第7話 チカラ

「お、お前、オレたちのことが見えるのか?」


「はい」

 その少女は短く答えた。


「お前は、誰じゃ?」


「わたしは、サキ。那須野 咲」


「こんな所で何をしておるんじゃ?」

 まだコマは警戒を解いていない。


「あの、そっちのお兄さんがさっき私の乗ってた救急車に入ってきたでしょ?」


「なに?」

 慎一は驚いた。


「あの時、私死んだみたい」

 慎一もコマも、機関員と救命士の事しか眼中になかった。


 あの救急車で運ばれていたのは、サキだったのだ。


「嬢ちゃんよ。お主はどうして死んだんじゃ?」


「…」

 サキは俯いてしまった。


 身長から大体10歳くらいだろうか、ボブヘアーの似合うタレ目の可愛らしい女の子だ。


「言いたくなければ言わなくとも良い」


「あ、ああ、そうだ。言わなくても良いんだぜ?」


「ありがとう」

 サキは少し涙ぐみ、頷いた。


「でも言うね。私知らない男の人にさっき登校途中に路地に連れ込まれて、抵抗したら首を絞められたの」

 慎一とコマは衝撃に息を呑んだ。


「大声を出していたから、気絶した私を近くの人が見つけてくれて、救急車を呼んでくれたみたい」


「なんと…」

 コマは首を振りながら絶句した。


「お、おい、それじゃあ、お前…」


「お主と同じじゃ。成仏できない魂なんじゃな」


「サキも地獄に堕ちるのか?」


「いや、ワシの髭にはなんの反応もなかった。サキはおそらく極楽行きじゃな。お主と違って」


「ここでそれを持ち出すか? ふつう」


「わはは、そ、それよりじゃ、お主の首を絞めたという輩は分かっているのか?」


「忘れるわけないよ」


「どこにいるとか、わかるのか?」


「ううん、分からない。逃げたから」


「許せねえな、そいつ。オレがぶっ殺してやる」


「ありがとう、でも、無理だと思うよ。私もこんな体になって、その男をやっつけようとしたんだけど、触れる事もできなかったわ」

 確かにそうだ。慎一も有紀の身体を抱きしめるのに失敗している。声も届かない。


 コマは、


「サキの闘神も0か。知神がずば抜けて高いのぉ。精神は普通並みじゃな」


 と、サキの能力の値踏みをした。


「ワシの闘神は9つ、ガシャ髑髏が9つじゃから、慎一に3つだけ分けてやるとするか。雑魚程度でワシが手を貸すのは面倒じゃしな」

 目を瞑り思考をフル回転させるコマ。


「あとは慎一の知神と精神でなんとかしてもらわねば。サキは地獄の使者に狩られる心配はないが、何かと心配じゃ。さて、どうするかのう」


「おい、ネコ。なにブツブツ言ってやがる。こいつを殺したって男を退治するぞ!」


「ネコではないっ! ちゃんと名前で呼べ! このヌケサクが!」

 また喧嘩が始まった。


「お兄さん、なんて名前なの?」


「オレか? オレは風戸慎一」


「シン兄って呼んでもいいかな?」


「え、あ、いいぞ。お前のことはサキって呼んでもいいか?」


「いいよ、じゃあ宜しく。シン兄」


「ワシはコマでええぞ」


「はーい。コマさん。いいえ、コマちゃん」


「や、やめんか! 恥ずかしいじゃろうが!」

 二人ともサキの朗らかさに心が和んだ。


 しかし、サキは直ぐに遠い目をして泣いた。


「パパと、ママに会えずに私死んじゃった。パパとママが可哀想。私も可哀想」

 慎一はシリアスな顔に戻って、


「なあ、コマ。なんとかサキを生き返らせることは出来ないのか?」


「できぬ。自然の摂理に背くことは、出来ないんじゃ」


「じゃあ摂理に背けば生き返らせられるって事か?」

 はっ、とした顔をしている。


 コマはなかなか正直な化け猫かもしれない。


「コマ、サキをなんとか生き返らせてやってくれ! お前なら何かできるんだろ?」

 慎一はサキに同情してなんとかしてやりたかった。


(オレだって有紀に会えずに逝ってしまった。しかしサキはまだ子供だ。お父さんとお母さんにもう一度合わせてやれるなら何でもしてやりたい。)

