第8話 戦慄

 サキは集中治療室で、自分の亡骸と対峙した。


 頸部には首を絞められた痕が痛々しく残っていた。


 まだ、両親は到着していないが、登校時に衣服に着けていた名札はそのままだったので、連絡はついているはずだ。


「パパとママ、大丈夫かな。私が死んじゃってショックで自殺したりしないかな」

 慎一とコマが遅れて現れた。


「ああ、なんと惨たらしいことを」


「コマ、なんとかしてやってくれ!」

 慎一は懇願した。


「簡単な話ではないんじゃ。サキの霊魂がサキの身体に戻っても、身体がその後生きるに堪える必要がある。残念ながらお前さんの場合は、お前が戻っても無理じゃ」


「分かってはいたけど、改めて戻らないと聞くと厳しい現実なんだな」


「サキの身体は半々じゃな。なんとかなるかもしれぬ」


「それだったら、早くやってやってくれ」


「もう一つ条件がある。言いづらいんじゃが」


「勿体つけるな! なんなんだ?」


「誰かの命を犠牲にせねばならぬ。入れ替わりじゃ」


「誰かを殺すって事か?」


「そうじゃ。誰かを殺めねばならない。または、」


「または、なんだ?」


「霊魂の地獄送り」


「何だ…と?」

 つまり、死者を生き返らせるには、生きている者の命または死者の魂との交換が必要だという事だ。


「くそぉ! 誰かを犠牲にしなきゃいけねえって、そんな! そんな!」

 慎一は壁を殴って悔しがった。


「ワシが…サキの命と引き換えに地獄に落ちよう」

 コマが覚悟を決めて言った。


「ワシはもう300年は生きた。もう十分じゃ」


「だけどよ、オレ一人だけ取り残されたら、オレも結局使者に狩られて地獄に行っちまう。オレにしてくれ」


「おお、そうしてくれるか♪」

 慎一はコマの頭を殴った。


「いたたた、じ、冗談じゃよ。動物虐待はいかんぞ?」

 涙目で慎一を見るコマ。


「オレの一大決心を茶化すな。まあいい。しかしとんだ条件だな、そりゃ」


 コマも慎一も妙案が浮かばぬまま、刻々と時間が過ぎる。このままではもう一つの条件、戻るに値する身体も損なわれてしまう。


 究極の選択を迫られた二人。


 同時に、


「オレが!」

「ワシが!」

 と、意を決して叫んだ刹那、男女が集中治療室に飛び込んできた。


「咲ぃー!」

 女がサキの名を呼びながら泣き叫んでいる。


 サキの両親のようであった。


 しかし、集中治療室の外にもう一人の男が待機している。その男を見て、サキは硬直した。


「サキ、どうしたんじゃ?」


「ご両親、やっときてくれたな」

 サキの表情は硬い。


 いや、無表情に近い。


 身体は小刻みに震えているように見えた。


 慎一はこれに気がつき、


「おい、サキ、どうした? お父さんお母さん来てくれただろ」

 サキは応えない。


「もしやあいつが?」

 部屋の外にいる男・・・髪をオールバックにし、革のジャケットに身体を包んだ痩せ男・・・サキの首を締めて逃げた男だ。


 サキは訳が分からなくなった。何故両親とかの男が一緒に居るのか…


「な、なんでパパとママとあの男が一緒にいるの・・?」

 自分を愛してくれている両親がそこにいて、自分の命を奪った憎き相手がそこにいる。


「まさかパパとママの命まで奪おうとしているのかも」


「どうしたんだ、まさか、あの男がお前を・・」


「そうなの。でも何で・・」

 サキの父、祐輔と母、未知瑠は医師にサキが臨終したこと、病院に搬送された前後の経緯など事細かに話しているのを聴いていた。


 未知瑠はサキの亡骸に覆いかぶさり、慟哭している。


 まもなく、警察が到着するということで、一旦祐輔と未知瑠は待合室に行くように促された。


 集中治療室を祐輔と未知瑠が出るとすぐに、例の男・・名を雄島おじまと祐輔が接触した。


「那須野さぁん、打ち合わせどおりに、やりましたよぉ。イヒヒヒヒ」

 祐輔の表情は硬いままだがそれでも雄島に聞かねばならない事を聞いた。


「こ、これで会社は救われるんだな? そうなんだな?」


「まあ、そういうことですよねぇ。でもすぐに警察がくるんですよね。さあ、私が犯人としてつかまってしまったら、あなたたちも保険金詐欺で捕まりますよぉ。ヒィーヒヒヒヒ!」

 雄島は気持ち悪い笑い声を上げている。


 サキは大きな衝撃を受けた。


 両親がサキを保険金詐欺で雄島に殺害を依頼、否、この感じからすると雄島は祐輔の会社の借入先の関係者で、このことを持ちかけられたのだろう。


どの道ろくな相手ではない。


「パパとママが私を殺させたなんて! 信じたくない!」

 サキはそのまま病院の外に出て行ってしまった。


 雄島も通用口から外に出た。


 その場に残されたのは祐輔、未知瑠の那須野夫妻と、慎一とコマだった。


「わしが話そう。ワシしかこの二人にワシらの気持ちや考えは伝えられぬ」


「そうか。サキの無念を伝えてくれ」

 那須野夫妻の目の前に、突然全長2メートルほどの化け猫が現れた。


「うぬらがサキの両親か?」

 どすの利いた声でコマが訊いた。


「ひっ、ひぃいぃぃいい! な、な、なんだお前は!」

 祐輔は尻もちをついて後ずさりしながら絶叫している。


 未知瑠は声も無くそこに佇んでいるだけだった。


「今お前らがあの男と話していたことは真実か?」


「い、いったいあんたは何者なんだ?」


「ワシは佐賀藩臣下、龍造寺又一郎が母、お政の飼い猫、コマよ。訳あってお前の娘、サキの霊魂と一緒にいる。答えによっては、容赦はせぬぞ」


「あ、あ、あいつらに、吉祥会という暴力団が闇金で、私の会社の運転資金をそこから借りてしまったばかりに」


「金は、お前の娘の命よりも大切なのか?」


「私が、間違っていたっ! うぁぁぁあああ!」


「おい、女。お前はなぜ止めなかった?」


「あいつら、いずれにしてもサキを売り飛ばすつもりだったのよ! 幼児の内臓を欲しがる金持ちがいるって!」


「サキは、お前らをどう思っていたか分かるか?」

 二人は顔を見合わせてきょとんとしている。


「サキはあの男がここにいると知って、お前さんたちが殺されはしないかと心配して追ったんじゃ。それをお前らは・・・」

 コマは立ち上がり、鋭くとがった爪を振り上げた。

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