第24話 草薙剣(くさなぎのつるぎ)

 サキはコマに促され、嫌々ながら瑠璃光を八咫烏に当てた。


 折れた翼は形を整え、抜け落ちた羽根は新たに生え揃った。コマが爪を突き立てて空いた穴は塞がり、出血も収まった。


「な、何故私を生かす…甘い。甘いぞ、貴様…」

 傷は癒えたが、息も絶え絶えな八咫烏は、睥睨するコマに向かって訊いた。


「お主が闘わねばならぬのは、ワシや今あそこで八岐大蛇と闘っておるアイツではないじゃろう?」

 八咫烏は質問の意味を飲みくだしたが、返答することは出来なかった。


「まあ、良いじゃろう。お主、もう、アイツの邪魔立てはするな」

 コマは八咫烏に念を押して慎一が八岐大蛇と闘っている空間に向かって跳躍した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「おい、お主! 随分と苦戦しておるようじゃな! ワシが助太刀してもええぞ?」


「ああ、残念ながらもう五宝具は全部無くなっちまった。援護してもらえると助かる! 毒牙にかかって身体がなかなかいうことを聞いてくれねえんだよ!」


「かと言って真言を唱えるほどの体力も残ってはおるまい…おお、そうじゃ!」

 コマは何かを思い出した。


「ワシらの最初の企みを忘れておったわい」

 そう言うと、両の掌からを面前にかざして酒の玉を作った。


「おい、八岐大蛇よ。お主らの好きな八塩折之酒ヤシオリノサケじゃ!」

 コマは叫ぶと、蛇頭達に向かって八塩折之酒を投げつけた。


 三頭の蛇頭達は争うかのように八塩折之酒を飲んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ちょうどその頃、首都テレビの報道クルーが「闇」の近くまで第六機動隊山下の手引きでやってきた。


 暮林 郁朗は首都テレビ報道局において記者の中でもまとめ役のベテラン記者である報道キャップを拝命している。


 山下とは暮林が警視庁の番記者時代からの付き合いで、山下はメディアコントロールの一環でうまく情報を暮林にリークしたり、暮林は暮林で、山下の意図を汲んでうまく記事にしたりと、所謂「共生」関係であったと言っても差し支えなかった。


