第14話 水道管

 ひもじさを感じてあたしは、目がさめた。


 お腹と背中がくっつきそうなほどに空腹だった。もう長いあいだ、食べ物を口にしていなかった。何かみつけなくては。そうしないとあたしはどんどん弱って動けなくなってしまう。もう一度、悪魔に目をつけられて、深い地の底に連れて行かれて、ずっとそこからでられなくなってしまう。悪魔と一緒に暮らすなんてあまりうれしくなかった。たとえそいつが親切そうにみえても、やっぱり悪魔は悪魔だと思う。信用できない。


 あたしには明るい未来が待ちうけていてほしかった。


 それから、いいかげんお風呂に入って、暖かいふわふわのベッドで眠りたかった。こんなにうす汚れてほこりだらけの場所はうんざりだった。あたしはお部屋のあとかたづけは苦手だったけれど、自分のことにかんしてはきれい好きだった。だから今のこんなありさまにはがまんがならなかった。


 あたしはランタンの光を灯した。


 お尻がいたかった。なんだろう? と思ってみると、あたしの腕の半分くらいの太さの鉄の管が、らせん階段に沿って敷かれていて、あたしはちょうどその留め金に体があたるようにして座っていた。体の向きを少し変えると痛みはなくなった。鉄の管のゆくえを目で追っていくと一方は、水の中にもぐっている。反対側はらせん階段を越えて闇の向こう側へ消えていた。


 水道管のようだった。


 水をどこかへ吸い上げ運んでいるのだろうと思った。もしそうなら、そこには水を必要としている何かがあるにちがいない。ひょっとしたら食べ物もみつかるかもしれない。そう思うとあたしは少し元気になった。でもやっぱり空腹で体に力ははいらなかった。もうあまり長くは歩けそうになかった。しかしここにこのままじっとしていても、徐々に元気をなくしていってしまう。そう考えるとあたしは、やっとの思いで立ち上がった。足がふらついてひざがふるえたけれど、片方の手を壁にあて体をささえ、もう一方の手でランタンを持ち、らせん階段をゆっくりと登りはじめた。


 あたしは暗闇の中、ランタンの灯りをたよりに、水道管(だとあたしは思った)をたどって歩いた。水道管は、岩の壁に沿ってあたしが来たのとは反対の方向へ続いていた。途中で置いてきたビニールシートとリュックをとりに戻ろうかと思ったけれど、あたしにはもうあまり体力が残されていないから、できるだけ無理はしないでおこうと思いなおした。


 しばらくすると、水道管は壁にあいた洞窟の中へと消えていた。あたしは少しためらってから、その洞窟へ入り込んだ。中は狭くて、小さなあたしでも身をかがめなければ、通れないほどだった。腰がいたくてがまんできなくなってきたころ、急に天井が高くなり、体を伸ばすことができた。あたしは大きな洞窟の中にいる自分を発見した。あまつさえそこには電灯の光があった。黒い岩肌がその光に反射していた。あたしはまぶしさで一瞬目がくらんだほどだった。


 目が慣れてくると、あたしはランタンを消し、周囲をながめた。洞窟は黒々としてゆるやかに曲がりながら向こう側まで続いていた。洞窟の天井には配管が走りところどころにまばゆく光る電灯がとりつけられていた。裸の岩肌さえなければ何かの工場の地下のようにもみえた。


 一番近い壁ぎわにガラスの筒に入った大きな時計が置かれていた。時計には細い管が二、三本つながっている。見ていると、ときどき空気がするどく流れるような、しゅっという音がそこから聞こえてきた。そのたびに長い針がわずかに動いているような気がした。文字盤の時刻を読もうとあたしは近づいた。それは八時三十七分をさしていた。でも朝なのか夜なのか分からなかった。


 時計のさらに右側の壁には鉄の扉がはまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る