第23話 死闘

「マリー=テレーズ。あれが何なのか説明なさい」


「先生。私は結界師ですが、詳しくはわかりかねますわ」


「使えない結界師ね」

 道足恭代と、助手のマリー=テレーズ・ジュネ二人の眼前では、キングギドラのような八岐大蛇と重要指定文化財のような仏像が闘っている。


 また、大きな黒猫と、巨大なカラスがやり合っていた。


「なによ、これ。いきなり特撮映画みたいなのが始まっちゃってこんなの、こんなの私が見たかったのじゃないわ!」


「先生、まあそう仰らず。」


「だって、この映像を学会に出したって『道足くん、これは円谷プロに頼んだのかな?』で一蹴されるに決まってるわ! で、一体アレはなんなのよ」

 と、道足は誰かの顔真似と声色を真似て気色ばんでまくしたてた。


 マリー=テレーズはそれでも冷静に、


「私の見立てでは、化け猫と八咫烏、あ、日本サッカー協会のキャラクターですよ」

 と反応したが、道足は、


「知らないわそんなの!それで?」

 とにべもない。


「八岐大蛇と何かの仏像だと思います。蛇対蛇の闘いの様ですね」


「マリー=テレーズ、仏像にはそのモデルがあるものよ。仏像が闘うって頭悪い言い方だわ」


「それでは何とか明王とかそんなヤツです」


「もういいわ。で、アレって、霊なの?」


「分かりませんが、この世のものでないことは確かかと」

 道足たちと共に機動隊員たちもこの光景を、まるで非現実の様に眺めていた。


「山下隊長、我々は何をすれば?」


「た、待機だ!」

 隊員は他の隊員達に向かって大声を張り上げた。


「はっ、待機ぃ〜っ!」

 山下はこの馬鹿げたとしか言いようのない出来事を消化しかねていた。


「なんなんだ…一体何が起こっている?」

 道足は、先程の機動隊員を手招きして呼び寄せ、また無線のマイクを引ったくり、


「山下隊長、あなた、この光景を見たわね?」

 と怒鳴った。


 山下も、


「はい、助教授。しかし、これは何ですか?」

 と応えた。


「『この世のものでない何か』としか今は分からないわ。E.G.O.i.S.T.によって可視化された電磁波の塊。」


「私には詳しく分かりかねますが、攻撃は必要でしょうか?」


「何をやっても全く効果はないと思うわ。だって実体は電磁波だもの。とにかく事の推移をその目に焼き付けておいて頂戴。」


「はっ。しかし何故?」


「あなたたちがこの事象の証言者になるからよ。私はアカデミアの世界では『マッドサイエンティスト』だの、『空想おばさん』だの言われているわ。私の助手が映像を撮っているけど、特撮映画みたいで何のエビデンス証拠にもなりやしないわ」


「了解しました!」

 山下はマイクを置き、


「学問の世界では、先生方やっこさんたちも大変なんだな」

 と呟いた。


「でも、待てよ?」

 山下は、何か思い出したかのように携帯電話で、何処かに電話をかけ始めた。


「あ、もしもし。こちらは警視庁第六機動隊、隊長の山下と申します。報道局そちらの暮林さんはいらっしゃいますか?」


 電話の先では、少々お待ちくださいと返答があり、保留音の「ノクターン」が鳴っている。

 暫く待っていると、「ノクターン」のメロディーは途絶え、甲高い男の声に変わった。


「珍しい、山下さんじゃないですか。もしかして、今新宿に出動中?」


「ええ、そうです。手短に言いますが、現在我々機動隊によって付近は封鎖していますが、暮林さんが取材してくれるなら特別にそのように指示が出せます。」


「それは光栄ですねぇ。どうした風の吹き回しですか?」


「暮林さんには『お世話に』なってるんでね」

 と山下はお世話に、を強調してみせた。


「世紀の映像を撮られてはいかがでしょう。御社にとってチャンスかもしれませんよ? これは」

 電話の相手は、首都テレビの報道局の暮林 郁朗だ。


「分かりました。ちょっと上長に念のため相談してから行きますね」

 暮林は、


「山下さん、何企んでるのかな?」

 と含み笑いをして、席を立った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 慎一は、唯一残った六番目の蛇頭に食いつかれ、体の自由が奪われた。全身に蛇頭の毒が回り、痺れている。


