第6話 砂と風

 次々と愚痴を言い合うガシャ髑髏たちを前に、コマは慎一を見上げている。


「なぜワシがガシャ髑髏の奴らの身の上話を聞いてやれ、と言ったか分かったじゃろ。奴らは、野垂れ死に放置されて弔ってもらえなかった恨みの集まりなんじゃ」

 コマは理由を滔々と述べている。


「元々は主君に忠実な侍であり、農民であり町人だった善良な民ばかりじゃ」


「話してみて、俺もそう思ったぜ」

 慎一も同意して頷いている。


「注目もされず、打ち棄てられ惨めな気持ちさえ収めてやれば、と思ったんじゃが、上手く行ったのぅ」


「上手くいったってお前、」


「終わりよければ全て良しじゃ」

 慎一はあまりに楽天的なコマに呆れて、


「確信もなくそういうこと言うなよ!」

 と怒鳴った。


「まあ細かいこと言うな。お主は男らしくないのう」


「自分を正当化するな! このクソ猫が!」


「何をこのあれしきの事で死んでしまうヌケサクが!」

 二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。


 今度はガシャ髑髏たちが呆気にとられて慎一とコマを見ていた。

 しかし、長篠と名乗ったガシャ髑髏が急にカタカタと顎を鳴らして笑い出した。


 同じ考えだったのか、他の髑髏も笑い出す。


「何百年ぶりに笑ったかのう?」


「わしらは天保の飢饉で死んでから笑ったことなんてねえべ!」


「わしらは戊辰戦争で長州のやつら殺された以来じゃ」


「ワシらは壇ノ浦の戦いで…」


「古いな⁉︎ わははは!」

 一同は最古参の髑髏の死に場所が壇ノ浦と聞いて大笑いした。


 笑っている髑髏たちを見て、慎一とコマは我に返りそれを微笑ましく眺めていた。


「あやつら、お主に出会えて良かったのう」


「そうなのかな?」


「そうじゃろう、みんな目玉がないので表情が分からんが、何となく満足げじゃ」


「そんな感じに見えるな」


「あいつら、消えるぞ」


「え? なんだって?」


「満足して成仏するんじゃ」

 コマがそう言うや否や、長篠の身体が、砂のようになって崩れて行き、やがて風が吹き、すべて綺麗に飛ばされていった。


 長篠は飛ばされながらも、


「ありがたし。わしら、ようやく閻魔の束縛から逃れ成仏できる。お前ら必ず逃げ切れよ。ワシらよりも強い追っ手がやってくる」

 他の髑髏も次々と崩れて、そして流されていった。


 黒い貫頭衣が残されたが、これも次々と粉々になり、渦を巻いて天に昇って行った。


「儚いものよのう。しかし、これで良かったんじゃ」


「何を感傷的になってるんだよ。まだこれからじゃねえか」


「フンッ、言われんでも分かっとるわい!」


(次からは、こんな簡単には行きそうもねえな。どんな追っ手がやってくるか)

 慎一は呟いた。


 コマもそんな慎一を目を細めて見つめていた。


「そういえばじゃ」


「ん、なんだ? コマ」


「お主に良く似た男が、白くてやかましい音を出す牛なしの牛車で、おまえを運んでおったぞ。ありゃお主の兄弟かなにかか?」


「え? いや、俺には兄弟は居ない。そんなに…似ていたのか?」


「ああ、瓜二つじゃった。他人の空似とは正にこの事じゃな」

 慎一は、急に自分に似たその男、川上元紀に会いたくなった。


 何故そう思ったのか、慎一自身にも分からなかったのだが。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ガシャ髑髏たちが天に昇って行くと、まもなく夜が明けた。


 慎一がこの世界に召された頃チラついていた雪など微塵も感じさせないような青空が拡がる良い朝だ。


 慎一は宙をふわふわと浮きながら進み、コマは地に足をつけて歩いていた。


「おい、どこに行くんだよ?」

 慎一は三歩先を歩くコマに訊いた。


「お主にそっくりな若者に会いに行こうと思ってのう」

 慎一も興味がある。


「どこにいるのか知っているのか?」


「お主も頭の悪いやつじゃなあ。鉄の馬から落ちて頭でも打ったか?」


「打ったんだけど? それで死んだんだけど。誰かさんのせいで」

 慎一は渋い顔をして目一杯の皮肉を言ってやった。


「し、失言じゃ。と、取り消す。お主を運んだ奴だと言ったであろう?その牛なしの牛車を探せば…」

 と言いかけた刹那、救急車がサイレンを鳴らしながら通りかかった。


「アレじゃ‼」

 コマは一目散に救急車を追いかけ始めた。


 慎一は瞬間に救急車に追いついて、そのまま車内に侵入したが、機関員も救命士も、川上元紀ではなかった。


「おーい、オレっぽい奴は居ないみたいだぞ」


「お主だけ楽しやがって! 年寄りを走らせてどういう了見じゃ! このクソッタレのヌケサクが!」

 コマは息も絶え絶えに慎一に文句を言った。


「お前、空飛べないの? 化け猫だし飛べるんじゃないのか?」


「ワシにはそのような能力チカラはないっ!」


「そうか、そりゃ残念だったな」

 と言って、慎一はコマをひょい、と持ち上げた。


「これからはオレがお前を運んでやるよ。こうやっていつも俺の肩に乗っていると良いよ」


「な、何をする!」

 ひょい、と持ち上げられるほどの小さなコマはうろたえてそう言った。


「この方が楽だろう?」


「お、おう、そうじゃな」

 慎一の肩にちょこんと座りながらコマもバツが悪そうに答えたが、満更でもなかった。


「さあて、近くの消防署を当たればいいってことか」

 と慎一は考えたが、ここは西荻窪駅の近くだ。慎一の事故った場所から少し離れている。


「杉並区って結構たくさん消防署あるのな」


 と漸く見つけた電話ボックスのタウンページをめくりながら呟いた。どうやら現世の物体には触れられるようだ。


 通勤や通学する人々が増えてきた。


 慎一は試しにそばを歩いている中年サラリーマンに声をかけてみた。


「あのお、すみません」

 サラリーマンは見向きもしない。


「そりゃそうじゃ。お主の声は、生きている人間には伝わらんよ」

 この世界は、現世とはいわば「レイヤー階層」が違う。ここで起きていることは、現世には影響を与えることはない。逆もまた然り。現世で起きていることはこの世界には影響を及ぼさない。


「えー、そうなのかよ。じゃあと会っても何もできないじゃんか」


「いやいや、方法はある」


「どうやって?」


「それはじゃな」

 と、コマが言いかけると、


「あのお、もし、」

 と、いかにもか細い声が背後から聞こえてきた。


 新たな追っ手か? と二人が身構えて振り返ると、そこには赤いランドセルを背負った少女が佇んでいた。

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