第21話 囮作戦

櫛名田比売くしなだひめじゃ」

 コマは勝ち誇ったような顔をしてそう言った。


「くしだなひめ? 何だそれ?」


八岐大蛇ヤマタノオロチはな、山津見神の子の足名椎命という夫婦のところに毎年来ては八人いた娘を一人ずつ食っておったのじゃ」


「ネコちゃん? なにを言ってるの?」


「八番目の娘、櫛名田比売は須佐之男命スサノオノミコトが守って自分の妻にしてしまった。八人目の娘を八岐大蛇は食っておらん。八番目の蛇は腹をすかせておるじゃろうて」


「コマ、おまえまさかサキを囮に使うつもりか?」


「左様」

 サキはひきつった顔をして叫んだ。


「いやよー! ネコちゃん酷いわ! ぜーったいいやよ!」


「コマ、流石にサキが気の毒だよ。俺だってサキの立場なら嫌だよ」


「では、お前さんならどうやって中に入るんじゃ?」


「ぐっ、そ、それは…」


「無策か。他に手立てもあるまい?」

 コマは勝ち誇った顔をしている。


「アタシはいやよ。絶対にお断り!」


「サキよ、大丈夫じゃ。お前さんを見殺しにはせんから安心しろ」


「そんなの信じられるわけないでしょ!」


「コマ、どんな作戦かちゃんと説明しないと流石にサキも納得できないだろう?」


「須佐之男命はどうやって八岐大蛇を退治たか、知っておるか?」


「いや、神話のことはよく知らない」


「神話ではないぞ、現にここに八岐大蛇がいるにもかかわらずお前さんは神話として片付けようとしておる。嘆かわしい事じゃ。まあいいじゃろう。須佐之男命は、蛇達に酒を飲ませた。あやつらは女も好物じゃが、酒には滅法目がない。」


「酒を、酒飲ませるってことか?」


「そうじゃ」


「でも、酒なんてどこに…」


「見ておれ」

 とコマは言うと、両方の前脚を空中にかざし、何やら唱え始めた。


 するとコマの両方の前脚が作った空間の真ん中に液体がー 強い香りのする酒が湧き上がってきた。


八塩折之酒やしおりのさけじゃ。サキを囮に使い、中に入る。これを八つの桶に入れ、八つの蛇に酒を飲ます。蛇は酒で寝る。その間に奴の体の中にある草薙剣を取り出しトドメを刺す」


「簡単に言うけど、そんなのうまくいくのかよ?」


「分からん。しかし他に手はない」


「ネコちゃん、そうすれば有紀さんは助けられる?」


「お前次第じゃ。うまく立ち回れるか?」


「頑張ってみるよ」


「サキ、良いのか?お前」


「シン兄のためだもん、アタシ、頑張るよ」


「サキ、すまない」


「お主、お前が草薙剣で八岐大蛇を退治るのじゃ。できるか?」


「当たり前だ。サキが頑張るって言ってるんだ。俺がやらなくてどうする」


「よし。では早速やるぞ」

 コマは、八岐大蛇に向かって叫んだ。


「八岐大蛇よ! 八番目の娘じゃ! しかと見よ!」

 八岐大蛇の八つの頭は一斉に振り向いてコマと、サキを見た。


「ほう、八番目の娘か。美味そうだ」

 八つの頭の一つが舌なめずりをしながら言った。


「やっぱりイヤよ!」


 舌舐めずりしている八岐大蛇ヤマタノオロチを目の前にしてサキは流石に躊躇った。元々、は虫類は苦手な方である。


 それを見て慎一も、無理強いはできないと思った。


「なあ、コマ、サキもこう言っているんだし、他の方法はねえのかな?」


「おい、お主。何を戯たわけた事を申すか。サキ以外に突破口は作れぬ。サキよ。ワシは鬼になる。悪いがワシを信じてくれぬか。この状況を打破できるのはお前しか居らぬのじゃ」


「でも、どうしても鳥肌が立っちゃうの。絶対にイヤ!」


「仕方あるまい」

 コマはそう言うと、サキの鳩尾ミゾオチに手拳を見舞った。


「ゔっ」


「すまぬ、サキ」

 

「コマ! お前サキに何を!」

 コマはニヤリとして言った。


「まあ、見ておれ」

 コマは両の前足を合わせ、念じた。


 すると、コマの姿はサキに吸い込まれ、消えていった。


「おい、コマ!」


「なんじゃ?」


 サキの姿で皺枯れた声が出ているミスマッチに慎一は爆笑を禁じ得なかった。


「お前、サキに後で怒られるぞ?」


「ワシとてやりたいと思っていた訳ではないぞ。サキが蛇嫌いとはのう」


「これくらいの女の子ならそれが普通だろ」


「ワシが生きておった頃は、童は蛇を捕まえて遊んでおったもんじゃ」


「知るか! そんな話聞いたことないぞ」


「とにかくこれで結界の突破の条件は揃った。もう一つの課題はお主がどうやって一緒に入るか、じゃな」


「俺も自動的に入れるんじゃないのか?」


「お主も相当うつけ者よのう。わはは。そんな事があるはずなかろう?」


「お前一人で何とかなるのか?」


「いや、ならんな。サキに憑依していても、サキ以上の力は出せんのじゃよ」


「それじゃあ意味なくないか?ただ単にサキとお前が喰われてお終い、ってことにはならねえだろうな」


「このままではそうなるであろう。そこでじゃ」


「なんだよ?」


「お主、軍荼利明王ぐんだりみょうおうに変化できるな?」


「お、おお。」


「お主、実は他のものにも変化できるのではないかな?」


「えっ?」


「お主には自覚はないようじゃが、お前さんの『精神』の値がデタラメに上がり下がりする理由は、そこにあるとワシは思っておる」


「つまり?」


「お主はいくつかの明王に変化するチカラがあるのではないかとワシは睨んでおる。もし、ワシの考えが正しいならば、この陀羅尼を唱えてみよ」

 コマはそういうと、陀羅尼を唱え始めた。


「のうもぼたや・のうもたらまや・のうもそうきゃ・たにやた ・ごごごごごご・のうがれいれい・だばれいれい・ごやごや ・びじややびじやや・とそとそ・ろーろ・ひいらめら ・ちりめら・いりみたり・ちりみたり・いずちりみたり ・だめ・そだめ・とそてい・くらべいら・さばら ・びばら・いちり・びちりりちり・びちり・のうもそとはぼたなん ・そくりきし・くどきやうか・のうもらかたん・ごらだら ・ばらしやとにば・さんまんていのう・なしやそにしやそ ・のうまくはたなん・そわか」


「覚えきれねえ!」


「一緒にじゃ。一区切りずつ反復せよ」


「わかった」

 コマと慎一は、一つ一つ丁寧に陀羅尼を唱え始めた。


「のうもぼたや・のうもたらまや・のうもそうきゃ・たにやた ・ごごごごごご・のうがれいれい・だばれいれい・ごやごや ・びじややびじやや・とそとそ・ろーろ・ひいらめら ・ちりめら・いりみたり・ちりみたり・いずちりみたり ・だめ・そだめ・とそてい・くらべいら・さばら ・びばら・いちり・びちりりちり・びちり・のうもそとはぼたなん ・そくりきし・くどきやうか・のうもらかたん・ごらだら ・ばらしやとにば・さんまんていのう・なしやそにしやそ ・のうまくはたなん・そわか!」

 すると慎一の身体に変化が起こり始めた。


 腕は四本。孔雀に乗り、軍荼利明王とは違う、慈悲の表情をした女性の明王がここに現れた。

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