「我らを舐めるなと言ったはずだ!」

 六番目の蛇頭は含み笑いをしながら言った。


「くっ、ぐおおぉおお!!」

 慎一は痺れで身体が言うことを聞いてくれない。 


 それでも軍荼利明王と化した慎一は何とか反撃を試みようとするが既に金剛杵しょが粉砕された時点で五法具は全て失われた。


「こうなったら四の五の言ってられねえ。」

 体力の消耗は激しいが、金剛軍荼利真言を唱えた。


Oṃオン khili khiliキリ キリ vajraバサラ hūṃウン phatハッタ!!」

 ようやく、慎一の腕に噛み付いた六番目の蛇頭を吹き飛ばすことはできたものの、ダメージはあまり与えられていない。


 痺れと、消耗で慎一は視界が狭くなった。


「くそう、眼が霞んでよく見えねえ。これ以上真言を唱えるとなると、体力的に結構やばいな。」

 六番目の蛇頭は、体制を整えてふたたび慎一に襲いかかる。

 慎一の後方に回り込んで背中に食らいついた。


 ドクン、ドクンと毒が注入されるのが分かる。


 痺れと激しい痛みが交互にやってくる。


 慎一は堪らず大きな声で呻いた。


「がぁあああぁあーぁあ!!!!」


「シン兄!」

 突然サキが目覚め、慎一に向かって叫んだ。


「アタシが瑠璃光を使って治してあげる!」


 サキが慎一に向けて瑠璃光を放つと、六番目の蛇頭はなんと大きく尾を振って体制を入れ替えたのだ。


 瑠璃光は慎一ではなく、八岐大蛇に当たり、5番目、三番目の蛇頭が復活した。


「えええええ」

 予想外の展開にサキもパニックになった。


「おいおいおい」 

 慎一もしかりである。


「せっかく後一頭だったのに…」


「ああああ! シン兄! ごめんなさい!!」

 五宝具はすでに失われ、敵は三頭。

 絶体絶命に思われた。


 一方、八咫烏との闘いではコマも苦戦していた。


 八咫烏の上空からの急降下による攻撃は、コマの体力を奪って行き、最初の頃の様な大きな跳躍は果たせなくなっていた。


 化け猫と化したコマの身体は、最早ボロ雑巾のようだ。


「八咫烏の奴め、なかなかやりおる」


「コマと言ったな。どうだ。私の爪の切れ味は?」


「そんななまくら、どうってことはないわい!」


「よくもそんな強がりを!トドメを刺してくれる!」

 そう言って八咫烏は垂直に急降下を始めた。


 コマは微動だにしない。


 怪我で最早動けないのか、そう思われた時、八咫烏の爪の軌道を爪あてて外し、八咫烏の背中におい被さった。


「貴様! 何をする!」


「お主の弱点はここよ。覚悟は良いか!?」

 コマは勢いよく八咫烏の背中に爪を突き立てた。


「グワァアウアウー!」


 カラスらしい鳴き声をあげて八咫烏は、悲鳴をあげ、それでも尚コマを振り落とそうとして翼を左右に激しく振った。


 コマは振り落とされないよう必死に突き立てた爪に力を込めて抜けないようにした。


「こやつ、まだ闘えるのか?」


「貴様など! 貴様など! 振り落としてくれる!」

 ますます八咫烏は暴れてコマを振り落とそうとした。


「これで大人しくせい!」


 コマは左手の爪も八咫烏の首に突き立てた。


 力尽きた八咫烏は、コマもろとも墜落した。


 墜落の衝撃で、コマの身体は八咫烏から離れた。八咫烏も、コマも瀕死の重症である。


 コマの頭からは夥おびただしい黒い体液が流れ出ている。


 八咫烏の怪我も尋常ではない。

 羽根は折れ曲り、鮮血を四方に飛び散らせている。


 それでもコマは立ち上がり、


「八咫烏よ、目を覚ますのじゃ! 貴様はこのような事を二度としてはならぬ!」


 サキはすかさずコマに向けて瑠璃光を放った。


「わ、私の負けだ…」

 八咫烏はそう言ってうな垂れた。


「い、いかん。サキよ、八咫烏に瑠璃光を当てるのじゃ!すぐにじゃ!」


「え、また復活しちゃうじゃない。アタシ、ヘビさん蘇らせちゃって、シン兄をピンチにさせちゃったのにまたやるの?」


「黙って瑠璃光を当てるんじゃ!」

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