 暮林は、目前に繰り広げられている光景が一体なんであるかを理解できないでいた。


「山下さん、これは一体なんなんですか?」

 山下は、


「暮林さん、世の中には考えられないようなことが起きるものなんですね」

 と、答えになっていない返答をした。そして、


「この現象が可視化されているのは、あっちにいる先生のお陰なんですよ」

 と、続けて、道足恭代を指差した。


「こんなもの、放送して良いんですかね。こんなこと言う俺は報道マン失格なんでしょうが」

 暮林は道足の方を見ながら、どうして良いか逡巡している。


 クルーの一人が、


「キャップ、準備整いました。カメラ回します!」

 と告げた。


 すると、突然「闇」の中を可視化していたE.G.O.i.S.Tがパワーダウンし、「闇」が「闇」に戻っていった。


「あああ、何も撮れなかった・・・」

 カメラは回っておらず、八岐大蛇と慎一が闘う様子は映像としては残ることはなかった。


 道足も憤慨していた。


「なんでパワーダウンするのよ? マリー=テレーズ」


「先生、こんなに長く逆に持ったほうがびっくりですわ」

 悪びれもせず、マリー=テレーズは言い放った。


「十分、記録は残せましたから」

 八塩折之酒やしおりのさけを争うようにして喰らった三頭の蛇頭は、酒に酔い、暴れ始めた。


「おい、コマ! 話が違うじゃねえか! 暴れててどうしょうもないぞ? こいつら。どう始末すんだよ!」


「お主は相変わらずヌケ作よの。よく見るがよい」

 コマが指をさした先には、暴れてお互いを攻撃し合う蛇頭たちの姿があった。


「直じきに疲れて大人しくなるわい。ふはははは!」


「ったく、呑気でいいよな」

 慎一がコマに向かった毒づいていると、たちまち蛇頭達はお互いを傷つけ合い、そして疲弊して動くことが出来なくなるほどになった。


「慎一よ。トドメを刺すのじゃ!」


「トドメって言ったって…真言はもうこの体力じゃ無理だぜ。それに、五法具は全部壊しちまったし…」


「八岐大蛇の尻尾には、草薙剣くさなぎのつるぎが隠されておる。それを奪ってトドメを刺すが良い」


「なんだって? アイツらの体ん中にあるってか! 簡単じゃないな」


「お主なら、出来るじゃろ」

 コマは珍しく慎一を褒めて期待するような言葉をかけた。


 軍荼利明王の姿のまま、慎一は八岐大蛇の浮かぶ「闇」の頂点付近まで飛び、尻尾に飛びついた。


「貴様ァ! 何をしている!」

 八番目の蛇頭は傷だらけの頭を持ち上げて慎一を恫喝したが、信一は目もくれずに尻尾を向かって手刀を振りかざした。


 尻尾は見事に二つに割れて、鈍い光を放つ、「天叢雲剣あまのむらくものつるぎ」の二つ名を持つ草薙剣が現れた。


 慎一は迷わず草薙剣を手にして、蛇頭達の眼前に立ちはだかった。


「お前ら、悪いがここで死んでもらう」

 蛇頭達は笑った。


「なーにが『死んでもらう』だ! 笑わせるな小僧!」


「死ネ! 死ネー死ネェエエエ!!!」


「殺してやる殺してやる殺してやるぞ! 貴様あぁあ!」

 慎一はコマに、


「コマ、お客さんたち呑みが足りねえってよ」

 と言って八塩折之酒を出すように促した。


 コマは、


「意外と体力をつかうんじゃぞ。年寄りは大切にせい!」

 と文句を言いながら酒の玉を作り、また八岐大蛇に投げつけた。


 八岐大蛇は愚かだった。


 再び争うように酒を喰らい、今度は完全に酔いつぶれた。


「なんだか酔いつぶれた蛇を成敗するのは気がひけるが、悪く思うなよ」


 慎一は草薙剣を大きく振りかぶると、躊躇なく振り下ろした。


 しかしである。


 その一撃をなんと蛇頭は躱して再び五番目の蛇頭が慎一に咬みつこうとした。


「ばーかーめーぇ」

 蛇頭達はコマと慎一を欺いて、酔い潰れたフリをしていただけだったのだ。


「しまった! やべぇ!」


 万事休す。コマがそう思った瞬間、瞬きも許さぬ速さで、黒鉄の翼が忍び寄り、三本の脚でそれぞれの蛇頭を踏み砕いた。


「八咫烏!」


「何をしている! トドメだ!」

 慎一は八咫烏に促されるまま、草薙剣を振り下ろした。


 蛇頭たちの胴体は真っ二つに切り裂かれ、中からはどす黒い体液が迸った。


「ギャアアアア!!」

 蛇頭達の断末魔叫びを聞きながら慎一は変化を解いた。


 すると、「闇」は徐々にではあるが消えて行き、30秒と経たないうちに八岐大蛇と共に綺麗に無くなった。


 そして「闇」の中で刻を止められていた人々に再び時は刻み始めたのだった。


 慎一は、有紀の姿を再び動き出した中央快速線に認めて、一息ついた。


「八咫烏、さっきは助かったぜ。ありがとうな」


「貴様は手緩い。あのままではやられていたぞ」


「お主は誰に対しても厳しいのう。ふははは!」


「でも何で助けてくれたんだ?」


「気まぐれだ」

 慎一は「そんなまさか」とは思ったが、言葉を飲み込んだ。


「しかし、お主、閻魔を裏切ったことになる。大丈夫なのか?」


「これよ」

 と、サキ。


「式神か。考えたのう。サキよ」


「えへへぇ。カラスさんに安心して欲しかったんだもん」


「式神ってなんだよ? コマ」


「貴様は何も知らないのだな。この娘よりも遥かに次元が低い!」


「な、何だよ、なんで俺にそんなに厳しいんだお前!」


「ワシがお前に教えてやるわい。式神は、陰陽師が操る荒神なんじゃよ。土器かわらけ、紙切れ、何でも良い。サキは人型に切った紙に荒神を宿したと言うわけじゃな?」


「ええ、そうよ。ネコちゃん。それで、式神さんをカラスさんの娘さん、玉依姫さんの所に今から送るの。簡単には忽那も手を出せないわ」


「すげえな。いつそんな術を…」


「秘密」

 コマ、サキ、慎一の三人に笑いが戻った。


「八咫烏よ、恩に着るぞ。達者に暮らせ」


「また会おうね、カラスさん」


「ちょっとは頑張るからよ、少し俺に優しくしてくれよ」

 三人は口々に八咫烏に別れの言葉をかけた。


 すると八咫烏は、サッと右の翼を上げると、カラスの姿から、人間の姿に変身した。


「俺様も連れて行け」


「え?」

 三人は顔を見合わせた。


 サキは、他の二人の考えを汲み取って和かな顔で言った。


「もちろんよ、カラスさん。これからアタシたち、仲間よね?」

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