 コマはそんな慎一を見て、


(ワシにもこやつのような時があったわい。)

 と、目を細めて呟いた。


「慎一よ、さあ、サキの亡骸のところに行くぞ。さっきの牛車はどこに行ったか探れるか?」


「ああ、あの先の搬送先なんて大体決まってる。荻窪中央メディカルセンターだろう」

 慎一がそういうと、サキの亡骸確保のため、急ぎ三人は荻窪中央メディカルセンターへ向かった。


 コマは慎一の肩に乗り、サキは慎一に掴まって地上1mくらいの高さを進む。


 なぜ慎一が宙に浮くことができるのか。


 人の霊は、空気より軽い、との説がある。


 その説明ではコマが地を駆けるしかないことの説明にはなっていないが。


 前に進む推進力も謎だ。


「慎一よ、お前に良いものをくれてやろう」


「何をくれるんだ?」


「闘神じゃ。ワシの持っている9つの闘神を三分の一だけお前にくれてやる。ガシャ髑髏くらいのザコとは、渡り合えるはずじゃ」


「それはありがたいが、コマは大丈夫なのか?」


「大丈夫なわけないじゃろ。しかし、一人が9つを持つより、二人で分け合ったほうが上手く行く、と、ワシは思っておるんじゃ。それに闘えばまた増える」


「つまり、オレは闘神を3つ持つって事か」


「その通りじゃ。その代わり一人でザコの追っ手は倒すんじゃぞ? そうすれば闘神は段々に増える。いいな?」


「オレはバイク、いや鉄の馬なら上手く操れるが喧嘩はからっきしなんだよな」


「闘神は、経験を凌駕するのじゃ。自然と体が動き、そして相手の弱点を突くことが容易にできるようになる」


「相手の闘神が上回ったらどうなる?」


「強いほうが勝ちそうだが、話はそう簡単ではない。知神は闘神に勝る敵に活路を見出す知恵が湧いてくる。闘神を補うチカラじゃ」

 慎一は興味深く聞いている。


「そして精神じゃが、この二つの力を何倍にもする心の強を意味する。お前は見たところ精神が十九ある。闘神はワシが今くれてやるから、三つじゃ。お互いを組み合わせるのじゃ。上手く組み合わすことで、闘神は百にも二百にもなる事がある」


「コマは闘神を百持ってるやつを見たことがあるのか?」


「ああ、あるぞ」


「一体どんなに強えんだろうな?」


「閻魔じゃ。奴は闘神が百、知神が百、精神も百という化け物じゃ。闘神と知神の和を精神の値で乗じてやる。その答えが全部のチカラという訳じゃ。つまり閻魔は百に百を加えて百を乗じた訳だから、奴の全能力は二万ってことだ」


「と言うことは、闘神を3つもらえばオレの全能力は少なくとも3×19で57って事か。そして闘神は分け与えることができる、って事なのか」


「まあ、感覚的なものじゃよ。きっちり数値で表されるものでもない」


「お前にはチカラがどれだけあるのか分かるみたいだが、オレには分からねえ。どうしたら分かるようになる?」


「それはお前さんに闘神が無いからじゃ。闘神を得れば自然と分かるようになる」


「なるほど、ところでサキはどうなんだ?」


「サキの、知神は56じゃ。闘神はお前と同じ0。サキが仮に闘神を一つでも得た場合、いきなり闘神は57。つまりお前さんと同じになる」

 コマは注意も付け加えた。


「しかし闘神が0の時、知神も精神も役には立たない」


「だから最初のガイコツにやられたとき、俺は何もできなかったのか。だけどオレにも知神はあるんだろう? 一体いくつあるんだ?」


「あるんじゃが、どれだけのものなのか分からんのじゃ。見たところ、増えたり減ったりする。そんな奴を見たのは初めてじゃ。お前さんには得体の知れない潜在力がある」


「へえ、オレってすごいみたいな」


「馬鹿者! ガシャ髑髏にも勝てなかった奴がわらわせるな!」


「へいへい」

 慎一は首をすくめて笑いながら答えた。


「あっちの部屋かな」

 サキは自分が搬送されたICU集中治療室の前で止まっていた。


 受付のナースに呼びかける。


「あのう…」

 しかし答えは帰ってこない。


 やはりサキの声は聴こえないようだ。


 仕方なくサキは一人で中に入っていった。

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