ナナセは言葉を失った。


 まるで翼竜のような。ロボット。

 それが空の彼方から姿を現していた。鉄の翼に、鉄のくちばし。

 機械の胴から生えた脚は、工事現場のクレーンより大きく爪を開いていた。


 何者かを問う前に、その光景がナナセの目に入った。


 この公園のシンボル。金星模型をいただくゆうづつの塔。

 そこに向かって翼竜が飛んでいく。明星と黒服達が向かっている方へ。

 ナナセが見ている先で、屈強な脚が金星模型をつかんだ。


「待って! 塔から離れて!」


 嫌な予感がした。もう届かない距離にいるのに、明星とボディーガード達に向けてそう叫んだ。

 そして急いだ。猛ダッシュした。


「お、おい! 新入り! どこ行くんだよ!?」


 後ろで同僚がうろたえているが、答えている暇はない。


 太陽系のきら星、明星。彼は常にボディーガードに囲まれている。

 しかし優秀なボディーガードも護衛対象の頭の上まで守れるだろうか。


 明星はちょうどゆうづつの塔の直下に差し掛かっていた。

 それを知ってか、金星模型をつかんだ機械の爪が緩む。

 

 そして翼竜が落とした巨大模型が、一気にアイドルの頭へ迫っていった。

 上空から降ってくる物に気付いたのか、ハッとした表情の明星と、凍りついた顔のボディーガード達。


 このままでは届かない。間に合わない。


 思い切り地面を蹴って、ナナセは跳んだ。

 アイドルの頭上一メートルまで迫った球体。それに、体ごとぶつかる。

 ボーンと、何とも言えない音がした。


「子リス……!」


 驚いた顔で、アイドルが近寄ってくる。

 模型に体当たりしたナナセはゴロゴロと地べたを転がっていた。


 ああ、肩外れた? でも間に合ってよかった。

 視線の先には、ナナセが体当たりしてパックリ半分に割れた金星模型が転がっている。

 もし一瞬でも走り出すのが遅ければ、明星がああなっていたかも知れないのだ。


 気付けばナナセと明星を囲んで、あちこちから悲鳴が上がっていた。

 祭り客達がゆうづつの塔から一目散に遠ざかっていく。

 祭り会場の警備に当たっていた警察が、まだ事態の飲み込めぬ顔で何事か叫んでいた。


 混乱。それが辺りを包んでいた。


 だがまずやらなければならないことは。

 

「危ない!」


 熱線が近くの地面を削って、ナナセは明星の手を引いて走り出した。

 ここにいてはいけない。逃げなければ。


 翼竜が再び頭上を飛ぶ。飛び交う。集まってくる、一体、二体と。

 明星を逃さぬように周到に。嘘みたいな光景だ。

 大都会金星の空に、機械の翼竜が三体も。


 一体は翼を畳んで体当たりの形でこちらへ突進してくる。

 もう一体は周りのボディーガードを散らすように、その口から熱線を発射し始めていた。


 しかしこの広い祭り会場のどこに逃げればいいのか。


「早く! こっちだ!」


 人垣の向こうから聞こえてきたのは、明星のエージェントの声。


 青年を引っ張って、そちらへと走る。

 後ろでボディーガード達が翼竜に応戦するバズーカの発射音がした。


 しかし振り返っている場合ではない。

 上空で高見の見物をしていた翼竜もう一体が舞い下りてくる。

 熱線を放ちながら、二人を追ってくる。


 くそ、なんて大掛かりな命の狙い方だ。


 向かう先にはエージェントが、高級そうな黒塗りのホバーカーの前で扉を開けて待っていた。どうやら人垣を縫って無理矢理車をここまで運んできたらしい。


 明星を引っ張って、飛び込むようにその車に乗り込む。

 それを見計らってエージェントは力いっぱい扉を閉めた。

 ナナセも一緒に乗せたまま、車は一気に発進する。


「このまま宇宙港から宇宙空間に出るぞ!」

「ええ!? 敵も撒いてないのに!?」

「金星の中にいるよりは安全だ」


 一緒に後部座席に乗ったエージェントはそう言って、運転手にもっと急げと怒鳴る。

 さらに携帯端末を使って宇宙港にいるらしきスタッフに出発の準備を急げとか早口で指示している。


 な、何じゃそりゃ。展開急すぎるだろ。

 ナナセのとなりで明星もそう思っているに違いない。


 ナナセにつかまれていた腕を無言で外して、怪訝な表情でエージェントを見ている。


 宇宙に出ることをずっと夢見ていた。

 しかしそれが何者かから命からがら逃げながらになるとは。

 ある意味これもドラマチックだが、まったく予想だにしていなかった。こんなの。


 すぐ側にある空港へ、公園を突っ切ていく車の中で、ナナセは翼竜が外した熱線が地面を穿つ音を聞いていた。

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